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あの夏の海には帰れない  作者: 葉方萌生
第六話 この気持ちが、壊していくもの

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ライバル

 コップの淵にぎりぎり溜まっていた水をこぼさないようにするみたいに、溢れそうな春樹くんへの想いを抱えたまま、『ストロベリードロップ』の扉を潜った。店内を見渡すと、私服姿の理沙ちゃんがすでに窓際のソファ席に座っていた。


「今日、半額デーだったね。気づかなかった。ラッキー!」


 私はできるだけ明るく彼女に声をかけると、理沙ちゃんは今の今まで私が来たことに気づかなかったようで、はっと私を見つめた。


「夏海、久しぶり」


 五日ぶりに会うだけなのに「久しぶり」というのはちょっと変だけれど、理沙ちゃんの感覚は私にも分かる。ずっと一緒にいた。平日も休日も、私は理沙ちゃんとほとんど一緒に過ごしていたから、数日会わないのは私たちにとっては「久しぶり」に値するのだ。


「五日間、熱が下がらなかったんだ。心配かけて改めてごめんなさい」


 ソファに座ってこちらを見上げている彼女に、私はちょこんと頭を下げる。顔を上げると、理沙ちゃんは目を丸くしていた。


「そうだったの? ごめん、知らなかった。熱はもう大丈夫?」


「うん。大丈夫。もうすっかりこの通り」


 本当は熱が長引いて、おまけに変な夢も見て、ずっと辟易していたのだが、理沙ちゃんの前では明るい女の子でいたかった私はその場で軽く飛び跳ねてみせた。


「相変わらずでほっとしたよ。それより座って。とりあえずパフェ頼もう」


「そうだね」


 理沙ちゃんに促されて、私はソファに座り、メニュー表を広げた。『ストロベリードロップ』は百種類ものパフェがあって、連日女性客で席が埋め尽くされているけれど、今日は半額デーだから余計店内は混んでいた。

 百種類の味の中から一つだけ食べたいものを選ぶのは至難の業だ。『ストロベリードロップ』というだけあって、お店の推しはもちろんいちごが乗ったパフェだったけれど、八月ということもあり、私は旬の『夕張メロンパフェチョコレートソースがけ』を選んだ。

 理沙ちゃんはいちごが好きなようで、選んだのは定番の『いちごスペシャル』だ。博多あまおうをふんだんに使ったいちごもりもりのパフェで、『ストロベリードロップ』では一番人気だそう。

 パフェが運ばれてくると、しばらくは目の前の花束みたいに可愛らしいパフェを食べることに夢中になった。夕張メロンは見た目も綺麗だけれど、味は最高潮に甘く、チョコソースと絡んでとても美味しい。メロン独特の香りがふわっと鼻から抜けた。

 理沙ちゃんの頼んだ『いちごスペシャル』も、見た目がゴージャスで、大きなあまおうが器からこぼれ落ちそうだった。


「おいしい〜」


 頬を抑えながらとろけるような笑みを浮かべる理沙ちゃんが、いつもの彼女で私はほっとしていた。ここ数日間、私たちの間を流れるピリピリとした空気感に、私は耐えられなくなっていたのだ。 

 私と理沙ちゃんがひとしきりパフェを食べ終えると、理沙ちゃんが「お水足してくるね」と言って、空っぽになったグラスを持って水を注ぎに行ってくれた。いつも気が利く理沙ちゃんに、私は心から感謝した。

 理沙ちゃんが戻ってくると、妙にかしこまった表情で、「さっきの話の続きなんだけど」と彼女は切り出した。瞬間、私は自分の表情がきゅっと引き締まるのを感じた。


「夏海が、春樹のこと好きなんじゃないかって、気づいてたって話」


「……うん」


 口の中に残る夕張メロンの甘みが、理沙ちゃんの苦い表情を見て溶けてなくなった。


「それなのに花火大会で春樹にアピールできるように頑張るって、わざと夏海の前で言ったの。夏海ならきっと、自分の気持ちを押し殺してでも、私のことを応援してくれるって分かってそうした。最低でしょう?」


