表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/26

12.ストロベリー侯爵、真実を告げる。

 やわらかな朝の光が、窓から差し込んでた。

 少し汗ばむくらいの陽気で、風もどこか夏の匂いがして──本来なら、気持ちのいい朝のはずだったのに。


 ……シャロットは、パンにかじりついたあと、それきり手を止めてしまった。

 うつむいてる。表情も暗い。


「……シャロット、どうかした?」


 私がそう聞いたとき、シャロットはびくっと肩を揺らした。


「ううん。なんでもないの」


 そう言って、小さく笑うんだけど……それが嘘だってことくらい、すぐにわかった。

 昨日までの、はしゃいでいたシャロットじゃない。

 まるで別人みたいに元気がなくて、どこか魂が抜けたみたいに見える。


 胸にざわめきが走った。


 やっぱり、あの時……なにかあったとしか思えない。


「ねぇ……昨日──」

「ないよ! なんにもない! シャル、なにもいわない!」


 これは、絶対に何かあった。

 けど……口を割らないって決意が見て取れて。


 これは、私じゃ届かないところにいる。

 やっぱりこういう時は、本当の親には敵わないんだろうな。


 私はそっと席を立つと、イシドールの元を訪ねて、今のシャロットの状況を話した。


「……やっぱり、なにかあったんだと思います。でもどうしても、話してくれなくて……」


 イシドールは私の話を黙って聞いていたけど、少しだけ怖い顔になって、静かに頷いた。


「わかった。俺が話してみよう」


 私は頷いて、シャロットを呼んだ。

 書斎のソファに彼女を座らせて、私もその隣に腰を下ろす。


 シャロットは何かを隠してる顔だった。

 目の前にあるのに、どうしても触れられない氷みたいな壁が、彼女の中にある。


 それでもイシドール様が優しい声で問いかけた。私はその手を取って、静かに見守る。


「シャル、少しだけ話そうか」

「……パパ、シャル、なにも、ないよ……」

「レディアが心配している。俺も……シャルのことが心配だ」


 イシドール様の落ち着いた声は、深い森に吹く風のよう。

 しばらくの沈黙のあと、シャロットの肩が、かすかに震えた。


「……きいちゃったの。おまつりのとき……しらない、だれか……」


 その言葉を聞いた瞬間、胸がぎゅっと締めつけられた。

 嫌な予感がして、私は思わず手に力を込める。


「……ママは、かけおち、したんだって」


 私は息を飲んで、イシドール様を見る。

 彼の表情は変わらなかったけど、目がわずかに揺れていた。


「パパ、かけおちって……なに?」


 その質問は、あまりにも純粋で……胸が痛い。

 誰よそんなことを言うのは。絶対に許せない。


 シャロットは意味がわかっていなくても、よくないことだというのは理解できたんだ。

 だからこそ、ずっと言わずに耐えてた。

 でも言葉にした今……意味を知らずにはいられないよね。


 イシドール様は少し黙って、それから低く、静かに口を開いた。


「……シャロットのママ、ラヴィーナは……ある日、ほかの男と一緒に、どこかへ行ってしまったんだ」


 もう隠せないと判断したんだろう。

 ずっと母親は死んだと嘘をつき続けてきたイシドール様が、とうとう真実を娘に告げている。


「どうして? ……どうしてなの?」

「……俺にも、理由はわからない」


 シャロットもイシドール様も、大きな傷を負ったように顔が歪む。


「でも……そのひと、いってた。むすめより……シャルよりたいせつな人がいたんだって。だからかけおちしたんだって! ねぇパパ、シャルは、いらない子だったの!?」


 堰を切ったように、シャロットの瞳から涙が溢れた。

 小さな手がぎゅっと胸元を掴んで、声を上げて震える。


 あんなに小さな胸に、そんな言葉を抱えて。

 私、なんで気づいてやれなかったんだろう。……ごめん、ごめんね。


「いらない子なんかじゃない」


 イシドール様は、しっかりとした声で言った。

 ゆっくりと、シャロットの肩を抱き寄せる。


「シャロットは俺にとって、一番大切な子だ。誰が何を言っても、それは変わらない。わかるか?」


 イシドール様は気持ちをシャロットへ届けようと、真剣な目で伝えた。

 シャロットは涙を溜めたまま、ぽつりと呟く。


「……ママは……生きてるの?」


 シャロットが本当に聞きたかったのは、きっと、そこ。

