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あの夏の海には帰れない  作者: 葉方萌生
第三話 きみの夢

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ゴールデンウィーク初日

 すっかり不貞腐れた状態の僕は、ほとんど勉強もせずに学校では自堕落な生活を送っていた。たぶん、その気になって勉強をすれば、試験ではかなり上の順位を狙えるだろう。両親は二人とも勉強ができる。だから、僕だってやればできるはずだ。

 でも、そうと分かっていても、やっぱり勉強は手につかなくて。

 僕は、SNSで歌手志望のHarukiという名前で活動することだけに専念していった。

 学校での人間関係も煩わしく、誰とも心を通わせることなく日々は過ぎていく。

 それと反比例するように、SNSでは次第にフォロワーやチャンネル登録者数が増えていった。

 これでいい。これでいいんだ。

 もっとファンが増えて有名になって、歌手としての夢を叶える。

 そうすればきっと母さんたちだって分かってくれる——。

 そう信じて疑わなかった。

 その夢が、近い将来ぷつりと潰えてしまうことすら想像せずに。


「ああ、ダメだな」


 昔を思い出すと、ざわざわと心臓が余計に鳴っているような心地がして、僕は記憶に蓋をした。これからきっと、何回だって思い出す。今無理に全てを思い出さなくてもいい。

 淡々と布団に入るNPCの両親をぼうっと眺めながら、僕はお茶を一杯だけ飲んで部屋に戻るのだった。



 ディーナスでのゴールデンウィーク初日が訪れた。

 僕は約束の時間に家を出て、街へと向かう。爽やかな初夏の風が吹いて、思ったよりも気温が高くなっていると感じる。空は青く澄んでいて、飛び去っていく飛行機が残す雲が、まっさらなキャンバスに一本の線を描いているようで綺麗だった。

 この長期休みには夏海たちと、毎日遊び尽くすと約束をしている。現実世界では、長期休みもほとんどSNS活動に明け暮れていた。だから僕は、ゴールデンウィークに友達と遊ぶということが想像できない。

 夏海たちはどんな遊びが好きなのだろうかと考えながら待ち合わせ場所に向かうと、公園の噴水の前で、すでに夏海、理沙、龍介の三人が会話に花を咲かせていた。

 三人とも当たり前だが私服を着ていた。

 夏海は白いワンピースで、清楚なイメージ通り、とてもよく似合っていて可愛らしい。

 理沙は黒のチュニックブラウスにジーンズとカジュアルな感じで、龍介はダボついたカーゴパンツを履いている。対する僕は、Tシャツに綿のパンツという、ごくありふれ少年の格好をしていた。


「あ、春樹くんこんにちは」


 夏海はいつだって、最初に会った時には「おはよう」や「こんにちは」を丁寧に言ってくれる。僕は人生で友達とまともに挨拶を交わしたことがほとんどない。「うっす」とか「よう」とか、軽く声をかけるだけだった。

 しかしそれは理沙と龍介も同じなのか、「やっほー」と理沙が軽く手を挙で、龍介は「遅いな。寝坊か?」と僕をからかった。


「街へ出たの、初めてなんだ」


「そうなの? じゃあ、街の案内からだねっ」


「出た、得意の夏海の“案内”!」


「えーだってどこに何があるのか、分かった方が、これから生きやすいじゃん」


「まあそうね。それじゃあ案内がてら行きましょうか」


 三人が和気藹々とした雰囲気で歩き出す。僕も遅れを取らないように後をついていく。

この三人の輪に入ると、自然と身体の緊張がほぐれていく。街へ出てくる前まで、知らない土地で前も後ろも分からない僕は、きちんと待ち合わせ場所まで来られるかどうか不安だった。一応、この世界にもスマホがあって、僕はマップの位置情報を頼りにここまでやって来たというわけだ。

 この街は「海夕(かいゆう)」という地域で、港町だった。街を歩くNPCたちは、みなおしゃれで驚かされる。街並みは小綺麗で、噴水公園があるところから一歩横道に入ると、高級ブランドのアパレル店やジュエリーショップが立ち並んでいた。現実世界で言うと横浜に似ている。


「みんな、『遊びに行く』って時は大体この海夕の街に来るの。お高い店もあるけど、あっちの商店街なんか、食べ歩きできるものとか、コスパの良い洋服屋さんとかいっぱいあるんだよ」


