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お見舞い

「んでさ、ちょっとだけ、マジでちょっとだけ、トキと向き合ってみようと思うんだけど、どうしたらいいと思う……?」

「それ今しなきゃいけない話?」

「お前しか相談できるやついねーんだもん」

「それは分かるけど、絶対今じゃない」


 翔は自室のベッドの上で力なく横たわっている。マスクをしているせいで息苦しそうだが、それを外されると俺にまで風邪がうつりそうで、そのままでいてもらう。こんな状況でも手放せないメガネが曇っていて、拭き取る気力がない翔の代わりに拭いてやった。

 クーラーがガンガンにかかっているが、翔の顔は上気していて暑そうだ。

 特に何の考えもなしに、様子見がてら、学校終わりに手ぶらでお見舞いに来てしまったが、アイスくらい買ってきてやればよかったと思った。

 隣に住んでいるのだから、また後で差し入れを持って来てもいいのだが、一旦家に帰ってしまうともう出かけたくなくなる。

 俺は翔への労りと面倒臭さを天秤にかけ悩んだ。


「ってかさ、なんで突然、向き合おうなんて思ったわけ?」

「それがさ、あいつ意外と怖くないんじゃないかと思い始めて」

「寧ろ今まで怖かったのか……」

「怖いに決まってるだろ! あいつは俺のトラウマの元凶なんだから!」

「あー、まーね。んで、なんで怖くないと思ったん?」

「……………………なんとなく?」


 きっかけは、些細なことだった。

 トキ相手に声が出た。拒否することができた。ただそれだけだったが、今までの自分からは想像も出来ないことだった。

 でも、それだけではないという事もなんとなく感じていた。


 トキを怖くないと思い始めた原因……。


 心当たりになるような大きなきっかけは思い付かない。


「なんとなくか……。でもいいんじゃね、千秋が前向きになれんなら」

「やっぱりそう思う!?」

「勢いヤバ」

「あいつのせいでαアレルギーになったけどさ、あいつさえ克服出来れば、俺のαアレルギーもついでに女の子恐怖症も治るってわけよ」


 俺は胸を張る。


「そう言えば、千秋、女の子に噛まれたって言ってたじゃん? 茜、どう見ても男だけど……」

「あ……あ、え?」

「もしかして、女の子だって勘違いしてた……?」


 トキをトラウマの元凶としてしか見ていなかったため、女の子だと思い込んでいたという事実がぶっ飛んでいた。トキが男なら、そもそも女の子恐怖症にもならなくて済んだんだと気付いて落胆する。


 紛らわしい格好しやがって……!


 もう少し、もう少し、トキ慣れてきて、色々文句言えるようになったら絶対にこの事は追求してやろうと心に決める。


「多分……」

「何それ、本当に可哀想」

「とにかく! αアレルギーも女の子恐怖症も治ったら、俺の人生の障害はなくなるわけで」

「どっからくるの、その自信」

「彼女も作り放題だし、αからこそこそ逃げ回る人生ともおさらばじゃん!」

「作り放題はまずくね」


 翔はまだ何か言いたそうだったが、俺は立ち上がった。翔に話を聞いてもらったのもあるが、この先の人生に希望を見出しテンションが上がってくる。


「やっぱ、翔に話聞いてもらって良かったわ!」

「え、ああ、そう……?」

「ちょっとアイス買ってくる!」

「え、なんでアイス?」


 さっきの面倒臭さはどこへやら。

 俺はドタバタと翔の部屋を出ると、階段を駆け降りた。


***


 近所のコンビニに着いたのが19時過ぎ。

 ようやく薄暗くなり始めたが、まだまだ外は蒸し暑い。

 勢い余って翔の家から徒歩で来てしまったため、シャツが汗で張り付いていた。それでもコンビニに入り、アイスを吟味するふりをして涼んでいると、すぐにシャツは乾き、額の汗も引いていた。


 確か、翔は氷系が好きだったよな。


 俺と翔のアイスの好みは正反対で、翔はガリガリした氷系のアイスを好んでよく食べていた。一方俺はというと、クリーム系のアイスが好きで、しょっちゅうどっちが美味しいか議論をする割りにいつも戦いは平行線のまま終わっていた。

 バイトをしていない俺はとにかく毎月ジリ貧だ。俺と翔分のアイスだけをカゴに放り込むと真っ直ぐにレジへと向かった。

 行きはよいよい帰りは怖い、とでも言わんばかりにコンビニの自動ドアが開いた瞬間足が重くなる。

 コンビニに入る前よりは下がってきていそうだが、クーラーの効いたコンビニ内との温度差で、また汗が流れ始める。

 こんな世界に長居するわけにはいかない。

 俺は一刻も早く翔の部屋に戻ろうと一歩踏み出した。が。

 人の、特に後ろめたいことがある時の声は隠そうとすればするほど耳につきやすい。

 コンビニの裏手にある小さな公園からする人の声に俺は足を止めた。

 児童公園とは名ばかりの何の遊具もないこの公園は周囲を木で囲まれ、更に夏の日差しで生き生きと育った背丈の高い雑草があちらこちらで幅を利かせている。それだけでも人が寄りつかないというのに、挙げ句の果てには蚊をはじめとする虫が大量発生。夏が終われば市がなんとかするという話だったが、今はとてもじゃないがまともに利用できるような状態じゃなかった。

 そんな公園から声がしただけでも気になるのに、更にその声が聞いたことがあるもので、一層俺の気を引きつけた。

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