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19/26

19.ストロベリー侯爵、決意する。

 次の日、帰ってくるともう夕方だった。

 イシドール様の執務室に向かうと、そこにいたシャロットが抱きついてくる。


「おかえりなさぁい、レディアおねえちゃん!」


 今日も天使の笑顔。ちょっと会わなかっただけなのに、もう、胸が震えるほど嬉しい。


「ただいま、シャロット。これ、お土産ね。クッキーよ」

「わぁい、たべるー!」

「ふふ、明日のおやつの時間にね」

「わかった!」


 二人でにこにこしていると、イシドール様がちらりと私を気にしてた。

 どうなったのか、当然気になっているはず。


「シャロット、ちょっとイシドール様と話があるから……」

「はぁい!」


 シャロットはクッキーを抱えて、自分の部屋へと戻っていく。

 扉が閉まるのを確認してから、イシドール様は口を開いた。


「おかえり、レディア」

「ただいま戻りました、イシドール様」


 視線を交差させると、どちらからともなくふっと笑う。


「君がいなかった二日間、シャロットはこの部屋へ入り浸りだったんだ。君の存在の大きさが、改めてわかった」

「ふふ、ありがとうございます。お仕事大丈夫でしたか?」

「明日から取り戻すしかないな」


 諦めた様子で息を吐くイシドール様に、思わず笑ってしまう。


「ところで……ラヴィーナには、会えたのか?」

「はい。一週間後のシャロットの誕生日に、会いに来てくれることになりました」


 私はラヴィーナさんとの会話を、イシドール様に話した。

 ラヴィーナさんはイシドール様を愛していなかったというところ以外を、全部。


「そうか……」


 話し終えると、イシドール様は静かにそう呟いた。

 ラヴィーナさんがシャロットを引き取りたいと思っていた事実。

 それに深く心を寄せているように見えて。想像すると、怖くなる。


「……ラヴィーナさんがどれだけシャロットと暮らしたいと言っても……たとえシャロットがそれを望んだとしても……イシドール様の意思が優先されることです。イシドール様の思う通りになさっていいと──」

「それでは駄目だ」


 私の声は、イシドール様に閉ざされた。

 胸が、ぎゅっと痛みを発する。


「侯爵家当主である俺の言葉は、絶対だ。もし俺の望む通りの意見を通せば、どうなる」

「それ、は……」


 ラヴィーナさんが、愛のない結婚をするしかなかったように。愛娘のシャロットにも望まぬことを強いて、つらい思いをさせてしまうことになりかねない。


「これは、ラヴィーナとシャロットの気持ちを尊重すべきことだ。二人がの気持ちが同じなら……俺は──止め、ない」


 語尾が詰まって、震えていた。

 本当は止めたい……って、喉の奥から聞こえてきそう。

 イシドール様は、優しすぎるのよ。

 自分の思い通りにさせる力を持ちながら、決してそうしようとはしない。

 それは、過去の反省があるからかもしれないけど……


「すまない。君もシャロットにはいてほしいだろうに……」


 私はぎゅっと拳を作った。


 私は──汚い。


 シャロットのためと言って、ラヴィーナさんを呼び寄せる算段をつけておきながら。

 その実、イシドール様の権力に縋って、シャロットをこの家に縛りつけようとしていた……私が、シャロットに出ていってほしくなかったから。


「私にそんなこと言う権利なんてありません……イシドール様がシャロットの判断に委ねるのなら、私もシャロットの判断に従うだけです」


 シャロットが出ていく。

 それを考えただけで、胸が張り裂けそうになる。

 私に決定権があれば、きっとシャロットを引き止めてしまう自信があった。

 それをしないイシドール様の強い意思は、本当に尊敬に値する。


「もし……シャルがいなくなっても……君だけは俺のそばにいてくれるか?」


 不安そうなイシドール様の声に、私は自分から抱きついた。

 お互いの胸の内を……癒したくて。


「もちろんです……イシドール様も、私から離れないでくださいね……?」

「わかっている。君だけは、何があっても一生離さない」


 そう言って。

 イシドール様は、私を強く抱きしめてくれた。




 夜、三人での夕飯を済ませると、イシドール様は「話がある」とシャロットを呼び寄せた。

 膝の上に乗ろうとするシャロットを、イシドール様が制する。


「大事な話だ。座って聞きなさい」

「だいじ……? なぁに?」


 きょとんとするシャロットは、それでも言うことを聞いて、ちゃんと椅子の上にぽてっと座った。


「シャロットは来週、誕生日だろう」

「うん! シャル、ろくさいになるの! もうおねえさんなのよ!」


 イシドール様がこくりと頷く。

 そして何をどう告げようかと少し迷うようにして、口を開いた。


「シャルの誕生日に……ママがうちにやってくる」

「……ママが!?」


 シャロットの綺麗な目がまんまるに開かれる。


「どうして!? どうして!?」

「誕生日を祝いに来てくれるんだよ。その時、ママとお話できる」

「ママと……シャル、おはなししていいの? ほんとう?」

「もちろんだ。ゆっくり話をするといい」


 イシドール様がそっと笑って頷いた瞬間。


「ママに……ママ、あえる……の……っ」


 大きく息が吸い込まれていって──


「っう……ふ、ふえ……うああぁぁぁあああああああ!! ママ、ママーーッ!!」


 本当に、嵐みたいに泣き始めた。

 ぼろぼろ、ぼろぼろと涙が丸いほっぺを伝って降りていく。


「わぁぁああん!! あぁぁあぁああん!!」


 この小さい体に、どれだけ我慢を重ねていたんだろう。

 ラヴィーナさんがいなくなって、二年。

 ずっと、ずっと、会いたいと思っていた気持ちが爆発したんだ。


「シャロット……」


 イシドール様がシャロットをそっと抱き上げて、背中をトントンと優しく叩いた。

 ゆっくり、ゆっくりとシャロットの泣き声が止んでいく。

 ひっくひっくとしゃくり上げて、ようやく、落ち着いて。


「……パパ、ごめんね……シャル、ないちゃった」


 イシドール様は、シャロットの髪をそっと撫でながら、ゆっくりと微笑んだ。


「泣いていい。泣きたいときは、泣いてもいいんだよ、シャル」


 低く穏やかな声が、シャロットの小さな胸に染み込んでいくのがわかる。


「ママに会いたいって、ずっと我慢してたんだろう。強くて、えらかったな」

「……うん……」


 シャロットが小さく頷いて、もう一度、イシドール様の胸に顔をうずめた。


「誕生日の時、ママにいっぱい話してごらん。寂しかったこと、嬉しかったこと、全部。泣いても、怒ってもいい。パパもレディアも、シャルの味方だ」

「うん……うん……」


 シャロットの声は、かすれていたけれど、それでも、確かに笑っていて。


「ありがとう、パパ……ありがとう、レディアおねえちゃん……」


 その言葉に、胸がいっぱいになる。

 私は微笑みながら、シャロットの背中にそっと手を添えた。

 すると、シャロットは顔を上げて、私の顔を見て。


「レディアおねえちゃんに、シャルのママ、しょうかいしてあげるね!」


 って、天使の笑顔を見せた。

 私は「ありがとう」って微笑んで見せて。


 泣きそうになってしまった私の顔は、シャロットを抱きしめることで隠した。


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花嫁の身代わりでしたが、皇帝陛下に「美味だ」と囁かれています。

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