 駆け落ちが何だかわからなくて、それでも母親が消えてしまったことには変わりなくて。

 不安と期待が入り混じった、シャロットの問い。


「ああ。……生きているよ」


 イシドール様が、ゆっくり言葉を紡いだ。

 それを聞いた瞬間、シャロットの目が大きく見開かれた。


「……ママは、生きてるのね……!」


 目の前に光が差すような、シャロットの歓喜の声。

 ずっと死んだと思っていた母親が生きてると知って……この子はこんなにも喜んでる。

 けど、次の瞬間。


「……ママに、あいたい……! あいたいよぉ……! ママ、ママぁぁぁあ!! ああぁぁぁああん!!」


 張りつめていた糸が、ぷつんと音を立てて切れたようだった。

 崩れるように泣きじゃくる声が、私の胸を貫く。


 もう、ダメ。

 私はただ衝動のままにシャロットを抱き締める。


「シャロット……!」

「ママに……ママに、ずっと、あいたかったの……! シャル、がまんしてたの……! でも、ほんとは、ずっと……! うわぁあああ!!」


 いつも天使のように笑うシャロットの、慟哭。

 小さな体をしっかりと抱きしめて、私はその熱を受け止める。


「……ごめんね。つらかったのに、気づいてあげられなかった……」


 肩が震えてる。私の腕の中で、シャロットがしゃくり上げながら泣いてる。

 ずっと我慢し続けて。たった、一人で。


「……ママに、会いたい……」

 小さくつぶやいた声が、何度も何度も胸に刺さった。


 私はそっと、涙で濡れたその頬をぬぐう。

 今の彼女には、言葉よりも、ただ隣にいることの方が大事な気がした。


 小さな頭を、そっとなでながら思う。

 ──絶対に、見つけ出す。ラヴィーナさんを、必ず……この子に会わせる。


 その時が来たら、ちゃんと伝えよう。

 シャロットのためにできることを、私は全部やる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花嫁の身代わりでしたが、皇帝陛下に「美味だ」と囁かれています。

行方知れずを望んだ王子と、その結末 〜王子、なぜ溺愛をするのですか!?〜

婚約破棄されたので、全力で推し活しますわ! 王子の尊さに気づけないなんて、お気の毒ですわね?

ざまぁされたポンコツ王子は、真実の愛を見つけられるか。

サビーナ

▼ 代表作 ▼


異世界恋愛 日間3位作品


若破棄
イラスト/志茂塚 ゆりさん

若い頃に婚約破棄されたけど、不惑の年になってようやく幸せになれそうです。
この国の王が結婚した、その時には……
侯爵令嬢のユリアーナは、第一王子のディートフリートと十歳で婚約した。
政略ではあったが、二人はお互いを愛しみあって成長する。
しかし、ユリアーナの父親が謎の死を遂げ、横領の罪を着せられてしまった。
犯罪者の娘にされたユリアーナ。
王族に犯罪者の身内を迎え入れるわけにはいかず、ディートフリートは婚約破棄せねばならなくなったのだった。

王都を追放されたユリアーナは、『待っていてほしい』というディートフリートの言葉を胸に、国境沿いで働き続けるのだった。

キーワード: 身分差 婚約破棄 ラブラブ 全方位ハッピーエンド 純愛 一途 切ない 王子 長岡4月放出検索タグ ワケアリ不惑女の新恋 長岡更紗おすすめ作品


日間総合短編1位作品
▼ざまぁされた王子は反省します!▼

ポンコツ王子
イラスト/遥彼方さん
ざまぁされたポンコツ王子は、真実の愛を見つけられるか。
真実の愛だなんて、よく軽々しく言えたもんだ
エレシアに「真実の愛を見つけた」と、婚約破棄を言い渡した第一王子のクラッティ。
しかし父王の怒りを買ったクラッティは、紛争の前線へと平騎士として送り出され、愛したはずの女性にも逃げられてしまう。
戦場で元婚約者のエレシアに似た女性と知り合い、今までの自分の行いを後悔していくクラッティだが……
果たして彼は、本当の真実の愛を見つけることができるのか。
キーワード: R15 王子 聖女 騎士 ざまぁ/ざまあ 愛/友情/成長 婚約破棄 男主人公 真実の愛 ざまぁされた側 シリアス/反省 笑いあり涙あり ポンコツ王子 長岡お気に入り作品
この作品を読む


▼運命に抗え!▼

巻き戻り聖女
イラスト/堺むてっぽうさん
ロゴ/貴様 二太郎さん
巻き戻り聖女 〜命を削るタイムリープは誰がため〜
私だけ生き残っても、あなたたちがいないのならば……!
聖女ルナリーが結界を張る旅から戻ると、王都は魔女の瘴気が蔓延していた。

