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4章-8.訪問(4) 2021.9.26

「もう一点、質問です。呪詛とは一体何なんでしょうか。こちらあまり答えてもらえるとは思っていませんが、可能な範囲で教えていただけないでしょうか」

「……」


 どうしたものか。どう説明するべきか悩ましい。

 呪詛が掛けられた臓器を持ってきてくれた事や、呪詛師の拠点情報への礼もある。この程度の情報であれば教えてもいいと思うが、残念ながら説明が難しい。完璧な回答を彼女へ与えることは自分には出来ない。


「呪詛とは、説明が難しい物でス。謎が多く私でも分からない部分が多いような物になりまス。定義は呪詛師と名乗る人間が扱う術全てでス。一般的には、薬物や毒物デ脳に影響を及ぼし目的の効果をもたらしているという認識ですが、薬品だけでは説明が付かないことが多いため、他にも要素が含まれていルと私は見ていまス」


 呪詛の仕組みは本当に謎が多い。ユミの事例でもそうだが、取り込んだ臓器に含まれている薬品だけでは説明できない効果が多々ある。


「私の推測にはなりますガ、微生物や寄生虫など、生き物なのではないかとも考えていまス。似た類の幻術との大きな差は、継続的に身体に影響があるという部分です。体の一部か作り替えられたり、体を構築する細胞が自ら死んでいくような状態になったりしまス。また、臓器類が特殊な能力を持つ、その人間の思考を操作し行動を操る、特定の感覚が過敏になったり鈍くなるなども呪詛の特徴でス。参考になりましたカ?」

「はい。非常に参考になりました」


 シラウメは何か考え始めたようだ。


「薬物、毒……、微生物……、寄生虫……、至死……、生き物……、臓器、エネルギー……、子供、幼い少女たちの死体の大量遺棄……、抜かれた血液……、女の子……、不完全さ、不安定さ……、生き残り……、思念……、上書き、重複……、脳か血液……?」


 何かシラウメはブツブツと言い始めた。これが彼女の思考する様子なのだろう。しばらくそのまま思考していたようだったが、シラウメはふぅーと大きく息を吐き出した後、顔を上げこちらを真っ直ぐに見た。


「シュンレイさん。もし、呪詛を扱う幼い少女に出会った場合ですが、その子の血液には気をつけてください。ユミさん以外の人間は、その血液を取り込まない方が良いかもしれません」

「分かりましタ。忠告感謝しまス」

「今頂いた情報からの思考結果ではありますが、呪詛の媒体として最も都合が良い物が()()だと私は推測しました。警戒しておいて損は無いと思います」


 シラウメは与えられた呪詛の情報によって思考をアップデートしたのだろう。最も可能性の高いと考えられる呪詛の仕組みを導き出したと思われる。


「呪詛の発動に時差がある場合って存在しますか?」

「えぇ。時間差で発動する場合や、任意のタイミングで発動する場合もあるようでス」

「でしたら、発動条件で考えられるのは、特定の状況下で発生する対象の人間自身の脳内物質、特定の周波数の音、特定の匂い、催眠あたりが濃厚だと思います」

「成程……」


 呪詛の情報を与えたつもりが、逆に情報を貰ってしまった。

 シラウメの思考結果には価値がある。信用度が非常に高い。今述べられた仮説は殆ど真実なのだろうと思う。これ程貴重な情報を惜しみなく雑談のような軽い会話で伝えてくるのは、確実に呪詛師達の拠点を落として欲しいという事なのだろうと考えられる。


「呪詛師の拠点についてですが、高層ビル1棟丸々になります。他の関連施設に比べれば小さいですが、それなりに規模があります。人手不足だと思いますので、アイルを向かわせます。上手く使ってください。地下までありますので、取り逃がさないようにするためにも、最低でも3手に別れるのが良いと思います」

「アイルをシラウメさんのそばに置かなくテ問題ありませんカ?」

「はい。問題ありません。基本全体指示は遠隔なので私自身が現場に行くつもりはありません。計画を詰めて指示出しすれば、あとは家で完了の報告を待つだけです」


 シラウメはそう言ってさわやかに笑う。現場で状況を見て臨機応変に対応するまでもないということなのだろう。既に戦況は脳内で緻密に再現され、少しのイレギュラーさえも取りこぼしたつもりは無いという自信なのかもしれない。


