5章-2.追放(3) 2021.11.18
突然の訪問者によって、barの雰囲気は一瞬にして緊張感のあるものへと変わってしまった。
どうしたらよいのか分からない。ユミは訪問者の女性が気になり、チラリとそちらを覗いた。すると、目が合った女性はユミの方を見てニコリと笑う。見た目はとても可愛らしい女性だなと思う。
アヤメが電話で言っていた、六色家の柘榴という名前。たしかSS+ランクのプレイヤーで、六色家の赤の当主だったはずだ。そして、ザンゾーの姉だったと記憶している。
プリンを勝手に食べて怒られたと前にザンゾーが話してくれたのを思い出す。ザンゾーが話してくれたエピソードからは、非常に体格が良くて強そうな女性をイメージしたが、全く予想が外れてしまった。この華奢な体でザンゾーをボコボコにするというのは、にわかには信じられない。
しばらく緊張した状態のまま時間が過ぎる。誰も喋る者はいない。先程まで賑やかだったのが嘘のようだ。
アヤメはユミの隣に座り、ずっとユミの手を握っている。アヤメの手は少し汗をかいているようだ。緊張しているように思う。
それから少しすると、ガチャリと音がして扉が開き、シュンレイがbarへ入ってきた。
「こんにちは。ザクロさん。何の用ですカ? 殺されに来ましたカ?」
リィィィィン……と鈴の音が響く。シュンレイが左耳のアクセサリーの鈴を鳴らしたようだ。
シュンレイが敵意や存在感を表している時の行動だ。その場に、さらに刺すような緊張が走る。
「やぁやぁ。番長、久しぶり。別に死にに来たわけじゃぁない。少し話があってさ。平和に行こう」
ザクロと呼ばれた女性は、シュンレイを相手にしても全く臆することなく笑顔で答えている。
「ここがどういう場所か分かっていますカ?」
「わぁかってるって。まさに喧嘩を売った相手のアジトだぁね! きゃははははっ! やっぱり、あれだ。久しぶりに殺し合いでもするかぁ?」
シュンレイは深くため息をつき、頭を抱える。
「アナタは変わりませんネ。良いでしょウ。平和に話をしましょウ。フクジュさん、申し訳ありませんがコーヒーを淹れて、応接室までお願いしまス」
「承知致しました」
シュンレイはザクロを案内し、応接室へと行ってしまった。扉がバタンと閉まると、アヤメはようやく緊張を解き深く息を吐いた。
「何も無くて良かった……」
アヤメは安心したようにユミの肩にもたれ掛かる。
「もし、戦闘になったら、悔しいけど私じゃユミちゃんもフクジュも守れるか分からない……。本当に無事でよかった……」
アヤメは1人で立ち向かって守ろうとしてくれていたのだ。敵わない相手であると分かった上で。本当に強いなと思う。
「アヤメさん。ありがとうございます。大好きです」
「うん」
その後、少し休んだ後片付けを開始した。応接室内の様子は何一つ分からない。防音になっているのか音が漏れてくることも無い。片付けをしながら時折気にしてみるが、なんの情報も得られなかった。
特にシュンレイとザクロの話し合いを待つ必要などなかったが、片付けが終わったあともbarに残り、何となく応接室から戻ってくるのを3人で待った。
約30分程度経った頃だろうか。ガチャっと音がして応接室の扉が開き、シュンレイとザクロが出てきた。
「悪いね。諸々頼むよ」
「えぇ。分かりましタ」
特に争うような様子は無い。平和的に話はついたようだった。
「君たちも驚かせてごめんね。いきなり来て悪かった。急ぎだったんだぁよ」
ザクロはそう言ってユミたちが座るテーブルまでやって来た。
「改めて挨拶させて欲しい。あたしは六色家、赤の当主、ザクロだ。敵対する気は無い」
ザクロはそう言って微笑んだ。言葉通りザクロから敵意は感じられない。
「分かった。私は狂操家のアヤメ。アヤメって呼んで欲しいな。舞姫って呼ばれるのは嫌だから」
「了解。アヤメ君。よろしくね」
アヤメとザクロは握手をしている。プレイヤー達はよく握手をするなと思う。ユミ自身握手を求められる事も多い。何か特別な意味があるのかもしれないなとも思う。
「さぁて。あとは弟に会いに来たんだが……」
ザクロはふらりと歩き出す。
「本当に困った子だ……。出てくるつもりは無い……か……。ならばしょうがない。歯ぁ食いしばれや!!」
突然、ザクロは瞬間移動したかのようなスピードでbarの中を移動し、何も無い空間へ回し蹴りをした。
そしてその瞬間、何も無かったはずの場所からザンゾーが現れ蹴り飛ばされていた。
蹴り飛ばされたザンゾーはbarの壁に勢いよく背中からぶち当たりその場にへたり込む。
その際、ドンッと物凄い音がしてユミは肩を震わせた。その音は他でもなくザンゾーがbarの壁に打ち付けられた音だった。
音の様子からも相当な衝撃ではないだろうかと思う。しっかりと受け身が取れなければ間違いなく即死級の衝撃だっただろうと推測できる。
また、その一連の動きは、本当に一瞬の事で何が起きたのか瞬時には理解できない程だった。
「何でザンゾーが……?」
ユミは困惑した。
何故ならば、ザンゾーがbarに潜んでいることに気が付いていなかったためだ。タバコの臭いがしなかったのだ。
いつもならタバコの臭いで、いるのかいないのかだけは分かるようになっていたのに。
つまり、ザンゾーは敢えてユミにも存在を知らせないようにしていたということになる。
「やぁやぁ。久しぶり。最近家に帰って来ないから、お姉ちゃんとパパは心配していたんだぁよ」
ザンゾーは何も答えずにザクロを睨んでいた。ザクロはゆっくりと、壁際でへたり込んだままのザンゾーに近づいていくのだった。