国を魔女から取り戻そうと奮闘するも、その途中で護衛騎士の二人が死んでしまう。
ルナリーは聖女の力を使って命を削り、時間を巻き戻すのだ。
二人の護衛騎士の命を助けるために、何度も、何度も。

「もう、時間を巻き戻さないでください」
「俺たちが死ぬたび、ルナリーの寿命が減っちまう……!」

気持ちを言葉をありがたく思いつつも、ルナリーは大切な二人のために時間を巻き戻し続け、どんどん命は削られていく。
その中でルナリーは、一人の騎士への恋心に気がついて──

最後に訪れるのは最高の幸せか、それとも……?!
キーワード:R15 残酷な描写あり 聖女 騎士 タイムリープ 魔女 騎士コンビと恋愛企画
この作品を読む


▼行方知れずになりたい王子との、イチャラブ物語!▼

行方知れず王子
イラスト/雨音AKIRAさん
行方知れずを望んだ王子とその結末
なぜキスをするのですか!
双子が不吉だと言われる国で、王家に双子が生まれた。 兄であるイライジャは〝光の子〟として不自由なく暮らし、弟であるジョージは〝闇の子〟として荒地で暮らしていた。
弟をどうにか助けたいと思ったイライジャ。

「俺は行方不明になろうと思う!」
「イライジャ様ッ?!!」

側仕えのクラリスを巻き込んで、王都から姿を消してしまったのだった!
キーワード: R15 身分差 双子 吉凶 因習 王子 駆け落ち(偽装) ハッピーエンド 両片思い じれじれ いちゃいちゃ ラブラブ いちゃらぶ
この作品を読む


異世界恋愛 日間4位作品
▼頑張る人にはご褒美があるものです▼

第五王子
イラスト/こたかんさん
婿に来るはずだった第五王子と婚約破棄します! その後にお見合いさせられた副騎士団長と結婚することになりましたが、溺愛されて幸せです。
うちは貧乏領地ですが、本気ですか?
私の婚約者で第五王子のブライアン様が、別の女と子どもをなしていたですって?
そんな方はこちらから願い下げです!
でも、やっぱり幼い頃からずっと結婚すると思っていた人に裏切られたのは、ショックだわ……。
急いで帰ろうとしていたら、馬車が壊れて踏んだり蹴ったり。
そんなとき、通りがかった騎士様が優しく助けてくださったの。なのに私ったらろくにお礼も言えず、お名前も聞けなかった。いつかお会いできればいいのだけれど。

婚約を破棄した私には、誰からも縁談が来なくなってしまったけれど、それも仕方ないわね。
それなのに、副騎士団長であるベネディクトさんからの縁談が舞い込んできたの。
王命でいやいやお見合いされているのかと思っていたら、ベネディクトさんたっての願いだったって、それ本当ですか?
どうして私のところに? うちは驚くほどの貧乏領地ですよ!

これは、そんな私がベネディクトさんに溺愛されて、幸せになるまでのお話。
キーワード:R15 残酷な描写あり 聖女 騎士 タイムリープ 魔女 騎士コンビと恋愛企画
この作品を読む


▼決して貴方を見捨てない!! ▼

たとえ
イラスト/遥彼方さん
たとえ貴方が地に落ちようと
大事な人との、約束だから……!
貴族の屋敷で働くサビーナは、兄の無茶振りによって人生が変わっていく。
当主の息子セヴェリは、誰にでも分け隔てなく優しいサビーナの主人であると同時に、どこか屈折した闇を抱えている男だった。
そんなセヴェリを放っておけないサビーナは、誠心誠意、彼に尽くす事を誓う。

志を同じくする者との、甘く切ない恋心を抱えて。

そしてサビーナは、全てを切り捨ててセヴェリを救うのだ。
己の使命のために。
あの人との約束を違えぬために。

「たとえ貴方が地に落ちようと、私は決して貴方を見捨てたりはいたしません!!」

誰より孤独で悲しい男を。
誰より自由で、幸せにするために。

サビーナは、自己犠牲愛を……彼に捧げる。
キーワード: R15 身分差 NTR要素あり 微エロ表現あり 貴族 騎士 切ない 甘酸っぱい 逃避行 すれ違い 長岡お気に入り作品
この作品を読む


▼恋する気持ちは、戦時中であろうとも▼

失い嫌われ
バナー/秋の桜子さん




新着順 人気小説

おすすめ お気に入り 



また来てね
サビーナセヴェリ
↑二人をタッチすると?!↑
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