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あの夏の海には帰れない  作者: 葉方萌生
第四話 崩れそうなこの想い

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欠けた歯車



 五月の爽やかな風が教室の中を吹き抜けて、夏の気配を感じていた。

 ディーン高校ではもうすぐ中間テストが行われる。これまで何度もテストを受けてきたけれど、テストのたびに赤点ぎりぎりの点数をとっている私は、テストという響きを聞くだけで、気持ちがしゅんと萎えていた。


「春樹くん、どこ行くの?」


 昼休みに、手提げカバンを持って教室を出て行こうとしている彼に、私は声をかける。理沙ちゃんは一心不乱に机にかじりついていて、龍介は近くの席の男子と最近流行りのゲームの話で盛り上がっている。


「図書館で勉強しようと思うんだ」


「おお、真面目!」


 春樹くんは罰が悪そうにそっと斜め下に視線を向けた。

 彼とこれまで話していた感じだと、テスト勉強はあんまり本気でやらないのかと思っていたのだけれど、違うみたいだ。


「夏海は? テストは余裕?」


 私の成績の悪さを知らない春樹くんの言葉に、私は引き攣った笑みを浮かべた。


「へへ、ぜーんぜん〜。だから私も、図書館行く!」


 春樹くんが「え?」と声を上げているのを無視して、私はさっと教科書とノート、問題集を手に持った。

 突然の行動に、春樹くんはびっくりしていたが、私が勉強する気だと分かったようで、「一緒に行こう」と言ってくれた。

 ディーン高校の図書館は別館として校舎の外に聳え立っている。三階建てでかなり広く、三階は自習室になっていた。テスト前になると、多くの生徒がその自習室を利用していた。


「うわ、混んでるな」


「そうだねー……あの端っこなら空いてる」


 窓際の席がちょうど空いているようだったので、私は急いで席をとりに行った。


「ありがとう夏海」


 春樹くんが私の正面の席に座る。窓から見える、新緑の木々たちの間で、名前の知らない鳥がこちらを見て挨拶をしてくれているようだった。私が反射的に「こんにちは」と言うと、春樹くんが小さく笑った。


「夏海は勉強得意なの?」


 窓の外から視線をこちらに戻した春樹くんが、もっとも聞かれたくない質問をしてきて、私は焦った。


「……いえ、大変苦手でございます……」


 肩を縮こませて答えると、春樹くんはまたははっと笑う。


「分かった。前にも言ったけど僕もそんなに得意じゃなくて——というか、本当は勉強なんて全然やってなくて、きっと頭がなまってる。一緒に頑張ろう」


「うん」


 勉強を教えてもらうなら、きっと理沙ちゃんの方がお似合いだった。理沙ちゃんは成績がいいのだし、それにきっと——。

 机の上に広げた数学の教科書に視線を落とす春樹くんの前髪が、まつ毛にかかりそうなのをじっと見つめる。案外長いまつ毛をしていることに、今気づいた。

 理沙ちゃんは私といる時、いつも春樹くんのことばかり話している。

 私はてっきり、理沙ちゃんは龍介といい感じになっているとばかり思っていたから、どうして理沙ちゃんが春樹くんの話をするのか不思議だった。

 それに、彼女が語る春樹くんは、実際の彼よりも格好良く感じる。なんて、とっても失礼なんだけど。あ、でも私は、現実の春樹くんのことを、格好良いとかそうでないとかは別にして、もっと知りたいと思ってるんだ。


「どうかした?」


 私の手が止まっていることに気づいた春樹くんが、不思議そうにこちらを見ていた。私は咄嗟に、彼と同じ数学の教科書を広げ、ノートに「問一」と大きく書いた。


「なんでもないっ。それよりこの問題なんだけど——」


 理沙ちゃんのことはいったん頭から追い出そう。

 私は彼に、数学の問題について聞くと、彼は「それなら」と意気揚々と解法を教えてくれた。

 それからは二人で、昼休みが終わるまで目一杯勉強に励んだ。春樹くんは自分で言っていたよりずっと勉強ができて、私に教える時もかなり分かりやすかった。


「春樹くんありがとう。すごくよく分かった気がする」


「それは良かった。僕も一人でやるよりは捗ったからありがとう」


「ううん。でもこれじゃ、春樹くんが先生みたいだね。私ったら、こんなんで先生になれるのかなあ?」


 学校の先生になりたいなんて豪語した自分が恥ずかしい。

 勉強ができない先生なんて、きっと生徒からも見放されるに決まってるよ。


「そうかな。僕は、なれると思う。だって勉強ができない子の気持ちを分かってあげられるじゃん」


 ああ、まただ。

 またこの人は、私が一番欲しい言葉をくれる。

 私は、こんな時なのに高鳴る胸を押さえながら、彼の柔らかく澄んだ表情を見た。静寂に包まれた図書館で、彼の言葉だけが、私の胸にすとんと飛び込んできて、身体に溶ける。


「ありがとう。私、頑張るよ」


 その心地よさを噛み締めながら、私は教科書に視線を戻した。



 中間テストの結果は、各教科いつもよりも二十点ほど高い点数が取れて、私は我が目を疑った。答案用紙に記された赤い点数を、じっと見つめる。

 うそ、これ夢じゃないよね……?

 決して良い点数とは言えない。でも、私の中では快挙だった。


「春樹くん、私やったよ! 英語も数学も七十点とれたっ。春樹くんのおかげだよ」


 放課後に返却されたテストを握りしめ、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら彼に報告すると、春樹くんは目を大きく見開いていた。


「おめでとう。頑張ったじゃん」


 彼が頬を綻ばせて、私を一層嬉しくさせる。

 理沙ちゃんが、どれどれと私の手から答案用紙をすっと抜いて確認する。


「わ、ほんとだ。すごいじゃない。苦手な文法問題がパーフェクトね。記述はイマイチだけど、成長したね。数学も、証明問題正解してるのすごいよ」


 私の点数なんて彼女からしたらダメダメな方なのだろうけれど、普段の私の点数を知っている理沙ちゃんからしても、私の点数の飛躍は驚くほどのことだったらしい。


「ほええ〜すげえな、夏海。ちくしょー、俺なんてまた赤点ギリギリだぜ……」


 今回も結果が悪かった龍介がガックリと肩を落とす。その背中を、春樹くんが「まあまあ」と宥めている。すっかり龍介の扱いが分かってきた春樹くんの様子が、微笑ましかった。


「改めてありがとう。春樹くん」


 彼がこの世界にやってきてから、私の人生は以前よりもうんと順調に回り出している。欠けていた歯車が、ぴったりとはまり、勢いよく動き出したみたいだ。

 春樹くんが、私の人生にとっての、「欠けた歯車」だったのかな。

 なんて、恥ずかしいことを考えていると、顔に出ていたようで、理沙ちゃんから盛大につっこまれてしまった。

 考えてることがすぐ言葉や顔に出てしまう性格は、なんとかしたいんだけどなあ……。



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