4章-6.経過(4) 2021.8.28
地下鉄の階段を上り地上に出た所から、さらに少し歩いた場所に家電量販店の建物がある。ユミは地下鉄の階段を上りきり周囲を見回す。付近には休日だからか人が多い。真夏の炎天下でも行き交う人が沢山いるようだ。ユミもその一員となり家電量販店を目指して歩く。
家電量販店に入るとその瞬間、夏の暑さで火照り汗ばんだ肌が一気に引き締まるように冷やされた。真夏のオアシスのごとく、涼しく快適で明るい空間だ。ユミはエスカレーター付近のフロアガイドを確認し目的のものが売られているフロアを目指す。
まずはコーヒーメーカーから探してみる。その一角にたどり着きざっと見てみるが、コーヒーメーカーのコーナーはそれなりに広さがあった。様々な種類がある。多くの機能が付いたタイプも興味をそそるが、シンプルなものも悪くない。これは見応えがある。ただ見ているだけでも何だか楽しくなってしまう。
毎朝手軽にコーヒーが飲めると思うとワクワクしてくる。朝から優雅にコーヒーを飲む生活は絶対に幸福だろうなと思う。せっかく来たのだ、是非購入して帰りたい。
「ユミ……ちゃん……?」
「え?」
突然名前を呼ばれてユミはハッとする。朝の優雅なコーヒータイムの妄想から一気に現実に引き戻された。
顔を上げ声がした方向を向くと、3メートルほど離れた所に少女が立っていた。自分のことを真っ直ぐに見ている。
「ユミちゃんだよね? そうだよね?」
その少女はユミの顔を確認するとそう言いながら駆け寄ってきた。
「カオリだよ! 同じクラスだった。覚えてない……?」
「カオちゃん……?」
「そう!」
一気に記憶が蘇った。この子は中学で同じクラスにいたカオリと言う名前の女の子だ。同じクラスだったため、それなりに仲良くしていたと思う。
「ユミちゃん、事故にあってそのまま転校になっちゃったじゃん? すごく心配してたんだからね。良かった無事で」
カオリは安堵したような表情で微笑んだ。どうやら自分は事故にあって転校したことになっているらしい。全く知らない話だ。
「高校はどこ受験する? どの辺考えてる? 同じところ行けたりしないかなー?」
「ええと……」
ユミは困る。何も分からない。
そもそも、カオリとはどんな風に接していただろうか。どんな顔を向けていただろうか。距離感も接し方も今の自分には分からない。そして、なにより彼女達の今を取り巻く環境の感覚が想像できない。高校受験に向けて学校生活をしているのだろうが、どんな雰囲気なんだろうか。どんな事を考えて、何に興味を示し、何に悩んでどうしたいのか。本当に分からない。想像ができない。
「あらぁ、カオリ? お友達?」
「あ! お母さん! ユミちゃんだよ、去年事故にあってそのまま転校しちゃってずっと会えてなかった子!」
カオリの母親と思われる女性が続いて現れた。ユミは軽く会釈する。
「あら、この子がいつも話してくれていたユミちゃんね。こんにちはユミちゃん。カオリの母です。カオリとは仲良くしてくれてありがとうね。酷い事故だってカオリから聞いていたけれど、旅行中に大きな車の玉突き事故に巻き込まれたんですって……? 今は親戚のお家にいるのよね?」
「あ、ええと、はい」
我ながらなんとも歯切れの悪い返事だ。
「ユミちゃん今はこの辺住み?」
「えっと、ここからは数駅離れた所かな」
「え! 意外と近くに住んでるんだぁ! 今日は1人で来たの?」
少し離れた家電量販店に中学生が1人で買い物は不自然だろうか。普通の感覚が分からない。現にカオリは親といる。1人でもおかしくはないとは思うが、過去を振り返ると買い物はいつも母と一緒だった。それこそ1人で外出することはなかった。そう思うと1人とは言い難い。
「えっと、その辺に家族が……」
苦しい。嘘をつく事ってこんなに苦しいものなのか。
このままだと、上手く辻褄を合わせられなくなってボロが出そうだ。頭が痛くなってきた。だんだん思い出したが、カオリは噂好きだった気がする。根掘り葉掘り聞かれそうな気がしてならない。適当に流して退散したいがどうしたものか。
「あら、ご家族ときているのね」
「はい」
「親戚の人とはどう? 良い感じ?」
良い感じとはなんだろうか。
「良くしてもらってるよ」
ユミは微笑みながら無難に答えたが、自分の笑顔が引きつっていないか不安になる。
さて、本当に困った。嘘をつき続け頭をフル回転させている状態は自分にとってはかなり厳しい事であると認識する。かなり苦手分野だ。
