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4章-6.経過(6) 2021.8.28

「コーヒーメーカー」

「ん?」


 会話が途切れて少しした時、ザンゾーが唐突に言う。

 アイスコーヒーのストローをくるくると回しながら言うということは、何か深く考えての事だろうと思う。思考中の癖がまた出ているなぁと感じる。

 

「コーヒーメーカーが欲しいのか?」

「うん。朝とか手軽に飲めたら良いなって思って。良さそうなのあれば買って帰りたかったんだけど……」

「もう少し時間を置いたら見に戻るか。さすがにあの親子はもういねぇだろ。もしいたら幻術で隠してやらぁ」

「え、そんな事できるの?」

「あぁ。大人数になると難しくなるが、要は相手の認知を歪めるだけだ。あの親子から隠すだけなら簡単だぁよ」

「へぇ。すごい」


 何とも便利な術だなと思う。相手の認知を歪めるとは一体何をするのだろうか。見えているのに見えていないように錯覚させるといった類の話なのだろうか。


「俺ぁ天才だからな」

「すごいすごーい」

「もっと感情込めて言えや」

「あははははっ!」


 冗談抜きで、本当に天才なんだろうとは思う。


「ザンゾーは凄い人なんだなってちゃんと思ってるよ。頼りにしてる。いつもありがと」

「お、おう」


 ザンゾーはびっくりしたような顔をしたと思ったら、なぜかすぐに目を逸らしアイスコーヒーを飲み始めた。面と向かって褒めたから照れているのだろうか。ユミはじっとザンゾーを観察する。自分で天才だの言うくせに、人に言われると照れてしまうというのもなかなか面白いと思う。


「照れてるの?」

「あぁ? うるせぇな。その通りだぁよ」


 この様子が演技とはあまり思えない。これが素なのだろうか。初めて会ったときに比べてかなり人間らしいなと思う。最近では嫌な事もあまり言わないうえ、素直な気もする。


「はぁ。俺ぁチョロ過ぎかぁ? ユミには勝てねぇようになってんだな……」


 ザンゾーはあきらめたような表情で頭を抱えてしまった。


***


 家電量販店のコーヒーメーカーのコーナーに戻ると、さすがにあの親子の姿はなかった。これで安心してじっくり選ぶことが出来そうだ。


「ボタン1回押すだけでコーヒーが飲めるなんて便利だな」

「うん。お湯も沸かさなくていいし、トータルで見ると一杯あたりが割安だし、ずっと欲しかったんだよね」


 色々と比較すると分かるが、本当に種類がたくさんある。千差万別だ。


「むむむ……。悩ましい……」


 ザンゾーも興味があるようでじっくり見ている。


「何を基準に選ぶんだ?」

「えぇと。うーん……」


 基準と言われると良く分からない。直感で選ぼうかと思っていたがあまりにも種類がありすぎてなかなか決めることができないのが現状だ。


「まずは、どんな機能があるのか全体的に把握して、自分が優先したい基準を決めて、ある程度候補を絞って決めたらどうだ?」

「……」


 これだから頭のいい人間は困る。まず全体把握するところから厳しい。基準だってあれこれ悩むから決まらない。候補を絞るまで簡単にできるわけがないのだ。


「ぐぬぬ……」


 ザンゾーが憐れむような顔で見てくる。そんな目で見ないで欲しい。


「どのタイミングで使う気でいる?」

「毎朝起きた時にとか朝ごはん作っている間とか。あとは本読むときに1杯ずつ手軽に飲みたいかな」

「どんな種類のコーヒーが飲みたい? コーヒー以外も必要か? こだわりはあるか?」

「普通のコーヒーが飲めれば十分かも」

「手入れとか手軽さは?」

「簡単なのが良いな。複雑なのは壊しそう……」

「サイズや見た目にこだわりは?」

「コンパクトな方が良いな。部屋広くないし。見た目はあまり気にならないかも」

「メーカーはこだわるか?」

「壊れにくければそんなにこだわらないかな」

「じゃぁ、これかこれがいいんじゃないか?」


 ザンゾーはそう言って2つ候補を挙げてくれた。今の質疑回答で選んでしまったというのか。

 ユミは早速ザンゾーが提案してくれたコーヒーメーカーを見てみる。どちらも手入れが簡単でコンパクトだ。機能もシンプルでわかりやすい。タンクに水を入れてコップを置いてボタンを押すだけなら自分でも問題なくできそうだと思う。カプセル型か専用のコーヒー豆を入れるタイプかの違いがあるようだ。


「うーん。こっち!」


 ユミはコーヒー豆を入れるタイプの方を選んだ。1回1回コーヒーを入れるのが楽そうだなと思ったためだ。


「そうしたら、専用のコーヒー豆と粉のミルクも一緒に買う必要があるな」

「うん」


 ザンゾーは必要なものを選び、レジに持っていく。迷いなくさっさと歩いて行ってしまうので、ユミは遅れないように後ろを付いていく。そしてあっという間に会計を済ませてしまった。ユミが財布を出す隙も無かった。


「あの、えっと。お金……」

「あぁ? 昼のオムライスのお礼だぁよ」

「え……。でもさっきの喫茶店もだし……」

「気にすんな」

「むぅ……。ごちそうさま。ありがと」

「あいよ」


 流石にオムライスのお礼にしては過剰すぎるのではと思う。また、買ってもらったコーヒーメーカーと専用の豆などの荷物も持ってもらっている。持とうとしたが断られてしまった。色々と申し訳なくなる。


「他は何か見たいものや用事はあるのか?」

「ないよ。今日は良いコーヒーメーカーが買えたら満足!」

「そうか。なら帰るぞ」

「うん」


 家電量販店から出ると太陽が傾いていた。夕方ではあってもまだまだ日差しが強く蒸し暑い。暑さから避難するように、近くの地下鉄の階段を降り地下に潜る。ザンゾーと一緒に家へ帰るというのもなかなかに変な感じがする。当たり前のように同居人の顔をしているザンゾーはやはり図々しいなと改めて思う。


 すっかりこの奇妙な距離感に慣れてしまったと思っていたが、実際の所姿が見えていなかったため、ちゃんと認識できていなかったように思う。まぁそれでも、今更だ。何か言うつもりもない。やめてと言ってやめるはずもないのだから、慣れるしかない。開き直りは意外と自分は得意である。それならそれと現実を受けとめてうまく対応することはできる。こういうものとしてやっていくしかないなと、ユミは諦めと決意をしたのだった。

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