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4章-8.訪問(3) 2021.9.26

 barのキッチンで、シュンレイは追加のコーヒーを用意する。そして、手を動かしながら応接室に残してきたシラウメの事を考える。

 

 正直、素直に自分の言うことをきいたシラウメの姿は意外だった。問題無いと反発でもされたら、無理矢理止めなければとすら思っていた。

 我が強く、自分がこうだと思ったものは曲げないような性格だろうと勝手に予測していた事もあり、人の言うことなど簡単には聞かないと思っていた。他人から指摘された事に対して、自分の間違いを認めて反省するという行為は大人でも難しい。それが出来る人間は今後伸びるだろう。


 シュンレイは新しく淹れたコーヒーを持ち応接室に戻る。そしてシラウメの前に置いた。


「ありがとうございます」

「えぇ」


 シュンレイも椅子に座り、正面にキチンと座るシラウメを見据える。

 本当に不思議な少女だなと思う。世の中には、たまに化け物がなんの脈絡もなく突然生まれるのだ。普通や平均値から大きく逸脱した特別な存在だ。それは唐突に生まれ、世の中に存在していく。そういうものなのだ。シラウメという少女はまさにその類なのだろう。将来が楽しみになる。


「シラウメさん。この応接室は盗聴できない造りになっていまス。安心なさイ」

「それは良かったです。助かります」


 シラウメはほっとしたような表情をした。やはり、盗聴を警戒しての会話だったようだ。


「今日は何て言ってここへ来たんですカ?」

「親戚の元警察のおじさんの家の近くでお祭りがあるので、お祭りを楽しんで来ると。ついでにおじさんにも会ってくると言ってきました」


 子供という立場を上手く利用しているようだ。その設定であれば、悩み相談や愚痴など違和感は無いのかもしれない。


「何故、臓器が必要になるのではと思ったのですカ?」

「確証は無いのですが、この臓器を使うと解毒できそうな気がしました。化け物の死体や、生きたまま臓器を食い荒らされた死体なども調査しましたので、その結果から、何となくそんな気がして……」


 何となくで当たりが付いてしまうものなのだろうか。にわかには信じ難い。シラウメの頭の中ではどんな思考が繰り広げられているのか、想像もつかない。


「もちろんこのお渡しした臓器も調査済みです。非常に強い毒物を含んでいるのにユミさんが死ななかったのが不思議でした。その不可解な事実を切り口に仮説を立てていった感じです。化け物になった人間を解体したところ、胃や小腸や大腸のいずれかの一部が複雑な袋状に変形していました。その袋状の部分には高濃度の毒物が溜まっており、その周りは毒物によって酷く損傷していました。お渡しした臓器に含まれている毒物と同じものでした」


 この話は、フクジュやザンゾーが言っていた内容とも合致する。猛毒が詰まった袋状の器官は、消化器官のどこかに適当に作られる物の様だ。バラツキがあるというのは面白いと感じる。

 

「猛毒が綺麗にこの袋に収まるなんて変な話だなと思います。この臓器を食べることで特殊な袋が体内に形成されるのではないでしょうか。そして、追加で取り込むとその袋状の部分に臓器に含まれる毒物が収納されるのでは……と。そのように想像しました。解毒するならこの臓器に、毒物の代わりに解毒剤でも入れてしまえばできそうな気がして。もちろん実験や検証ができない話なので、何の証拠もないです。間違いかもしれませんが、私の感覚ではほぼ合っていると思っています」


 シラウメはそこまで述べると、さわやかに笑った。持論を解説している際の彼女は生き生きとしている。


「このタイミングでここへ持ってきた理由は何ですカ?」

「晩翠家の人間の死体がひとつ足りなかったので。ふふっ。こちらで生きているんじゃないかなって思いました。もしここにいるのであれば、そろそろ解毒剤が出来てるかもしないと思いまして。もちろんこちらの推測にも何の証拠もないのですけれど……」


 全て推測だという事らしい。証拠がなくてもここまで真実にたどり着けるものなのか。

 他にも状況証拠など情報は持っているのかもしれないが、呪詛という得体の知れないものに対してここまで考察できる柔軟さは恐ろしい。一体どうやって理論を組み立てたのか、全く予想できない。


 いや、シラウメの場合はそうでは無い。与えられた情報を組み立てて結論を出すのではなく、あらゆる可能性全てを洗い出して、比較検討したのち最も確率の高いものを選定しているのだ。根本的に思考の方向性が異なる。

 常識的に考えてありえないという事象や、全く関係ないと思えるような要素も全て、丁寧に拾い上げて捨てずに考慮できるからこその技だ。思考する範囲や思考回数が桁違いなのだろう。常人には到底できない、シラウメだけの能力だ。


「私も気になる事があるんですが。聞いてもいいですか?」

「えぇ。答えられる範囲であれば答えましょウ」

「それでは遠慮なく。ユミさんをどうして死んだ事にしなかったのでしょうか?」


 いきなり鋭い質問をしてくる。答え合わせがしたいのだろうと察する。


「今までのシュンレイさんであれば、迷いなく死んだことにする1択のはずです。心境の変化でしょうか?」

「えぇ。考え方を改めましタ。完全に隠し切る事の難しさを痛感しましたかラ。まさかユミさんの病歴がアナタにバレるなんて……」

「ふふっ。そういう事でしたか。戸籍を生かした結果はどうでしたか?」

「えぇ。正しい選択でしタ。無駄に一般人を殺さずに済んでよかっタと思っていまス」

「ふふっ。それは良かったです」


 真実を隠しきるためには、万人から受け入れやすい嘘という餌を適当にちりばめておいた方が追及されないという戦略だ。完全に隠した場合、見る人によっては不自然さが残るために、逆に怪しまれる可能性がある。

 とはいえ、それに気が付くことができるのはここにいるシラウメくらいだろう。だが用心するに越したことはない。より良い戦略があるのであればアップデートするべきだ。

 また、ユミは嘘が下手だ。全て顔に出る。その場で上手く嘘をついて躱すことなどできないだろう。そう考えれば、この措置こそが正解だったと言えるかもしれない。


「もし、病院の履歴の偽装が必要であれば言ってください。簡単にできますので」

「それは頼もしいですネ。必要になった場合には依頼しまス」


 今後、ユミは何かの誘いを断る口実に通院を使うだろう。ユミの近くを嗅ぎまわる一般人はまずいないとは思うが、病院に通った履歴がどこにもないと怪しまれる可能性がある。近いうちに適当にでっち上げておくべきだろうと思うのだった。

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