5章-1.特別(1) 2021.10.3
ピピピピッと目覚ましの音が鳴る。ユミは瞼を閉じたまま、目覚まし時計を手探りで探す。窓から差し込む光が眩しい。
「むむむ……」
出来れば瞼を開けたくないのだが、音がする方に手を伸ばしても目覚まし時計を掴めない。いつもであればこの辺にあるはずだ。なぜ今日に限って探し当てられないのだろうか。
「ユミ。ちゃんと起きろ」
「ふぇ?」
「寝ぼけすぎだろぉ」
何故朝からザンゾーの声がするのだろうか。呼んでもいないのに出てくるとは珍しい。何か用事だろうか。
「おい! 二度寝するんじゃぁねぇ」
「うううう」
ザンゾーがほっぺたをグリグリしてくる。なぜ朝からこんな嫌がらせをされなければならないのだろうか。今日は何も予定がない。何時まで寝たところで許されるはずなのに。
「起きないと襲うぞ」
「起きます!!!」
ユミは勢いよく飛び起きた。頭はまだ寝ぼけていてぼーっとするが、上半身を無理矢理起こしたことで段々と冴えてきた。
目をゴシゴシと擦る。何とか目を開けると、ザンゾーが目の前にいた。
「むむむ……。何でよ」
「不機嫌になるなや。用事だぁよ」
ザンゾーはそう言ってユミの頭を撫で回す。寝癖でぐしゃぐしゃの髪の毛が更にぐしゃぐしゃにされる。
「スマホ見てみろ」
言われた通り、枕元で充電していたスマホを見る。するとメッセージが1件入っていた。シュンレイからの呼び出しで、午前10時頃にフクジュの所へ来られるかを確認する内容だった。
現在の時刻は8時半。二度寝していたら確かにすっぽかしていただろう。シュンレイへ10時に向かう旨を書いたメッセージを送る。10時までに行けばいいのであれば、まだ少し寝られそうだ。ユミは瞼を閉じて横になる。
「寝るな! ったく……。いい度胸だな」
ザンゾーはうるさいが、眠気には勝てない。もうちょっとくらい寝ていても問題は無いだろう。
瞼を閉じたまま毛布を探す。毛布にくるまってもう少し寝たい。しかし毛布が無い。端の方に丸まっていたはずだ。うっすらと目を開けると、ザンゾーが怖い顔をして毛布を持っていた。
「毛布……。返して……」
どうやら返してもらえなさそうである。ユミはさっさと諦めてそのまま眠る体勢に入る。少し寒いが仕方がない。ほんの30分程度寝るだけなら問題ないだろう。
「俺の目の前で二度寝決めるってこたぁ、いいってことだな?」
「……」
「いただきます」
「うっ……」
唐突に腹部に重みが加わる。圧迫感による苦しさに耐えかねてうっすらと目を開けると、仰向けに寝転がる自身の腹部あたりにザンゾーが乗っていた。まさにマウントポジションだ。そして邪悪な笑みを浮かべている。
「え……?」
「好きなだけ二度寝してろぉー?」
ザンゾーはそう言って着ていた羽織を脱ぎその辺に投げ捨てた。そして続けて着ていた黒いシャツのボタンを首元から外していき、シャツも脱ぎさった。黒のインナーまで雑に脱ぎさったため上半身裸になっている。
服を脱いだことで、ザンゾーの割れた腹筋が目に入る。腕にも筋肉がしっかりついており引き締まっている。服を着ていた時には全く分からなかったが、かなり鍛えているようだ。
いや、違う今そんな事を考えている場合では無い。
「待って……」
「あぁ? 待たねぇよ。二度寝してろ」
「ちょっと待って待って待って待って!!! 起きるから!」
まずい。これは冗談では無い。目が本気だ。
「もう、おせぇなぁ?」
「そんな事ない! まだ間に合うって! 早まらないで!」
一気に脳が冴えていく。寝ている場合じゃない。
「寝てろや。ねみぃんだろぉ?」
「眠いけど頑張って起きるから! 待って!」
「やだ」
「っ!?」
ザンゾーは一気に覆いかぶさってくる。それと同時に両腕を押さえつけられた。
ザンゾーの顔が一気に目の前に迫る。
「お、落ち着いて……?」
「無理だな」
「私が悪かったから! ちゃんと起きます! 起きるから許して!」
「聞こえねぇなぁ?」
押さえつけられた手首を頭の上の方へ持っていかれ、束ねられる。ザンゾーは左手のみでユミの両腕を押さえつけてしまった。腕に力を入れるもビクともしない。ザンゾーは何も言わずに、自由な右手でユミのパジャマのボタンを首元から丁寧に外していく。
「ザンゾー待って! 待ってって! 違うから! 二度寝なんてしてないよ。二度寝しようとしたことなんて1度もないから!」
「うるせぇな」
「んー!!」
ザンゾーにキスされ無理矢理口を塞がれる。これは本当にまずい。
「んあっ……」
「黙ってろ」
