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4章-6.経過(2) 2021.8.28

 隣を歩くザンゾーの一本歯の下駄が軽快にカンッカンッと鳴る。なかなか心地よい音色だ。普段この音は聞こえてこないので、恐らく音を出さないように歩いているのだろう。シュンレイの左耳のアクセサリーの鈴のようなものなのかもしれない。音を出さずに動くというのは器用だなと思う。

 そもそも、一本歯だ。バランスをとるのすら難しそうに思う。そのまま戦闘も行っているのだろうから体幹が凄く良いのだろうなと想像する。


「下駄が気になるのか?」


 ザンゾーの下駄をじっと見ていたので、流石に視線に気付かれたようだ。


「いい音だなぁって思って。あと、バランスとるの難しそう」

「そうだぁね。この音が好きで履いているようなもんだからぁよ。バランスとるのは慣れれば簡単だぁよ」

「そうなんだぁ」


 夏に聞くには涼し気でとても良い。ザンゾーは3月にも履いていたから真冬でも履いているのかもしれないが。


 フクジュが居る戸建住宅にたどり着き、ユミは玄関の扉を開け中に入る。


「お邪魔します」


 前回シュンレイがやっていたように、近くの扉をノックした。


「フクジュさん。こんにちは。ユミです。入りますね」

「はい。どうぞ」


 フクジュの声が部屋の中から聞こえてきた。ユミはゆっくり扉を開け中の様子を確認する。すると中では、入口付近にある椅子にフクジュとシュンレイが向かい合って座っていた。シュンレイはユミがフクジュの正面に座れるよう席をひとつ隣に移動してくれたため、ユミは譲ってもらった椅子に座る。ザンゾーはフクジュの隣の椅子に座った。


「来て頂きありがとうございます。早速状態を見させて頂きます」

「はい。お願いします」


 ユミは座ったま動かないように努める。自分の腹部を観察するフクジュを見ると少しやつれたように見えた。目の下にクマがあるうえ、少し痩せたのではないだろうか。心配になる。


「やはり少しずつ漏れ出す毒物には定期的な対応が必要です。本日も解毒薬を打ちましょう」


 ユミは左腕をフクジュにだす。フクジュは手際よく解毒薬を打った。あまりの違和感の無さに、もはや医者なのではないだろうかと思ってしまう。


「前回頂いたユミさんの血液を調べました。想定した通り、ユミさんの血液に含まれる成分は異常でした」

「人間じゃない?」

「そうですね。通常の人間のものとは明らかに異なると言えます。それに合わせて解毒薬も少し改良しております」

「改良ありがとうございます。やっぱり普通じゃないんですね……。だから、私の血液は美味しそうじゃないのかな……?」

「美味し……そう……?」


 フクジュは何やら考えているようだ。


「どんな血液が美味しそうに感じますか?」

「え? あまり比べたことがないかもです……。ザンゾーのは美味しそうだし、実際美味しいです」

「では、これはどう見えますか?」


 フクジュはそう言って自身の人差し指の腹を切り、血液をユミに見せた。


「美味しそうです。だけどちょっと危なさそうです。食べ物で言うと激辛ラーメンくらい」

「ユミさん、私のはどうでしょウ?」


 シュンレイに声をかけられて視線を向けるとシュンレイも人差し指の腹を切り血液を見せていた。


「あ……。シュンレイさんのは美味しそうではあるけれど、同時に絶対に食べちゃいけない物に感じます。ベニテングダケみたいな感じです」

「ダメですカ。残念ですネ」

「あの……。フクジュさん……。激辛ラーメン、舐めていいですか……?」


 どうしても目の前に出されると欲が止まらない。こんなに立て続けにおいしそうなものを見せられたらヨダレが出てしまう。食後ではあるが、スイーツのように別腹の扱いだ。もちろん空腹ではないので我慢はできるが、デザートをお預けはしんどい。


「え? あ、はい。どうぞ。私の血液は毒物ですが血液検査でもユミさんなら耐性がある事が確認済みですので、大丈夫かと……」


 フクジュは明らかに困惑しているようだったが、切った人差し指を出してくれた。ユミは有難く指を咥えて血液を飲ませてもらう。

 少しピリッとするが美味しい。これはこれで癖になりそうな美味しさだ。一定の量を飲むと満足し、フクジュの人差し指から口を離す。


「ご馳走様でした。ピリッとして美味しかったです」

「そ、それは良かったです。私の血液に含まれる毒素は問題なさそうですね。ユミさんの体内で悪さはしていないようです」


 自分はどうやら本能的に安全な血液かそうでないかが分かるらしい。今更自分自身の人間離れした能力に驚きはしないが、不思議だなとは思う。


「以前お話させて頂いた完全な解毒について、少し進展がありましたのでお伝え致します。例えで言う大きなタンクの方の解毒の方法ですが、呪詛を施した臓器の毒素を解毒薬に置き換えたものを取り込むことで、大きなタンク内の解毒が可能でした。ただこの場合、毒素はなくても追加で呪詛を取り込むことになり、あまり良い方法とは言えません。現在は引き続き別の策が無いかを検討しております」


 そもそもタンクとは何だろう。きっとユミにもわかりやすいように、専門的な話は避けて、例えで説明してくれているのだとは思う。実際の所、体内では何が起きているのだろうか。呪詛で体が作り替えられているという話だったのだから、何か新しい臓器でも出来上がっているのかもしれない。


「あの、そのタンクなんですけれど、お腹をパカッて開けて、取り除いてしまうという方法はできないんでしょうか?」


 ユミは気になり尋ねてみる。明確に毒の詰まったタンクが体内にあるのであれば、それ自体を取ってしまえば解決するのではないかと。単純に気になったのだ。

 しかし、問いかけられたフクジュの顔色はあまり良くない。何か言葉に迷っているようだった。そんなフクジュを見兼ねてか、ザンゾーが口を開く。


「ユミ。良い着眼点だぁね。だが、その方法は失敗した。フクジュの目で確認しながら、問題の器官を特定して適切に取り除いたが、その途端にそいつは死んだ」

「え……」

「既に試してダメだったんだぁよ。どうやらそのタンクは生命維持に必要な器官らしい。心臓取ったら生きられない様に、このタンクを取ったら生きられない。そういう物だった」

「そんな……」


 フクジュが言葉に詰まったのは、恐らく実際に試したことに対して後ろめたさが有ったからなのだろう。先週ザンゾーと言い合いをしていた様子からも、フクジュは人体実験を行う事にとても抵抗があるように見えた。さらに結果は失敗で実験体を死なせとなれば、相当に心を痛めたのだろうなと想像した。

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