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11/26

11.ストロベリー侯爵、焦る。

 初夏の午後、やわらかい日差しのなかで。

 私は、シャロットの勉強部屋にいた。


「今日の課題は、“書いて伝える”ですよ、シャロット様」


 家庭教師のマリーヌ先生がそう言って、シャロットに紙を一枚手渡す。

 シャロットは不安そうに眉をひそめた。


「かくって……おてがみ?」

「そう。お手紙は、お話の代わりに、気持ちを伝えられる魔法なのです」


 それを聞いて、シャロットの目がきらりと光る。


「まほう……! それなら、やってみる!」


 さすが先生、シャロットのやる気の引き出し方をよくわかっていらっしゃる。

 シャロットは机に向かって、一生懸命に羽根ペンを握っていた。

 私は後ろで刺繍をしながら、その背を見守る。


 紙に何度も書いては、ぐしゃぐしゃにして捨て、また書いて。

 シャロットのそばには、くるくる丸められた失敗作が小山を作っていた。


 そして──ついに。


「……かけた!!」


 椅子から立ち上がったシャロットが、高々と紙を掲げる。

 隣で見ていたマリーヌ先生が、にっこりと微笑んで頷いた。


「わたしてくる!」

「はい、どうぞ」


 先生の許しをもらったシャロット。

 イシドール様のところへ渡しに行くのかしら?


 ……と思いきや、私のところへやってきた。


「見せてくれるの?」

「ううん、これはね、あげるのよ。レディアおねえちゃんに、はじめての、おてがみ」

「え……私に?」


 胸の前に大切そうに手紙を、私に差し出してくれる。


 小さな手紙。折り目はまっすぐじゃなくて、ところどころインクが滲んでいる。それでも──

 レディアが一生懸命書いた、初めての手紙だ。


『れでぃあへ

 おねえちゃん、いつもあそんでくれてありがとう。

 どこにもいかないでね。

 やくそくよ。

 だいすき。

 しゃろっと』


 胸がぎゅっと締めつけられて、声が出なかった。

 ただただ、愛おしくて、あたたかくて、こみあげてきて──


「ありがとう、シャロット。こんなに素敵なお手紙、はじめてもらった」


 私は椅子から降りると、そのまま小さな体を包み込む。

 シャロットも、私をぎゅうって抱きしめてくれる。


「ねぇ、うれしい?」

「もちろん! これ、シャロットにもらった宝箱にいれるわ。私の、二つ目の宝物!」

「ほんとぉ? やったぁ〜!」


 喜ぶシャロットを前に、私は涙を我慢する。


 ──きっと、何年経っても忘れない。


 この一通は、世界でいちばん小さくて、あたたかな魔法。


 だけど、誰よりも大きな「だいすき」が、つまっている。


 そう思えたことが、何よりの宝物だった。





 ***






 街に夏祭りがやってきた日。

 私たち三人は、少しおめかしして、賑やかな通りへと出かけていた。


 シャロットは新しい薄桃色のワンピースに、白いリボンの帽子をちょこんとのせて、「おまつり、はじめてなの!」とはしゃいでいる。

 ふふ、かわいい。


「見てー! あっち、くるくるまわってる!」

「落ち着いて、シャロット。順番に回りましょ」


 私は笑って言いながらも、胸の中は同じくらい高鳴った。

 実は私も、お祭りなんて初めてなのよね。

 それも、シャロットとイシドール様と一緒に来られるだなんて……こんなに幸せなこと、ない。


「祭りは人が多い。はぐれないように、俺のそばを離れるな」


 そう言って、イシドール様は私の手をとった。

 ほんと、さりげなく手を握りますね?


「……子どもじゃないんですから」

「そうだな。君は俺の愛しい人だ」


 耳元でささやかれて、顔がかぁっと熱くなる。

 その横で、シャロットがぱちくりとまばたきしていた。


「……レディアおねえちゃん、いま、おかおが、りんご」

「ちがうの、これはその、日差しのせいで……!」


 けどシャロットはすぐにニパッと笑って、次の興味のある露店へと走り出した。

 どうやら、私の言い訳に興味はなさそう。


「レディアもおいで」


 すっと手を引いてくれるイシドール様。

 すんごく甘い顔をするものだから、周りの人たちが「あれ、恐怖侯爵じゃない?」と目を丸めていますよ!

