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5章-1.特別(4) 2021.10.3

 体が異常に軽い。ふわりと浮いているかの如く動く。

 そして拳を振り下ろす時には重力に吸い付けられるかのように重さを乗せることが出来た。


 また、体をひねり遠心力を使えば、より早く重い攻撃が出来る。

 頭に流れ込むイメージがそのまま体で再現出来て面白い!

 

 より早く! より高く! より重い攻撃を!!

 

 ユミはイメージするままにシュンレイへと向かい、全力で攻撃を打ち込んでいく。

 いつもより調子の良い体は、イメージ通りに動かす事が出来る。

 やりたい動きをどんどん可能にしていく。楽しくて仕方がない!


 しかしながら、それでもやはり、シュンレイには全く届かなかった。

 全て躱されてしまう。


 ユミは悔しさを感じ、グッと唇を嚙みしめた。


「ユミさん。もう少し緩急をつけなさイ。速さも重さも十分ですが、単純なのでSSランク上位の相手には当てられませン」

「はい!」


 シュンレイの言う緩急とは、どうやって付ければ良いだろうか。

 緩めることも大事と言うのは分かるが、具体的にどこで緩めるのが良いのだろう。


「良く見ていなさイ」


 シュンレイはそう言って一気にユミに接近してきた。


「んなっ!?」


 あと3メートルという距離で、一瞬止まるように見えた。しかし次の瞬間にはわずか50センチメートル程度の所にシュンレイの顔があった。

 それと同時に強烈な腹部への痛みと運動場の壁面に叩きつけられた事による背中の痛み。呼吸もまともに出来ない。


 なんなんだ今のは……。


 ユミは痛みを堪えてその場を瞬時に退く。間一髪でシュンレイの追撃を躱した。

 今シュンレイが行った攻撃が緩急を付けるということなのだろう。止まるように見せたり、一気に動いたり。動きを予測しづらくする事で攻撃を当てるという事だ。


「むむむ……。もう1回お願いします」

「良いでしょウ」


 再びシュンレイが一気に距離を詰めてくる。ユミは足元の動きを注視する。

 踏み込む位置、筋肉の動き、足先の方向。

 成程、緩めるのは単純なフェイクではない。次の動きへの助走や余力としても活用されている。

 とはいえ、次の動きが予測できるようなものでもない。予測して構えるのはほぼ無理だろう。


「あぅ……」


 ユミは今度は背後から蹴り飛ばされ床に転がった。

 痛みで呼吸すらもしんどい。しかし、ずっと床を舐めている訳には行かない。追撃は止まることがないのだから。

 ユミは痛みをこらえて飛び起き、シュンレイに向かって距離を詰める。


 緩める際の筋肉の使い方やタイミングは分かった。

 体をバネのようにして高速で切り込む。


「いいですネ。よく出来ていまス」


 お褒めの言葉は頂いたが、当然ユミの攻撃は弾かれ、その勢いを使われ軽々と投げ飛ばされた。

 悔しい。どうにかしてシュンレイに1発入れてみたいものだ。

 シュンレイに弱点なんて存在しないため、積極的に狙うポイントもない。

 力で上回るしか無いのだろうと漠然と思う。


 本当に遠いな。

 遠すぎて虚しくなる。


 それでも追いかけない理由にはなり得ない。食らいつきたい。

 もっともっと速く動けるように。もっと鋭く重い攻撃をしたい。

 