「やっとアイルが来たようでス」


 話していると、barの入口の扉付近に気配を感じた。そしてその気配は、真っ直ぐに応接室へ向かってきた。


「シラウメ!!」


 叫ぶような声と共に勢いよく応接室の扉が開いて、アイルが血相を変えて入ってきた。


「ノックぐらいしなさイ」

「シラウメ無事? 何もされてない? 何で1人でこんな危険な所に……」


 アイルは真っ直ぐにシラウメに駆け寄り、シラウメが怪我などしていないかを確認していた。


「アイル、そんな、大袈裟ですよ……」

「……」


 アイルはふぅーっと大きく息をついた。シラウメが無事であることを確認し、安心したのだろう。


「シラウメ。本当にここは危ない場所だよ。シュンレイさんがどれだけ怖い人か……。殺されていてもおかしくないんだ……」


 アイルはそう言ってシラウメを抱きしめた。


「シラウメさん。アイルの様子からモ、どれだけこの場所が危険か分かっタでしょウ?」

「はい。私が間違っていました。アイル、心配かけてごめんなさい。私の認識が間違いでした。今度からはちゃんとアイルに聞きます」

「うん。頼むよ」


 アイルはようやく落ち着いたようだ。


「シラウメ。なんでシュンレイさんに会いに来たんだい? 他にも方法はあったと思うけど?」

「えっと……。会ってみたくて……」

「はぁ……。殺されるかもって考えなかった訳じゃないよね?」

「はい。もちろん思考しました。シュンレイさんの思考の傾向から、能力のある若手は殺さないと思われました。恐らく面白いと思う人間を好み、生かしておこうとするのではと。だから、私が殺される確率は非常に低く、どうしても殺さなければならない場合だとしても、私の持つ思考能力をこの世から消し去るような行動はしないと思いました。殺すくらいなら、自分が好きに利用出来る環境を作り上げるのではと。そう推測したので……。そしたら興味の方が勝ってしまいました……」


 アイルは頭を抱えている。


「シラウメ。恐らくその思考結果は正しい。だけど俺の事も考えて。どれだけ心配するのか。シラウメ自身が安全だと判断したところで、心配なものは心配なんだからさぁ」

「はい。気をつけます」


 アイルはシラウメの返事に頷くと、被っていた黒い帽子をシラウメに被せた。


「うっ。首がもげそうです。アイル、何をするんですか……」

「ここから出るのに、その髪色や姿は見せられないよ」

「これも着て行きなさイ」

「シュンレイさん、ありがとう。助かる」


 着ていた黒地の羽織を脱ぎ、それをシラウメに着せる。あまりにも体格差があるため、上着の裾は地面に着いてしまった。袖も持て余している。


「あの、これでは動けないです……」

「動かなくていいの」


 ブカブカの羽織を着て、重たい黒い帽子を被ったシラウメを、アイルはひょいと抱き抱える。幼児を片手で抱くのと同じように抱えてしまった。


「ちょっと何するんですか! 降ろしてください! 子供じゃないんですからやめてください! ちゃんと歩けます!」

「いやぁ、シラウメは子供だからねぇ。それにこの命令ばかりはきけないなぁ」

「シラウメさん。諦めてくださイ。アイルの判断が正しいと私も思いまス。家までこのままで帰りなさイ」

「……」


 シラウメは不服そうだが、諦めたようだ。


「はい。分かりました……。アイルお願いします」

「OK。分かったよ」

「裏口を使って行きなさイ」

「ありがとう、助かる」


 アイル達を裏口の方へ案内する。barへの出入りの監視を掻い潜るために、予め用意してある裏口だ。少し地下の空間を進むと、barの敷地から外れた場所に出ることが出来る。


「気をつけて帰りなさイ。盗聴防止ができるのはこの地下通路まででス。地上に出たら喋らないよう二」

「分かった。シュンレイさん、連絡ありがとう。本当に助かった」

「えぇ。アイル、ちゃんとシラウメさんにこの界隈の常識や暗黙の了解を教えておきなさイ。一般人ではどんなに調べたところで分からない領域ですかラ」

「はーい。そうするよぉ。今回のことで身に染みたし。じゃあね」


 アイルはそう言うと、シラウメを抱えたまま走り出し消えていった。

 一瞬で闇に消えていく様は見事だ。この闇に溶け込むというスキルこそが、アイルのプレイヤーとして最も評価されているポイントである。唯一性のある能力でもある。暗所に非常に強く、暗闇であればアイルに勝てるプレイヤーはほぼ居ないだろう。


***


 シュンレイはbarに戻り、応接室の片付けを行う。シラウメに賄賂として貰った日本酒を手に取る。するとラベルの裏に何か書いてある事に気がついた。そのままでは歪んでいて読み取れないため、ラベルを剥がしてみる。


『娘が世話になったな! 説教ありがとな! この日本酒好きだろ? 高かったんだから、味わって飲めよ!』


 手書きのそんなメッセージが書かれていた。恐らくシラウメの父親から自分へ向けたメッセージだろう。

 全くもって不快だ。

 

 ラベルはそのままぐしゃぐしゃに丸めゴミ箱に捨てた。とはいえ、日本酒には罪がない。ラベルを剥がした日本酒は丁寧にbarの冷蔵庫へ仕舞った。


 明日の夜にでも飲もう。ツマミは何にしようか。

 そんな事を考えながら、シュンレイはbarのテーブル席の椅子に座り、いつものようにパイプタバコを吸い、本を読みながらプレイヤー達の帰りを待った。

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