 注目されてるようで、すごく恥ずかしい……っ


「パパー! レディアおねえちゃーん! これたべよう?」


 露店のパン屋で、ハーブパンをひとつずつ買った。

 焼きたての香ばしい香りに、シャロットが目をきらきらさせる。


「しゃろっと、あったかいパンだいすき! おいしい〜っ!」

「よかったわね。あら、これチーズとレモンカードが入ってるのね」

「本当だな。これはいける」


 お祭りの日だけは、貴族も庶民も関係なく、こうして気兼ねなく外で食べることができる。

 ふふ、本当に贅沢な時間。


「レディア」

「はい?」


 名前を呼ばれて見上げると、イシドール様はふっと目を細めた。

 な、なに? かっこいい。


「ついている」


 私の唇に運ばれる、イシドール様の長い指先。

 そっと、私の唇に触れて──指を、自分の唇に当てた。


「……イ、イシドール様っ!」

「ごちそうさま」


 ちょ、どうして平然としてるんですかっ

 し、心臓が持たない。


 そんな中でも、シャロットは別の露店を見つけて、はしゃいでいる。


「レディアおねえちゃん、みてー! このおはな、ちいさいけど、においがいいのー!」

「ほんとね。それにかわいい。シャロットにぴったりね」


 そんなふうに笑い合いながら、祭りを堪能していた。

 そして一瞬、人混みに押された、その直後。


「……あれ、シャロット?」


 さっきまで隣にいたはずのシャロットが──いない。


 辺りを見回しても、ふわふわした白い帽子も、楽しげな声も、どこにもない。


「……シャロット?」


 一瞬、胸の奥がひやりと冷たくなる。


 慌てて近くの露店の陰や通り目を向けた。


「シャロット! どこ!?」


 祭りの喧騒が、急に遠ざかっていくようだった。

 手の中の温もりすら、頼りなく感じる。


 どうしよう……どうしよう、どうしよう!!


 焦る私の手を、イシドール様がぎゅっと握る。


「……落ち着け。今、俺たちが取り乱しては駄目だ」


 イシドール様の声は低く落ち着いていて。

 けれどその瞳の奥には、明らかに焦りの色が見える。


 当然よ。シャロットは侯爵家の令嬢なんだもの。

 もし──もしも誰かが狙っていたら。

 お祭りの喧騒に紛れて、悪意が手を伸ばしていたら。


「……いや、そんなの……っ!」


 焦りが喉を締めつける。

 もしシャロットに何かあったら、私……!

 足が、手が、震える。でも今は、震えてる場合じゃない!


「……シャロット! どこなの……!」


 イシドール様の手を離して駆け出そうとすると、グイッと引き止められて抱きしめられた。


「……一人で行かせられるわけないだろ。君まで見失ったら、俺は正気でいられない」


 低く抑えた声。けれど、その中にある焦りは隠せていなかった。


「ごめん……なさい……っ」

「絶対に俺のそばを離れるな」


 手を、改めて握り直して──

 私たちは、シャロットを探しに走った。


「シャロットー! どこにいるの!」

「シャル! どこだ!」


 二人で名前を呼びながら通りを駆ける。

 露店の間、通路の影、人ごみの中──どこにも、シャロットの姿はない。


「……お願い、返事して!」


 胸がつぶれそう。

 さっきまで、あんなに笑っていたのに。


 何かあったら──もし今、どこかで泣いているのだとしたら──


「おねえちゃん……」


 その時、背後から、震える声が聞こえた。

 振り返ると、そこに──帽子を片手に、しょんぼりした顔のシャロットが立っていた。


「シャロット……!」


 すぐに駆け寄って、ぎゅっと抱きしめる。


「よかった……よかった……!」


 イシドール様も安堵の息を吐き、額に手を当てるようにしてしゃがみ込んだ。


「……ほんとに、無事でよ……かった」


 その声は、かすかに震えている。

 怖かった、本当に……イシドール様も、私も。そしてきっと、シャロットも。


「シャロット……どこに行ってたの?」

「えっと……においがしたから、パンやさんのほう……。でも、もどってきたの。ひとりで、だいじょぶだったよ」

「そう……もう、心配したんだから。絶対に一人で行かないで」


 私はそう言いながら、ぎゅっと抱きしめる。

 こくんと頷くシャロット。

 少しの間とはいえ、シャロットも私たちを探して……つらかったに違いない。


「気を取り直して、祭りを楽しむか」

「そうですね。シャロットは、私と手を繋ぎましょ」

「……うん」


 安心感で気持ちが軽くなった私は、左手にシャロット、右手はイシドール様と手をつないだ。


 アクセサリー屋さんでは、イシドール様がシャロットに髪飾りを買ってあげている。

 きっとそれも、シャロットの宝物になるわね。


 でも、ふと気づく。シャロットの手が──冷たいまま、戻らない。


「……シャロット、どうしたの?」

「え? な、なんでもないよ。シャル、べつに、へいき」


 ふにゃっと笑うその顔。

 なんだろう……なんとも言えない、この違和感。


 それでも、なぜか言葉にできないまま、私はそっと手を握り返すだけだった。


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