 くるくると踊るようにして歩きながら街の説明をしてくれる夏海。

 二週間前に、学校案内をしてくれた時と同じテンションだった。

 夏海は、自分が知っていることを人に教えるのが好きなんだろうか。

 いつも生き生きとしていて、僕にはまぶしいくらいだった。


「あ、そうだ! この間新しくできたクレープ屋さんがあるの。みんなで食べない?」


 突然ぱっと振り返った夏海が、ニコニコとした笑顔でそう言った。


「クレープ? いいね」


「まだお昼前だぞ?」


「もー龍介はケチだなあ。それなら龍介だけ食べなくてもいいよ」


「はあああ? おい春樹、お前も何とか言えよ」


「僕は賛成だよ。クレープ」


「なんだとぉ! この裏切り者!」


 龍介が一人だけクレープを食べることに反対している構図になってしまい、僕たちは一斉に腹を抱えて笑った。

 とんでもなくしょうもない会話なのに、どうしてこんなに楽しいと思えるのだろうか。

 僕は生きていた頃、誰かとこうしてくだらない話に花を咲かせたことがあったかな。

 道端に咲く花も、教室の隅で浮かない顔をしているクラスメイトのことも、僕は何一つ、視界に映っていなかったのではいだろうか。

 夏海たち三人と過ごしていると、些細な日常の大切さを、学ばせてもらうことが多かった。


「まあまあ。そう怒らずに。龍介も食べていいから」


「ほんとかよ〜さすが、夏海さん! よっ!」


 一度夏海がGOを出すと、龍介の機嫌が治る様が、女王様の手のひらで踊らされている子分みたいで面白い。

 僕たちは目的のクレープ屋さんで各々好きなクレープを買うと、お店の席に座ることもなく、商店街の中を歩きながらクレープを食べた。どこにでもある普通のクレープだったけれど、みんなで食べるととても甘く感じた。

 商店街には僕たちと同じ、高校生ぐらいの子供や子供連れの大人まで、いろんな人が歩いている。高級ブランド街から一転して親しみやすいエリアがあって、ほっと居心地の良さを覚えた。

 それからはまた夏海が、このお店の靴は履きやすいだとか、楽器屋さんでピアノを弾きたいだとか、相変わらず自分のペースで僕たちを連れ回した。でも、悪い気は全然しない。理沙と龍介も同じなのか、なんだかんだ言いながら、みんな夏海の言う通りにしたがって、時に軽口を叩き、時にふざけ合って楽しんだ。


「ねえ、カラオケでも行かない?」


 商店街の中をすっかり練り歩いた頃、商店街の出口の正面に現れたカラオケ店を理沙が指差した。

 カラオケという単語に、僕の心臓がドクンと跳ねる。鼓動がだんだんと速くなり、頭の中で聴衆の声援が鳴り響く。明滅している光は、路上ライブでファンが降ってくれるペンライトの光だ。マイクを握りしめた僕の背中に、一筋の汗が伝う。観客のどよめきや手拍子が、いつも僕の心を奮い立たせる——。


「春樹くん?」


 近くを通り過ぎる人々の話し声や、商店街を流れるポップな音楽が、次第に遠くなっていった時、耳元で心配そうな夏海の声がしてはっと我に返った。


「どうしたの、顔色悪いよ?」


 彼女の澄んだ瞳が、僕だけを一心に見つめて、不安げに揺れる。

 こんな時なのに、彼女の目は傷ひとつない宝石みたいに美しい光を湛えている。僕が現実世界で見失っていた光のようだと思えて、心臓の音が余計にうるさく鳴った。


「……ごめん、大丈夫」


 何に対する「ごめん」なのか自分でも分からないまま、夏海や、理沙、龍介の顔を一つずつ確認する。みんな心配そうに眉を寄せていた。


「えっと、どうする、カラオケ。行く?」


 理沙がもう一度確認するように、僕に聞いてきた。

 僕はごくりと唾を飲み込んで、ゆっくりと頷く。


「ああ、行こう。ちょうど歌いたい気分だったんだ」


 誰もが嘘と分かるような嘘をついた僕は、なんでもないというふうを装って、前を歩く夏海と共にカラオケ店へと入店した。


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