 理沙ちゃんの言葉が、細かいトゲになって私の心臓にぷすぷすと刺さる。未練がましくピンセットでも使わなければきっと取れない。一つ一つは小さすぎて痛くないけれど、これまで彼女が私に優しくしてくれた現実を思うと、無性に歯痒くてチクチク痛んだ。

 側から見れば、理沙ちゃんは自分で言うように「最低」なことをしたのかもしれない。でも、私には決してそう思えなかった。

 だって、私が春樹くんを大好きなのと同じくらい、理沙ちゃんだって彼のことを想っているのだから。この、どうしようもない切なさを、彼女だって同じように感じている。たとえ友達を出し抜いてでも、春樹くんを独り占めにしたいと思うのはよく分かる。だからこそ痛いのだ。このトゲは、私が彼女の胸に突き刺しているのと同じなのだから。

 どうして私が、理沙ちゃんのことを最低だと言えるだろうか。


「最低なんかじゃないよ。普通だよ。人を好きになったら、誰だって自分だけを見てほしいと思う。私は理沙ちゃんの気持ち、痛いほど分かるよ」


 気持ちが分かるなんて、普段なら安易に使いたくない言葉だ。でも、目の前で罪悪感に押しつぶされそうになっている彼女を救えるのは、その言葉しかないような気がした。


「夏海……ありがとう」


 理沙ちゃんの顔に、安堵の表情が広がっていく。良かった。親友がずっと思い詰めたような顔をしていたら、私だって悲しくなるから。


「これからは私たち、正真正銘ライバルだ」


 私は、理沙ちゃんの目を見てそう宣言した。

 お互いの気持ちを知ってしまった私たちはもう、こそこそと隠れて相手を出し抜くことはできない。私も理沙ちゃんも春樹くんのことを諦められないのなら、二人で諦めないで戦うしかない。

 春樹くん。

 海で、春樹くんから言われた言葉がフラッシュバックする。


 ——ああ。きっと僕の気持ちだって、夏海には分からないよ


 春樹くんが大切な声を失ってしまったのは間違いなく、私のせいだ。理沙ちゃんのせいではない。私が、くだらない嫉妬心に心をかき乱して、龍介の想いまで踏みつけて、春樹くんの前で取り乱してしまったせいだ。


「夏海のせいじゃ、ないよ」


 理沙ちゃんが不意に、吐息のような声を漏らした。けれどその声は、私の心にすとんと響いて、私ははっと顔を上げる。


「私、口に出てた……?」


 いつもの癖で、考えていることを喋ってしまったのだと思い、手で口を抑える。しかし理沙ちゃんは首を横に振った。


「言ったでしょ? 私も、同じことを思ってたから。私が夏海に、春樹のことを好きだって言ったせいで、二人の間に何かあって、春樹が夏海に真実を打ち明けたんだと、思って。夏海ならきっと、自分を責めてるんじゃないかって」


「……」


 図星だった。

 この五日間、私は夢の中でも現実でも、朦朧とする意識の中、春樹くんがあんなふうになってしまったのは自分のせいだと責め続けていた。理沙ちゃんも同じだ。私たちはお互いに自分のせいで、春樹くんの声を奪ってしまったと思い込んでいる。


「どちらかのせいとか、そう考えるのはもうやめようって。私も反省してる。春樹が、自分で決めて打ち明けたことなんだよ。だから責任逃れをしようって話じゃない。ただ私は、起こってしまたことを憂うより、これからどうしようかってことを、話し合いたいと思って」


 そうだ。

 今更後悔したって遅い。

 時計の針は今こうしている瞬間にも、否応なく進んでいくのだから。


「そうだね。春樹くんと、今後のことを話したい」


「夏海ならそう言ってくれると思ってた」


 理沙ちゃんが私の目をじっと見つめて、「どうする?」と聞いているようだった。私は案内人から聞き出した、罰の解除方法を思い出す。それを理沙ちゃんに告げるべきかどうかたっぷり迷ったあと、私は口を開いた。


「あのね——」

 

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