4章-6.経過(1) 2021.8.28
「午後からフクジュさんの所行くんだけれど、ザンゾーも行く?」
「あぁ。行くつもりだぁよ」
返答と共に、すぅーっと部屋にザンゾーが現れた。相変わらず人の家で堂々とくつろいでおり、図々しいなと思う。またフクジュの所でいきなり出現されても困るので、どうせ行くなら一緒に玄関から入って行った方が良いかなと判断したため、声をかけ確認してみた。
約束の時間まではまだ時間がある。ユミはベッドの上でゴロゴロしながら読書をしていた。最近はスキマ時間は読書をするようにしている。読み終わった本をシュンレイに返却したところ、同時に次の本を渡されてしまったので、積まれた本は一向に減る事はなかった。何故かザンゾーも現在その本を勝手に読んでいる。暇なのだろうか。ユミのレベルにあった本なのでザンゾーに合うとはあまり思えない。
「ザンゾー、ご飯食べる?」
「……」
返事がないので、ユミは本から目を離しザンゾーを確認した。びっくりしたような顔をして固まっている。何か問題でもあったのだろうか。
「私これからご飯作って食べるけど、ザンゾーも食べるなら一緒に作るよ?」
「いいのか?」
「うん。オムライスでよければ」
むしろ、人前で自分だけ食べるのと言うのも気が引ける。普段からアヤメの分を作り慣れているので、2人前作るのには抵抗がない。
「頼む」
「はーい」
ユミは本を閉じ、立ち上がるとエプロンを付けてキッチンに立った。ご飯を食べて少しした頃に家を出れば丁度良い時間になりそうだ。せっかくならアヤメが好きな、オムレツをケチャップライスの上に乗せて、食べる直前に切って広げるやつを練習しようかなと思う。
オムライスはアヤメが好きなのでよく作るメニューだ。冷蔵庫にはいつでも作れるように材料を備えている。
ユミは手際よく料理を進めていく。狭いキッチンでは一度に広げられる道具や材料が少ないため、計画性が大事だ。こまめに洗い物をしながら進めないと、直ぐに流し台がいっぱいになってしまう。
この1年自炊してきたことで、その辺のスキルが格段に上がったと自分でも思う。また、古い機種のIHコンロは火の加減が難しい。火力を目視できないため、初めは焼き加減が思い通りにいかず苦戦した思い出がある。今では火が見えなくても材料の様子と時間感覚で分かるようになった。失敗していた頃が懐かしい。
昔を懐かしみながらしばらく手を動かしていると、ケチャップライスが出来上がった。皿を2つ出し均等に盛りつける。そして次はふわふわのオムレツに挑戦だ。火の加減を間違えると失敗してしまうため、ユミは深呼吸をして集中する。そして熱したフライパンにバターを広げ、卵を流し込んだ。
「見事なもんだな」
いつの間にか背後にザンゾーがいた。興味深そうにユミが料理をする様子を見ている。卵の方は順調でふっくらとしたオムレツが出来上がる。それをそっとケチャップライスの上に乗せた。そして、もう一度同じ工程で2つ目を作る。こちらも先程と同様に上手く行きそうだ。
火加減が良かったのかもしれない。見た目はかなり良い。あっという間に出来上がった2つ目のオムレツもケチャップライスに乗せた。後は中央を切って広げるだけだ。
「ザンゾー。これテーブルに持っていって」
「あいよ」
ユミはザンゾーに出来上がったオムライスを手渡す。そして、飲み物とスプーンとオムレツを切り開く用のナイフを取り出しユミもテーブルに向かう。ユミはテーブルに置かれたオムライスのオムレツをナイフで切り開いた。どうだろうか。半熟具合が気になる。
「むむむ……。ちょっと火が入りすぎたかも……」
シュンレイが作ってくれた様にトロトロとはいかなかった。なかなか加減が難しい。これは練習あるのみだなと思う。
「いただきます」
ユミは早速食べ始める。安定の味だ。不味くはないと思うが、ザンゾーの口に合うかは分からない。ザンゾーはというと、オムライスをスマホのカメラで撮っていた。そんなに珍しいものだろうか。もしくは調査用だろうか。全く目的は分からなかったが真剣に撮っているので邪魔しないよう放っておいた。
数枚写真をとるとザンゾーは満足したらしく、いただきますと言って食べ始めた。黙々と食べているようだ。
「いつもはご飯どうしてるの?」
ザンゾーは結構な頻度でユミの近くに居るように思う。それも長時間いる場合もある。その間食べ物の匂いもしないので、ご飯を食べている様子は無い。姿を消している時におにぎりでも食べているのだろうか。
「食わなかったり、その辺で買った物を軽く食べてお終いだぁよ」
それは非常に不健康なのではないだろうか。それに、食にこだわりなどないのだろうか。ご飯好きなユミとしてはそんな粗末な食事は信じられない。
「オムライス美味いな。ユミ、ありがとな」
「うん」
アヤメのように満面の笑みでとろけながら食べる訳では無いが、ザンゾーも美味しそうに夢中で食べているように見える。何だか餌付けしている気分になってしまう。
実際のところは、ザンゾーの血液を日々貰っているので、家畜に餌をあげているの方が正しい表現なのかもしれない。ちゃんと食べて美味しい血液を供給してもらわないと困る。粗末なものを食べさせる訳にはいかないなと思ってしまった。
ザンゾーは、あっという間にペロリと食べきってしまい、満足そうな顔をしていた。そして、ご馳走様と言うと立ち上がり食器を持って流し台の方へ行ってしまった。
「ユミ、この辺のフライパンとか洗っていいのか?」
「え? あ、うん」
どうやらザンゾーは食器など使い終わった道具を洗い始めたようだ。ユミも遅れて食べ終わり食器を流し台に持っていくと、ザンゾーはそれを受け取って一緒に洗ってくれた。ユミはその様子を近くで見ていたが結構手際がいい。これは洗い物に慣れている人間の動きである。
「洗い物ありがと」
「あいよ」
この様子なら任せても大丈夫そうだ。ユミはローテーブルを布巾で軽く拭き、ベッドに腰掛けて本の続きを読み始めた。しばらくすると食器と調理器具を洗い終わったザンゾーが戻ってきた。しっかり洗った物の水気も拭き取り、収納まで終わらせている。
「そろそろ行こっか」
「あぁ」
約束の時間まではあと15分ある。歩く時間も考えればちょうど良いだろう。
ザンゾーと一緒に家を出るのは何だか変な感じだ。ザンゾーからするといつも通りなのかもしれないが。
「行ってきます」
ユミ達は玄関を出て鍵を閉めた。