 その気持ちに呼応するように全身の筋肉が反応する。

 また、体が少し軽くなった気がする。


「また、速くなりましたカ……。面白イ……」


 緩急を付け、攻撃をひたすらに打ち込む。

 何度やっても攻撃がシュンレイに入ることはないが、段々とコツを掴めてきた気がする。

 それと同時に段々と狂気がおさまってきたようだ。気持ちも落ち着いてくる。


「歌っても良いですか?」

「えぇ。好きなだけどうゾ」


 ユミは鼻歌を歌う。

 今の気持ちを旋律に乗せて。相棒が寄り添っている気がする。心強い。


「あははははっ! もっともっと遊んでください!」

「えぇ。喜んデ」


 ユミはいつもの手合わせのように、思いっきりシュンレイにぶつかっていった。


***


「うぅ……」

「嫌なら限界までやらなきゃいいだろぉ」

「……」


 いつもの如く、ユミは限界に達しザンゾーにお姫様抱っこされ、barまで運ばれていた。

 そして、barのテーブル席の椅子にゆっくりと降ろされる。


「やっぱりおかしいんだよなぁ。成長率が違ぇ」


 ザンゾーはそう言って、テーブルに突っ伏すユミの頭をわしゃわしゃと撫で回す。手癖の悪さは健在だ。今のユミにはそれに抵抗する力は無い。されるがままだ。


「ユミ、何で泣いた?」

「わかんない。ママとの思い出が溢れてきて泣いちゃった。ママの気持ちもいっぱい流れ込んできた」

「母親の方の心臓って分かってたのか」

「知らない。食べたらママだって思っただけ」

「……」

「ママに沢山愛されてたんだって、そう思ったら感情が溢れてどうしようも無くなっちゃったの」

「そうか」


 自分でも何が起きたのか全く分からなかった。一体あれはなんだったのだろうか。


「何でユミだけ、1つあたりの臓器による効果がでかいんだろうな。こればかりはさっぱり分かんねぇな。年齢かと見られてたが、どうやらそうでも無いらしいしな。食った臓器の質かぁ? 肉親の臓器食ったのはユミだけだからなぁ」


 ザンゾーはまた難しいことを考えているようだ。疲れきったユミの脳みそは考える気力もない。全てを聞き流す。

 シュンレイはbarカウンターの内側でいつものようにご飯を作ってくれている。フクジュは向かいの席でノートに色々と書いているようだった。


「そもそも、今回の臓器だけだよなぁ? そんな風になったのは」

「うん」

「無視していいのかすら分かんねぇ」


 ザンゾーはそう言ってまたユミの頭をぐしゃぐしゃに撫で回した。


「ううう……」


 髪の毛はボサボサもいいところだ。せっかく毎朝整えているのに。


「ボサボサにするなら、最後はちゃんと整えてよ」

「あぁ? しゃーねぇな」


 ザンゾーは分け目を丁寧に探して手ぐしで整えているようだった。


「お待たせしましタ」


 シュンレイがご飯を持ってやってきたようだ。ユミはむくりと顔をあげる。

 今日は焼き魚の定食だった。メインの焼き魚にご飯に味噌汁にサラダ。アヤメがいる時には永遠に出てこない魚料理の定食である。


「いただきます!」


 ユミは早速食べ始める。

 だが、正面にはフクジュ、真横にザンゾー、斜め前にシュンレイが座る中、一人で食べるのはかなり気が引ける。


「気にせず食べなさイ。私たちはお腹がすいていませン」


 本当だろうか。もうすぐお昼だ。しかも8時半から待機していたとなれば早めにお昼にしてもいいのではとすら思う。

 3人に見られながら食べるのはかなり緊張する。だが、黙々と食べているうちに、美味しすぎて見られているのも気にならなくなってしまった。


「美味そうに食うなぁ?」

「実際凄くおいしいからねー」


 美味しいご飯を食べている時は幸せだ。ザンゾーはニヤニヤと笑っている。何がそんなに面白いのだろうか。全く理解できないが楽しそうなので放っておく。

 ユミはあっという間にペロリと食べきりご馳走様と挨拶した。お腹が満たされ幸せな気持ちで溢れる。エネルギーも徐々に回復してきたようだ。


「フクジュさん。完全な解毒の対応ご苦労様でしタ。今後も生きる権利を与えましょウ」

「はい。ありがとうございます」

「フクジュさん! ありがとうございます!」


 ユミは笑顔で礼を言った。

 本当に感謝している。フクジュにとっては解毒は生きるための条件として、仕事として対応したという事ではあるが、それでも助けて貰ったことには変わりない。

 それに、ユミの健康状態を気にしながら無理が生じないようにと、常に気遣ってくれていた事も知っている。

 そこには誠実さが滲み出ていた。ユミとしても、そんなフクジュが今後も生き延びる事が出来て良かったなと、ホッとした気持ちだった。

 

「私も、ユミさんの解毒ができて本当に良かったと思っております。機会を与えて下さり感謝しております」


 フクジュもそう言って優しく微笑んでくれた。

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