光の宝石
九月二日月曜日、ディーン高校で新学期が始まった。
九月になっても相変わらず夏の湿り気を帯びた空気が身体にまとわりつく。久しぶりに外に出てすぐに思ったのは、気持ち悪い、という感覚だった。
気持ち悪い。
この世界も、夏の空気も、死んだはずの自分がまだ生きているという感覚も。
半月ほど前までは、異世界で始まった高校生活に、新しい仲間に、眩いほどの彼女の笑顔に、戸惑いながらも身も心も癒されていた。僕の腐った人生の終わりに、春の陽だまりみたいに温かい日常が、まだ残っていたんだと思うと、この一瞬一瞬を大切にしようと感じていた。
……でも。
太陽の光が照りつけるアスファルトの上を歩いていた蟻が、僕の靴の裏でぺしゃりと潰れた。音もなく、一つの命は失われる。注意していなければ、自分が命を奪ったことすら、気づかない。
暑い。汗が気持ち悪い。
あの夏の海で、僕は自らの正体を夏海に話したことで、代償として声を失った。自分の正体を話せば、大切なものを失うというのは案内人から最初に聞いていた通りだった。でも、案内人の話を、半分ぐらいは冗談だと思っていなかったか? 夏海に真実を話そうという時、「まあなんとなかるだろう」とちょっとは鷹を括っていなかったか?
僕はお盆前から八月の間ずっと、自室に引きこもってあの一日のことを振り返っていた。何度顧みたところで、自分の声が戻ってくることはないのだと思い知らされる。試しに声を出そうと、何度も声帯を閉めたり緩めたり努力してみたが、口から漏れるのは掠れた吐息だけだった。
いい加減認めないといけない。
僕はこの先一生、声を出せないままなんだ。
死んだはずの自分が、「一生」だなんて言葉を使えること自体、おかしなことだ。最初から分かっていた。ディーナスでの日々はきっと、無念な死を遂げた僕への、最後のサービス期間のようなもの。息ができるだけでもラッキーなのに、その上夏海や理沙、龍介という気の合う仲間まで見つかったんだ。それだけでもう、十分じゃないか。
僕は夏海に、真実を話したことを後悔はしていない。
夏海……。
きみに、いつもみたいに笑ってほしかった。
分かり合えないって思われても、それでも僕はきみと、心を分かち合いたかった。
僕のすべてを知って欲しかった。
だってきみは、絶望しかなかった僕の世界を、まばゆい光の宝石みたいな明るさで、包んでくれたんだから——。