「事故でご両親が無くなったって聞いたから、本当心配してたんだよー。ユミちゃんも酷い怪我だったって。元気な姿見れてよかったぁ!」
あぁ、頭が痛い。クラクラするし、吐き気もする。そろそろどこかへ行ってくれないだろうか。
「ねぇねぇ、どこの中学に今いるの? みんなユミちゃんに会いたがってるし、今度遊ぼうよ! 連絡先とか変えちゃった? 既読もつかないからどうしたのかなって。また前みたいに集まって遊ぼうよ。あ、今は受験だから一緒に勉強会とかしてさ!」
無邪気な笑顔を向けてくるカオリに悪気は全く無いのだろう。だが、自分にはそれが辛い。その世界には戻れない。
自分だけがぽつんと取り残されて、同級生たちはどんどん進んでいく。自分は永遠に中学2年生の夏で止まったままなのだ。その現実を目の当たりにした途端、胸が苦しくなった。もやもやと嫌な気持ちが沸きあがる。
「えっと……」
ここで断るのは明らかにおかしい。
なんて言えばいい? 自然に断る方法なんて自分には思いつかない。
泣きそうだ。視線を落とし、ぐっと下唇を噛む。
「ユミ、友達か?」
「え?」
「初めまして、ユミのいとこの兄です。ユミの前の学校のお友達ですか?」
ユミが顔を上げるとそこには、ザンゾーがにこやかな表情でサラサラと嘘をついていた。
何故ザンゾーがこんな所にいるのか。フクジュの所に残っていたのではなかっただろうか。そっちの用事が終わって直ぐにストーカーしに来たのだろうか。唖然として何も言えない。
ザンゾーはゆったりとした黒い半袖のシャツとベージュの長ズボンを履き、靴も下駄ではなくスニーカーだった。仕事着ではなく私服という事だろうか。瞳もカラーコンタクトを入れているのか黒かった。
「ユミちゃんのお兄さんですか!? 初めましてカオリです。お兄さんイケメンですね! 身長何センチあるんですか?」
初対面でその質疑はどうかと思う。
「ははは。身長は180くらいあったと思います」
ザンゾーが爽やかに笑い、全く知らない喋り方をしている。普通に気持ち悪い。
誰だこの人は。こんなザンゾー、ユミは知らない。
「うわぁ! めっちゃ身長高いですね! ユミちゃん良いなぁ! こんな素敵なお兄さんがいて!」
「え。あ。うん」
カオリの母親が言っていた設定では、ユミは両親を亡くして親戚の家に引き取られたはずだ。そんなユミに対して、家族関連の話題で「良いな」とは。
一体どんな神経しているのだろうか。
「ユミは事故にあった後、ずっと入院していましたので、今中学は休学しています。やっと最近退院して普通の生活ができるようになったので、これから様子を見つつ今後の事は考えています。両親を同時に亡くしましたので精神的にもまだ立ち直れてませんし、また、事故の際に強く頭を打ってしまったようで、記憶も少し飛んでしまったようです。完全に元のような生活に戻るにはまだ時間がかかるといった状態です」
ザンゾーは平然と嘘をついていく。終始丁寧で穏やかな口調だ。全体的な雰囲気に不自然さはなく誠実な印象を受ける。
「まだあまり無理はさせたくないので、すみませんがこの辺で失礼しますね。ユミ行こうか」
「うん」
ユミの肩にザンゾーの右手が回される。そして、そのままカオリとその母親に背を向ける形で歩き始めた。ユミは振り返り微笑みながらカオリに手を振った。カオリは名残惜しそうに手を振っていた。
「ザンゾーありがと……」
「あいよ。それにしても厄介な奴らだぁね。他人の事色々聞いてきやがって。めんどくせぇ。殺すかぁ?」
ユミは首を横に振る。ザンゾーなら本当に殺しかねない。ユミが殺してと頼めば綺麗に消してくれるだろう。
確かに近隣に生存していることがバレてしまったうえ、噂好きの彼女のことだ、すぐに情報が拡散してしまうに違いない。だから、噂が広がる前に殺してしまうのは一つの有効な手ではある。だが、ユミはそんな事は望まない。そのままでいい。ただ、変なことにさえならなければいいなと願う。
「ていうか、ユミおま、もしかしてだが、自分がどんな処理されてるか知らねぇのか?」
「うん……。事故とか親戚とか知らなかった。私自身は死んだことになってるのかなって何となく思ってた」
「マジか。今回みたいな事があるから把握しておいた方が良い。一旦休憩だ」
ザンゾーはそう言って方向転換する。肩に腕を回されたままであるため、ユミも強制的に方向転換させられる。一旦家電量販店を出て近くの喫茶店に向かうようだった。




