4章-8.訪問(2) 2021.9.26
「さて。ここからは私の悩みを聞いて欲しいです。ふふっ。お願いします」
「えぇ。分かりましタ」
「最近ある地域で、臓器がない死体が沢山出てきて非常に困っているんです。被害が一般人にも広がっていて、そろそろ警察が手を打たないといけません。発生地域等の情報から拠点とか、工場とか、関連施設を見つけてしまったんですが、同時に叩くには人手不足で困ってしまいます。特に拠点は高ランクプレイヤーが複数いて、規模は他に比べて小さいものの、とてもじゃないですが我々には制圧が難しいんです。諦めざるを得ません。仕方が無いので、工場と関連施設の方を全て抑えるだけにしようと思うんですよね」
シラウメは、とても困ったと言わんばかりの表情をしながら淡々と述べているが、恐らく全く困っていないだろうなと思われる。
「制圧する日程はまだ決めてないんですが、年明け頃を狙っています。拠点については、何やら怪しい術などを扱う怪しい人間たちがいるとかで不気味です。幼い少女達が怪しい術を使うなんて噂もあるんですよ。その少女達の近くには頻繁に、長身で細身の黒いスーツをだらしなく着た男がいるそうです。長い金髪をひとつに結んだ髪型で特徴的らしいですね。本当に不気味なので近づきたくありません」
要するに、年明けに呪詛師の関連施設を警察の方で一斉に叩くので、高ランクプレイヤーが守っている拠点の制圧はよろしくね、という意味だろう。
シュンレイ達が呪詛師に近々報復するだろうと予想して、このような提案を持ちかけてきたと考えられる。前のように店に正式に処理依頼する形を取らないのは何かしら理由があるのだろう。
「不気味なものは永遠に不気味なものとして触れたくありませんからね。怖いですし」
成程。呪詛などという訳の分からないものを、警察が認知すると厄介な事になるという事のようだ。
シラウメ自身は恐らくそういう物として理解しているのだろうが、警察全体がそういう認識にはならないのだろう。依頼という形になれば全体計画へ組み込まれ、結果報告の際には必ず呪詛について公になる。
頭の硬い一般人を説得して理解させるのは無理だろう。組織全体の統制が難しくなる可能性が高い。だから極力触れずに処理したいのだろうと推測できる。
そういえば、シラウメは現在警察内部で権力争いをしていたはずだ。これだけ頭が切れるのだから、すぐに上り詰めるとは思うが、さすがに若すぎる。周囲から認められるのは簡単では無いだろう。一般人の社会は純粋な実力だけで上り詰められるものでは無い。恐らく今が大事な時期というのもあって、無駄な問題を起こさないように、このような面倒なお願いの仕方をしているのだろうと考えられる。
「こちらを見て欲しいんですよね」
シラウメはそう言って、1枚のA2サイズの紙の資料をローテーブルに広げた。その資料を見ると、拠点や関連施設の場所を記したと思われる広域の地図だった。下地の地図情報以外の内容は全て手書きで記載されていた。関連施設の数はかなり多い。これらを一気に潰すつもりとはとんでもない計画だ。
「ふふっ。素敵な地図だと思いませんか?」
「えぇ」
「差し上げます」
シュンレイはその地図を手に取り、詳細に目を通す。住所や施設の稼働時間、施設内部の内容、施設内予想人数まで情報が載っている。また、目的の拠点の所在地の情報も細かく記載がある。よく調べたものだと感心する。
シュンレイ自身もいずれ呪詛師達へ報復を行うために、少しづつ情報を集め、調べを進めていた。その中で当然呪詛師達の拠点の所在地の当たりは付けていた。とはいえ確定は出来ていなかったのだ。それをこの少女はシュンレイよりも先に見つけてしまったらしい。
「あと、私の愚痴聞いてください」
「えぇ。どうゾ」
ここまで来ると、わざとらしさが逆に可愛らしい。どうせ内容は全く可愛くないのだろうが。
「最近、私の足を引っ張ろうとする人がいるんです。酷いですよね。こそこそと嗅ぎ回っているみたいなんです。まさにストーカーのように。電話回線に細工したりしているみたいなんです。電子機器に強いみたいで面倒なんですよ。酷いと思いません?」
「えぇ。酷いですネ」
要するに、警察内部の権力争いの相手に、電話を盗聴されているようだ。安易に電話は使えない状況らしい。また、電子機器を使用したやり取りは控えた方がいいのだろう。こういった状況もあってわざわざ今日シラウメは訪問してきたのかもしれない。
この地図も手書きだ。データにすると盗まれる可能性があるのかもしれない。また、終始回りくどい話し方をするのも、現在も盗聴されている可能性がある事を危惧しての行動かもしれない。
「ふふっ。お話を聞いて頂きありがとうございます。スッキリしました」
「えぇ。それは良かったでス」
「それではこの辺で」
シラウメはそう言って立ち上がる。
「そのまま駅まで1人で歩いて帰るつもりですカ?」
「はい。そのつもりですが……」
シュンレイはゆっくり息を吐く。
「待ちなさイ」
「え……?」
シュンレイはスマートフォンを取りだし電話をかける。その間シラウメは不思議そうにこちらを見ている。大人しく待っているようだ。
「アイル今すぐ来なさイ。アナタのご主人が応接室にいまス」
シュンレイはそれだけ言って通話を切った。
「アイルに迎えに来させましたのデ、もうしばらくここに居なさイ」
「はい……。わかりました……」
シラウメは困惑した表情をしながらも、ソファーに再び座った。
「シラウメさん。ここは非常に危険な場所でス。もうすぐ日も暮れまス。アナタを1人でこの場所から出す訳にはいきませン」
「そんな、大袈裟な。駅も近いですし……」
「絶対にダメでス。アナタのお父さんから手土産を貰いましたかラ。無事に家に返さなければなりませン」
「……」
「この店は不特定多数のプレイヤーが集まる場所でス。この店は常に沢山の目に晒されていまス。人間の出入りを監視されている可能性もありまス。アナタのような武力を持たない少女が出入りしていたラ不思議に思う人間は沢山いるでしょウ。最悪後をつけられて誘拐されルなどするかもしれませン。もっと慎重になりなさイ」
「はい……」
シラウメはしょんぼりしている。ここに来て初めて見る年相応の少女の姿だ。自分で危険を察知して行動しろなどと、一般人の子供に言うような内容ではないが、シラウメには理解させるべきだろう。
「訪問せざるを得ない事情は分かりますが、今後ここへ来る場合はアイルを連れなさイ。もしくはアイルを使ってやり取りしなさイ。分かりましたカ?」
「はい。そうします」
まだまだ甘い部分があるようだ。警察という組織で上り詰めるのであれば、この甘さは早急に無くしていく必要があるだろう。年齢を考えれば酷な話だが、シラウメであれば可能だと思うからこそ自分も叱ってしまったように思う。どうやら自分はシラウメに期待しているのかもしれない。
「アイルが到着するまで、30分ほどかかりまス。コーヒーのおかわりを用意しましょウ」
「ありがとうございます」
シュンレイは立ち上がり、応接室を出た。




