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見つけた

***


 これはいつも見る夢だ、と思った。

 子どもの頃──正しく言えばうなじを噛まれてから、決まって悪夢を見る時はこの夢だった。

 不思議な力で押しつけられて身動き取れない俺は、正面から徐々に近づいて来る影から目を逸らせないでいた。怖くて目を瞑りたいのにそれすら叶わず、影が足元から這い上がってくるのを凝視し続ける。生暖かいような、冷たいようなその影は決まって俺の首で一旦動きを止める。何かを確認するようにぐるっと一周すると、やがてすっと離れていく。

 いつもならこの後に、その影はあの女の子のような形になり、俺の首目掛けて噛みついてくる。女の子の顔はボヤけているが、絶対にあの女の子だと確信できる栗色の髪の毛が俺の頬を掠め、やがて痛みが伝わり始める。

 が、今回は何かが違った。

 目の前には女の子と同じ栗色の髪の青年が立っていた。身長は俺よりも高く、相変わらず顔はボヤけている。

 青年は、手を伸ばして俺の顔に触れた後、どこかで見たような、満足げな顔をして笑った。

 顔がはっきりと認識出来ないにも関わらず、今、こいつは笑ったのだと、そう感じた。その瞬間、背筋に悪寒が走る。

 慣れたいつもの夢よりも更に恐怖を感じて、全身の血液が一気に駆け巡る。


「うわぁああああ」

「うわぁぁああああああああああ」


 自分の声で飛び起きた俺は、更にデカい声を出している翔の顔を化け物でも見るかの様な目で見た。


「そんな目で俺を見るな」

「だって」

「それが保健室へ運んでくれた命の恩人への態度か?」

「保健室……?」


 そう言えば、俺は今、白いベッドの上に寝ていた。空調が効いていて天国の様な心地良さを感じながら、どういう事かと聞く前に、察しがいい翔は説明を始めてくれた。


「あー、俺、倒れたんだっけ……?」

「そうそう。馬鹿みたいにネックウォーマー外すの躊躇うから大変だったわ」

「ネックウォーマー……あれ!? ネックウォーマーは!?」


 いつの間にか晒されていた自身のうなじに妙な羞恥心が芽生える。


「なにその顔……勝手にパンツ脱がされたみたいな反応じゃん……」

「俺にとってはパンツ脱がされるより恥ずかしいんだよ」

「マジか」


 翔は少し引いた表情をした後、ベッドを囲っているカーテンの更に奥を指差した。


「洗って干しておいた。汗でべちゃべちゃだったし、あれの替え、今日忘れたって言ってたよな」

「え、あ、そう。ありがとう」

「どういたしまして。あ、後、ネックウォーマー外した所も俺以外見てないから。一応」


 翔は昔からお母さん気質だよなぁと思いながらも、そんな所に何度も救われてきているので、素直にお礼を言う。小学校でうなじの噛み跡を散々馬鹿にされた時も、翔は触れてこなかった。それどころか、さりげなく話題を逸らしたり、俺がうなじを隠すのを手伝ってくれた。


「やっぱり無理あんじゃね? この時期ネックウォーマーはキツいって。今年の夏異常に暑いし」

「でも痕が……」

「うーん……大きい絆創膏で隠すとか……でもそれだと、ずっと怪我が治らないって大事になっちゃうか……? うーん……」


 自分のことのように悩んでくれる翔に涙が出てきそうになる。けど、なんとなく気恥ずかしくて、泣くところを翔に見られたくない。

 そう思っていると、隣のベッドから誰かが立ち上がる音がした。


「え、俺らだけじゃなかったのかよ!」

「いや、俺だって必死にお前担いで来たからちゃんと確認する余裕なんてなかったんだよ!」


 今更ながら声を落としてやり取りする。もしかしたら、今までの会話を聞かれてしまっていたかと思うと全身の血の気が引いてくる。

 カーテンの向こう側では立ち上がってから微動だにしない影がなんとなくこちらを窺っているような気がする。


「ちょっと俺行ってくるわ」

「え……?」


 そう言うと、翔はすぐにカーテンを掻き分けて、立ち止まっている人物の方へ歩いていった。


「ごめんなさい、俺たち大きな声出しちゃってて。俺もう行くんで、もしまだ具合が悪いなら引き続きベッド使っていてください」


 翔の影が立ち止まっている影に謝っている声が聞こえた。しかし相手からの反応は無く、翔はもう一度謝罪した後、保健室を出て行った。

 俺はというと、数秒して立ち去った影を確認した後、再びベッドへと沈み込んだ。熱中症の症状はだいぶ治ったが、もう体育の授業を受ける気力は残っていなかった。

 残りの時間は寝て、次の授業から参加すればいいや、と目を瞑ろうとすると、急に足音が近付いてきた。取り繕う間も無く、カーテンを開け、何者かが俺のベッドのそばまで侵入してきた。

 口を開けたままの俺が目にしたのは、栗色の髪の毛の男だった。上履きの色から察するに一年生だろう。


「え……?」


 状況が飲み込めない俺は呆けた声を出す。


「これ、先輩のですか?」

「え……あ!」


 栗色の髪の一年生が何かをひらひらと靡かせる。その手には俺のネックウォーマーが握られていた。

 途端に、今の自分の状況を思い出す。

 俺は慌てて不自然さを感じる動きで左手を使って自分のうなじを隠す。誰がどう見ても挙動不審なのに、一年生は何事もなかったかのように話を続けた。


「テーブルの上に置いてあったんですけど、忘れ物かと思って。先生に届け出る前に一応確認しておこうかと」


 このネックウォーマーが俺のものだと知られていないとすると、さっきの俺と翔の話は聞かれていないことになる。全身の力が抜けて安堵したのも束の間、ネックウォーマーを手にした一年生は俺の近くまでやってきた。

 あんまり近付かれると、噛み痕がバレてしまうかもしれなくて怖い。

 俺は右手を最大限伸ばしてネックウォーマーを受け取ろうとした。が、


「あぁ、やっぱり」


 痕を隠していたはずの左手はいつの間にか一年生に掴み上げられ、俺のうなじが露わになっていた。いきなりの強い力になすがままになってしまう。

 驚いて反射的に一年生の手を振り払おうとすると、今度は思い切り抱き締められた。


 映像がフラッシュバックする。

 さっき見た夢も重なって、どんどん鮮明になっていく。

 か弱かった腕は俺よりも太く、肩の長さに切り揃えられていた栗色の髪は、耳にかかるかかからないかのセンターパートになっている。

 似ても似つかない二人なのに、満足げに笑う顔と思い出した目元のほくろが、同一人物だと強く訴えてくる。

 俺はあの時と同じように全身を硬直させた。

 怖くて親に助けを求めることが出来なかった自分が乗り移ったように声が音にならない。


「やっと見つけた」


 栗色の髪の一年生は俺の頬に音を立てながら短いキスをすると、誰もが見惚れる顔でそう言った。


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