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あの夏の海には帰れない  作者: 葉方萌生
第六話 この気持ちが、壊していくもの

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愚かな私たちは

「なんて……」


 なんて、残酷なんだろう。

 失った大切なものを取り戻すには、新たな代償が必要——確かに理に適ってはいる。でも、人間の心は、理屈ではできていない。みんな、感情を持っている。


「ひどい……条件だね」


 カーテンの閉め切られた六畳ぽっちの自分の部屋で、私のか細い声が、不自然なほど響いて聞こえた。家の中ではいつもそうだ。学校に行けばみんなと賑やかな日常を過ごせるのに、家に帰ってくるといつも孤独。確かに、お母さんとお父さんはいるけれど、彼らには血が通っていない。まあ、私だって、ここが現実世界でない限り、実際は血の通っていない人間なのかもしれないけれど。

 この世界のルールに、私たちは散々振り回されてきた。

 与えられた場所で、与えられたルールをただ享受して、無意味だと分かりつつ、テスト勉強を頑張って、学校では成績を気にして。私たちにできるのは、与えられた青春時代を謳歌することだけだ。

 だからこそ、笑顔で頑張ってきたのに。

 人一倍、笑っていれば友達も明るい気持ちでいてくれる。孤独な私の仲間になってくれる。そう思って、精一杯生きてきたつもりだ。

 でも私は今、再びこのディーナスという世界のルールの縄で、身体中をがんじがらめに縛れている。結局この世界で、本当に自由で幸せに生きることなんて、できないのかな。


『そう思うのなら、最初からルールを破らなければよかったことだ。我々は、みな平等に、最初にこの世界のルールを説明している。その上でルールを破ったのなら、それは春樹の責任だ。止めなかったきみにも、いくらか責任があるのかもしれないけど。全部春樹が決めたことだ。どうするかも、彼が決めればいい』


 突き放すような案内人の言葉に、私は目尻にじわじわと熱い涙が溜まっていくのを感じた。

 案内人は、何一つ間違ったことは言っていない。最初にルールを伝えられているのだから、悪いのは完全に私たちだ。

 私だって、最初は、ルールなんて破るわけないと思っていた。重たい罰があるのに、どうしてあえてルール違反を冒す必要があるのかって。

 でも、違うんだ。

 人間は、とても愚かだ。

 頭では正しいと思っていても、心が間違った行動をとってしまう。

 春樹くんも私も、互いの心を知ろうとするあまり、この世界でも道を踏み外してしまったんだ。今更後戻りはできない。だから案内人の言うとおり、どうするかは春樹くんが決めるしかない。大切なものを二度失うかもしれないのは、彼なんだから……。


「……っ」


 こめかみにズキズキとした痛みが広がっていく。

 春樹くんのことを考えて、私の心がずっと泣いているのだ。


『じゃあ私はこれで。健闘を祈っているよ』


 案内人は私が苦しんでいるのを見越してか、あえて私を一人でそっとしておこうと思ったのか、必要な情報だけくれて去って行った。




 その日の夜、私は高熱を出して寝込んだ。

 夢の中で、私はずっと誰かの声が頭の中で響いていた。男の人の声だ。それが春樹くんの声だと気づいた時、彼の声をもう一度聞くことができた喜びと切なさで、涙が止まらなかった。

 春樹くん。

 私は必死に彼の名前を呼んだ。彼は、私に背を向けて一メートルほど先に立っている。

 春樹くん。

 私の声は、彼には届いていないようだ。その証拠に、彼は一度だって後ろを振り返らなかった。


『案内人……案内人』


 春樹くんが、「案内人」と呼ぶ声がして、私ははっとした。

 そうだ、呼ばれている。

 私、呼ばれてる。

 どうしてか分からない。春樹くんは「夏海」ではなく「案内人」と呼んでいるだけなのに、自分が呼ばれているという感覚に陥っていた。不思議だった。私は「春樹くん」と、彼の呼びかけに答えるようにして呟いた。

 春樹くんが、ゆっくりとこちらへ振り返る。


『夏海?』


 春樹くんが私に気づいて、私の名前を呼んだ。嬉しかった。愛しい人の声が、もう一度私を呼んでくれたことが、この上なく嬉しくて胸が詰まった。


「私、私だよ。夏海だよ。春樹くん、ごめん——」


 今日のことを、私は春樹くんに謝ろうとした。でも、春樹くんは「気のせいだったのか」とでも言うように、再び前を向いて歩き出した。

 待って。

 待って!

 そう叫んでも、喉から声が出ない。

 彼を襲っている孤独が、私を闇の底へと一気に引き摺り込んでいくようだった。


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