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21/26

21.ストロベリー侯爵は、限界です。

 その日の夜。


 シャロットはラヴィーナさんと一緒に眠っていた。

 ママと一緒に寝るって言って、聞かなくて。

 二人は今、シャロットの部屋のベッドにいる。


 私は、自分の寝室のベッドに腰を下ろした。

 とはいえ、ここは本来“夫婦の寝室”だ。

 イシドール様は、基本的に自室で休まれるんだけど。

 今はなぜか、隣にしれっと座っている。


「……あの。どうして、こっちに?」

「嫌なら出ていくが」

「嫌じゃないです」


 即答しちゃった。ちょっと恥ずかしい。

 でも、今は隣にいてほしいのは、本当なの。

 イシドール様はそんな私を見て、そっと頭を撫でてくれた。


 こういうスキンシップ……嬉しいな。


 しばらく、私たちの間に静けさが流れた。

 でもどこか落ち着かなくて、胸の奥がもやもやと動いている。


「……シャロットは、どうするんでしょうね……」


 ぽつりと、私がつぶやくと、イシドール様も視線を伏せた。


「俺には……選ばせるしかできない。それが、正しいとも思う」

「でも……選ばせるって、つらいですよね。まだ小さいのに」

「……ああ、そうだな」


 また、静けさ。

 シャロットは、今頃母親の温もりを感じて眠っている。

 嬉しいことのはずなにに、それがひどく私の胸に来てしまう。


「レディア」


 呼ばれて、顔を上げた。

 イシドール様に距離を詰められていて。

 顔が、すぐ目の前にある。


「君があの子を守ってきてくれたこと、俺は……ずっと見てた」


 その声は、低くて静かで──その瞳は、まっすぐに私を映していた。

 胸がきゅっとなる。


「イシドール様……」


 言葉を探しているうちに、その手が私の頬に触れる。

 大きな手。細くて長い指。その動きは驚くほどやさしくて、頬をなぞるだけで、体がびくりと反応した。


「君がいてくれて、助かってる。……本当に、感謝している」


 唇が、すぐそこにあった。

 何か言おうとして、でも言葉が出てこなくて、私の心臓がどくん、と跳ねる。


「レディア……今日は一緒に寝よう」

「……ふぇ」


 え、ちょ、また変な声出ちゃった……!

 だって、イシドール様が変なこと言うから……!


 一気に体温が上昇した私を見て、イシドール様はくすっと笑ってる。何それ、ずるい。


「愛してる」


 も、もう、特上のストロベリー侯爵、やめてください……っ


「レディアは?」

「……あい、してます……っ」


 言わせてくるんですね……手口が新しくなってる……。

 ああもう、体が熱い。秋だけど、また熱中症になってしまうかもしれない。

 イシドール様は……本当に嬉しそうに笑うんですから。

 からかわれてるような気がしないでもないけど……やっぱり、好き。


 イシドール様の手が肩に置かれたかと思うと……私はそのままゆっくり、ベッドに押し倒された。


 ……待って。

 ……本当に? 今?

 何の心の準備も、私──っ


「ひゃっ」


 ぎゅっと抱きしめられた。

 密着、密着度が……! しかもベッドの上……!!

 心臓の音で、自分の胸が盛り上がってる感じする!

 ドッコドコ鳴ってる!!


「あ、あの、イシドール様……っ」

「本当にかわいいな……君は」


 いえ、イシドール様の方がよっぽど男前なんですが!?


「少しだけ……いいか?」


 少しだけ……それって、本当に少しなんですか?

 私、知ってます。ちょっと大人な本で読んだことあります。

 少しだけと言いつつ……結局最後までなんですよね!?


「頼む……君と……一緒に、寝たい」


 そ、そんな……甘いお顔で……でも、切なそうで、苦しそうで……

 そんなに私、我慢させちゃってたんですか……?


 ──あ、うん、させちゃってた気がする。


 思えば、イシドール様はいつも……その、積極的、でしたもんね。

 それってドキドキしちゃうけど、本当に嬉しいことでもあった。

 私を求めてくれるって……こんなにも嬉しいものなんだって、何度も実感してきた。


 シャロットが私を母親として認めてくれたら、その時は……って思ってたけど。

 本当の母と一緒に暮らす可能性が高い今、私がシャロットの母親として認められる未来はもう、来ないかもしれない。


 なら、もう……体を許しても、構わないよね……。

 イシドール様は、こんなにも私を求めてくれて。

 私もびっくりするくらい、体が(ほて)っちゃってる。


「レディア……っ」


 それに、こんなに苦しそうなイシドール様を見ちゃったら……これ以上……


「いい、ですよ……?」


 あ、言っちゃった!

 心臓が、胸を突き破りそう!!


 イシドール様が嬉しそうに笑って……だめ、もう……大好き。

 拒否なんて、できるわけないじゃないですか……

 だって、私もずっと……同じ気持ちだったんですから。


 イシドール様が、私を優しく抱きしめてくれる。


 ああ、私、とうとうイシドール様と……


「すぅ……すぅ……」


 イシドール様の吐息が私の首に……


 首に……?





 ──ん?




 顔を覗くと、イシドール様は目を瞑ってて……


 うそ、寝てる!!?


「あ、あぅの、イシドール様?」

「すぅ……すぅ……ぐう」


 ぐうって言った!! 寝てる!!

 一緒に寝ようって……そういうこと!?

 本当に寝るだけ????

 待って待って、私の覚悟はどうしてくれるの!?


「い、イシドールさまぁ……今、チャンスですよぉ?」


 そっと耳元に話しかけてみる。

 うん、ピクリとも動かない!


「えーと、ビッグチャーンス、ですよ〜?」


 ……動かない!! 寝てる!!


「……っぷ!」


 なんだか必死になってる自分がおかしくて、私は一人で笑ってしまった。


「もう、イシドール様ったら」


 私は肩を揺らしながら、その寝顔を見つめる。

 こんな顔して眠るんだ。かわいいな。


 世間からは恐怖侯爵と呼ばれている、イシドール様。

 それは、若くして侯爵家を継いだことによる、仮面のこと。

 あんまり心を許せる人がいない証拠でもあるって、私知ってますよ。

 実は緊張しやすいんだってことも、気づいてます。

 だからななおのこと、“恐怖侯爵”になっちゃうんですよね。


 でも……本当に心を許した人の前でだけは、ストロベリー侯爵になるんだってことも、私、わかってますから。


 だから私にストロベリーなお顔を見せてくれるのは、本当に嬉しいんです。


「大好きです。私の侯爵様」


 きっと昨日は眠れなかったんだろう。

 今日のことを考えて、シャロットがいなくなる未来を想像して苦しんで。

 今もわからないままの宙ぶらりんで。


 だから、誰かと一緒に寝たかったんですね?

 私と一緒が、良かったんですよね?


「許してあげます」


 そう言って、私はそっとイシドール様の頬に口付けた。

 誰にも内緒の、愛しい気持ちがたくさんこもったキスを。


 ねぇ、イシドール様。

 シャロットが心を決めた時。

 もし、彼女がここを出て行ったら──


 その時には、私がたくさん、慰めてあげますからね。


 私が必ず、傍にいますからね。



 そんな決意を胸にして。

 私は優しくイシドール様を抱きしめると、一緒に眠った。



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