5章-1.特別(2) 2021.10.3
季節はすっかり秋だ。暑い日もあるが肌寒い日もある。今日は少し肌寒いだろうか。天気はまさに秋晴れだった。澄み切った青空はどこまでも続いていそうだ。
ユミの早歩きに、ザンゾーは下駄をカンカンと鳴らしながら付いてくる。
「ユミ」
「ん?」
突然後ろを歩くザンゾーに声を掛けられる。
「悪いが先に行っててくれ」
「へ? どうしたの?」
「囲まれた」
囲まれたとはどういう事だろうか。特に周囲には何もない。いつも通りだ。
振り返りザンゾーを確認すると遠くの方を見ている。もっと広域の範囲に何かあるのだろうか。
ユミはもう少し広域に意識を集中してみる。
「あ。6……、いや7人……?」
「あぁ。7人いるな。俺を暗殺しに来たんだろうな」
「え……」
「ユミの足なら簡単に撒ける。先に行ってろ。俺ぁこいつら殺してから行くからぁよ」
「私がいると邪魔?」
「いや、別に邪魔じゃねぇよ。ただ、少しでも早く行きたいんじゃねぇのか?」
「うーん。そうだけど。おやつを食べたいなって……」
「おい……」
ザンゾーはわざとらしく、はーっと深くため息をついた。
「さっき朝ごはん食べただろぉ」
「えっと。別腹というかなんて言うか。普通のご飯とは別に必要っていうか……。食べると元気が出るんだよね!」
「……」
そんなことを話していると、後方から刃物が飛んできた。ユミとザンゾーはそれぞれ飛んできた刃物を軽々と躱す。
「親玉には聞きたいことがあるから、そいつだけは残してくれ。他は好きに食っていい」
「わかった!」
さて、親玉はどれだろうか。ユミはきょろきょろと周囲を見回し確認する。
姿は見えないが、遠くにいた7人は既にかなり近くまで来て物陰に潜んでいるようだ。いちいち隠れている場所に近づいて殺しに行くのは面倒だ。向こうから向かってきてくれないだろうか。
「デート中に悪いね。お前が六色家の黒の当主で間違いないな?」
「あぁ。その通りだぁよ」
どうやら親玉と思われる人間が姿を現した。黒いスーツに白のワイシャツを着たサラリーマンのような見た目の男だ。手にはナイフを持っている。
「特に恨みなどないが、死んでもらおう」
「はいはい。どうぞ。Sランク程度さんが、やれるもんならな」
ザンゾーは気だるそうだ。ぱっと見ただけでも、親玉の男はザンゾーより遥かに弱そうである。万が一にもザンゾーに勝てるはずがない。力量差が分からないのだろうか。不思議だ。
「幻術など、用意がなければできないのだろう?」
「へいへい。使うまでもねぇんだよなぁ……」
男はナイフで一気にザンゾーに切りかかった。それと同時に周囲に隠れていた人間達も一斉にザンゾーに向かって切り込んだ。綺麗に連携しているなと思う。だが、親玉の男以外の6人のうち、ただ1人、ユミを目掛けて向かってくる人間がいた。ナイフを持ち一直線に切りこんでくる。
「お前は人質になってもらう。悪く思うな」
「いただきます」
ユミは腕まくりをし、ナイフを構えて自分に向かってきた男と一気に距離を詰め、心臓目掛けて右手を突き立てた。肋骨を折り心臓を掴む。
「かっ……」
男はその瞬間絶命したようだ。ユミは心臓を掴んで右手を引っこ抜く。そして手に入れた心臓にかぶりついた。
「美味そうに食ってらぁ……」
ザンゾーと目が合う。呆れたようにユミの事を見ていた。
ユミは心臓をもぐもぐと咀嚼し、ごくりと飲み込んだ。やはり元気が湧いてくる。やる気がわいてくる感じだ。臓器は別腹であると確信する。
1つ目を食べ終わったので、ユミは次のターゲットを選ぶ。どの人間にしようか。親玉の男以外にあと5人いる。親玉以外もみな、黒のスーツに白のワイシャツを着た男で、武器はナイフだ。特徴が無さ過ぎて選びにくい。
さらに、それぞれがザンゾーに切込み動き続けているので、どこから行けばいいのか悩ましい。
「ユミ。こいつ食っていいぞ」
ザンゾーから唐突に声が掛けられたかと思うと、1人の人間がユミの方へ蹴り飛ばされてきた。地面に転がった男にユミは近づく。そして、仰向けになった男の首を思いっきり左足で踏みつけ抑える。そして先ほどと同様に右手を突き刺し、心臓を抉り出した。
取れたての心臓はやはり見た目も良い。みずみずしさがあり美味しそうに見える。果物をかじるようにかぶりつき、2つ目の心臓をペロリと食べきった。
「まだ食うのか?」
「うん。別腹だから沢山食べたい」
「あいよ」
ザンゾーはユミが食べ終わったのを確認すると、再び次の人間をユミの方へ飛ばしてきた。まるで流れ作業だ。おそらくザンゾーであれば、一気に殺すことも簡単にできてしまうだろう。しかし、死んでから時間が経った臓器では欲望を満たせない事を知っているため、一人ずつユミに渡してくれているのだと思う。ユミは有難く、飛ばされてきた人間の心臓を頂く。