「ちゃんと起きます! ちゃんと起きるから。ごめんなさい……」
「……」
ザンゾーは動きを止めじっと見下ろしてくる。顔が非常に怖い。
「全面的に私が悪かったです。お願い。朝ごはんザンゾーの分も作るから……」
「……」
呆れたような目で見てくる。そして、ザンゾーは深くため息をついた。
止めてくれるのだろうか。分からないが動きは止まったようだ。ユミはゴクリと唾を飲み込む。
「次。次、舐めた事したら途中でやめねぇからな」
「はい……」
ザンゾーはユミの両手を解放し、立ち上がった。そして脱ぎ捨てたシャツを拾い着始めた。ユミは直ぐに起き上がり、外されたボタンをしっかり締め、エプロンを着け、キッチンに向かう。
「ハムと卵でいい?」
「あぁ」
ユミは冷凍したご飯を2人分電子レンジで温める。味噌汁用のお湯もケトルで沸かす。その間に厚みのあるハムを油を敷いて熱したフライパンに乗せる。パチパチと音を立て香ばしい香りを漂わせるハムを見つつ、ボウルに割り入れた卵をとく。フライパンの上のハムをひっくり返した後、インスタント味噌汁の元をお椀に用意し電気ケトルの置かれたカウンターの上に並べて用意した。間もなくして焼きあがったハムを平皿に乗せる。
次にそのフライパンに油を敷き直し卵を流し入れる。さえ箸で適度にかき混ぜ炒り卵を作っていく。そして出来上がった炒り卵をそれぞれの皿に盛り付けた。冷蔵庫から小分けにし保存していたサラダを平皿に追加で盛り付けてローテーブルへ持っていく。
チラリとザンゾーを見ると、ザンゾーは不機嫌そうに座椅子でくつろぎながら本を読んでいた。まだ怒っているのかもしれない。非常に怖いので触れずにキッチンに戻る。
使い終わったフライパンとボウルを流し台に移し、水に浸しておく。レンジで温めの終わった冷凍のご飯を取り出し、茶碗によそりローテーブルに置く。沸いたお湯でインスタント味噌汁を作り、こちらもローテーブルに置いた。これにて朝ごはんが出来上がる。
ユミはエプロンを取り、ローテーブルに付いた。
「朝ごはん、出来たよ……?」
恐る恐るザンゾーに言う。ザンゾーは無言で本を閉じた。そして顔を上げユミを見る。
「怒ってる……?」
「いや。怒ってない」
本当だろうか。ニコリともしないため、どんな状態なのか全く分からない。
「えっと。いただきます」
ユミはどうしたらいいのか分からないため、とりあえず食べ始めた。ザンゾーもふぅーっと大きく息を吐き出すと、いただきますと言って食べ始めた。
沈黙が非常に怖い。チラリとザンゾーを見るが、黙々と食べているだけだ。何も言ってくれない。
ユミの視線に気がついているだろうに、反応する様子もない。
自己申告では怒っていないということだったが、本当に怒っていないのかは分からない。そもそもの顔面が怖いので、何も表情がないだけで非常に怖い。どうしたらいいか全く分からないまま、ユミも黙々とご飯を食べ続けた。
「本当に怒ってない?」
「あぁ」
「でも、いつもと違うよ?」
「ユミ。美味しいデザートを目の前に出されたのにお預け食らったらどんな気持ちになる?」
「え? そりゃぁ、悔しいし拗ねる」
「そういう事だぁよ」
「……」
どうやら拗ねているという事らしい。
「美味しいデザート……。ふぇぇ……」
考えるのはやめよう。
兎にも角にも、今後ザンゾーを怒らせるのはやめた方が良さそうだ。
「ご馳走様。美味かった。ありがとな」
ザンゾーはあっという間に朝食を食べ、食器を流し台の方へ持って行った。そしてそのまま調理器具も一緒に洗ってくれている。ユミも遅れて食べ終わり食器を流し台に持っていく。ザンゾーは無言でユミの食器を受け取り、当たり前のように一緒に洗う。
「ありがと」
「あいよ」
ユミはその間に顔を洗い、髪を整え、着替えを済ませる。
時間を見ると9時半だ。二度寝していたら確実に朝ごはんは食べられなかっただろうなと思う。
「準備できたなら行くぞ。あいつらは8時半から待機してるからな。早く行く分には問題ない」
「え゛……」
そういう事なら先に言ってほしかった。もっと急ぐこともできたのに。だからザンゾーは無理にでも起こしに来たのかもしれない。
二度寝して遅刻なんてしていたら罪悪感でいっぱいになっていただろう。ユミは慌てて玄関に向かい靴を履く。
「今から慌てても変わらないだろぉ」
「いいの! 気持ちだから!!」
ユミは玄関の扉を開け、外に出る。ザンゾーがゆっくりと外に出てくるのを待ち、鍵を閉める。
少しでも急ぎたい。ユミは早歩きでフクジュの研究施設を目指した。