心臓を食べ終わるとまた次の人間が供給される。当然飛ばされてきた人間はユミにも切りかかってくるのだが、あまりにも弱い。攻撃を躱して心臓目掛けて一突きするだけの作業だ。こんなに簡単に新鮮な心臓を手に入れることができてラッキーだなと思う。
「これで最後だぁよ」
「はーい」
ユミは最後の人間も心臓目掛けて一突きし、心臓を手に入れる。本当にあっけないなと思う。このレベルで何故ザンゾーに向かってきたのか本当に理解できない。ユミは親玉の男以外の人間6人の心臓を食べきり、ザンゾーに目を向けた。残された親玉の男は息を切らしながら懸命にザンゾーに切りかかっている。
「終わったのかぁ?」
「うん。美味しかったよ」
「かははっ! そりゃよかったな」
ザンゾーは親玉の男の攻撃を躱し、腹部に膝蹴りを入れた。その瞬間男は苦しそうに悶え地面に膝をつく。みぞおちに入ったのだろう。呼吸困難で苦しんでいるようだ。ザンゾーはそんな男の髪の毛を容赦なく掴み、無理矢理引き上げて目を合わせる。
「依頼主は誰だ?」
「言う訳ねぇだろ」
「そうか。残念だぁね」
ザンゾーは男の頭部を地面に勢いよく打ち付けた。そしてアスファルトに顔面をこすりつける。男が痛みでうめき声をあげている。容赦がないなと思う。
「早く言ったほうがいいぞぉ?」
ザンゾーはしゃがみ込み、男の頭部をぐりぐりと地面にこすりつけ笑っている。たまにガンガンと地面に打ち付けては無理矢理顔を上げさせたりもしている。ユミは近づいてザンゾーの隣にしゃがむ。
「ユミも拷問するかぁ?」
「しないよ。私は見てる。早く食べたいだけ」
「あいよ」
近くでうつ伏せにされた男の顔は血まみれで悲惨な状態だった。アスファルトの凹凸にこすられ皮膚がボロボロになっていた。
「早く言えー? 依頼主だよ依頼主」
「何が……あって……も……言わな……」
「あそ」
ザンゾーは男が持っていたナイフを取り上げ、そのナイフで男の左の小指をナイフで切り落とした。男はその瞬間、ぐぁああああっと耳をつんざくような悲鳴を上げる。
「どうせ死ぬんだからぁよぉ。楽に死ねばいいのになぁ?」
ザンゾーはさらに男の左手の甲にナイフを刺し、ぐりぐりと動かしている。相当痛いだろなと思う。
「依頼主の事言う気になったかぁ?」
「絶対にいわ……ああああああああああああああ!!!」
薬指も切り落とされてしまったようだ。ザンゾーは無言で男の左手の親指の爪と肉の間にナイフの先を差し込む。その様子は見ているだけでも痛そうである。よく顔色一つ変えずにできるなと感じる。
「意外と頑張るな。まぁ。面白れぇからいいんだが」
「10時までにはちゃんと行きたいから、あと10分でお願いね」
「あいよ」
このままのんびりしていては約束の時間に遅れてしまう。早く心臓を食べて向かいたいところだ。
「という訳で。時間がねぇから、巻きでいくわ。依頼主をさっさと言えー」
ザンゾーは淡々と男の手の爪をナイフで剝がしていく。そのたびに男は悲鳴を上げる。爪をはがされる痛さはユミも知っている。死にたくなるほど痛いはずだ。
「い、依頼主は知らない。仲介されただけだ。俺は知らない!!」
「そういうのいらねぇんだわ」
「ああああぁあぁああああああ!!!」
爪が剥がされた指先の、血が滲んだ部分をナイフの先で軽く刺したり切られたりしているようだ。ザンゾーは遊ぶようにナイフを動かしている。
「ほ、本当に知らない……。仲介の店で、幻術師なら大したことないからとSランクの依頼で紹介されただけだ。店主しか依頼主を知らない。本当だ! 信じてくれ……」
男は泣いているようだ。涙を流し顔を歪めている。そろそろ気の毒だなと感じてくる。
「どこの店だ?」
「暁の店だ!! う、嘘じゃない! 俺の上着の内ポケットに依頼書類がある!」
ザンゾーは男を仰向けにし、内ポケットから依頼書類と思われる書類を抜き取った。
「お。確かに暁の店で間違いねぇな。あのオヤジ……まぁたやってくれたな。ったく……、相変わらず質の悪ぃ店だぁね。サンキュー。あばよ」
ザンゾーは書類を確認すると、男の首にナイフを一気に突き刺し、殺してしまった。
「ユミ。食っていいぞ」
「うん」
ユミは男の心臓を抉り出しかぶりつく。これで7人分の心臓を食べた。割と満足したかもしれない。
食べ終わり顔を上げると、ザンゾーは付近に散らばる死体を一か所に集め、薬品を撒き火をつけて燃やしていた。薬品が特殊なのか、死体はドロドロと溶けながら燃えていく。
「時間もぴったりだな。行くぞ」
「ちょっと服とか汚れちゃった……」
「戻って着替える時間はねぇんだから、フクジュの所で洗わせてもらえばいいだろぉ」
「うん……」
心臓を掴んだ右手と口周りに血液がべっとりとついてしまった。また、抉り出すときに発生した血しぶきが少し服についてしまった。
腕まくりはしていたものの、着ていたパーカーは全体的に薄く汚れてしまったなと思う。フクジュの研究施設を汚さないように気を付けなければ。
そんな事を考えながら、フクジュの研究施設へと足早に向かった。




