4章-5.兄妹(2) 2021.8.21
「よろしくお願いします!」
「やる気満々だねぇ。イイよぉ。手合わせしよう。俺もチェーンソーとは戦ってみたかったんだよねぇ」
「ユミさん。全力で構いませんから暴れて下さイ」
「了解です!」
さて、いつでも切りかかって良さそうだ。ユミは集中力を高める。既に高なった胸はそのままに、もっと繊細さを足していきたい。細かい動きを見逃したら命取りになるはずだから。
「♪♪〜♪♪〜〜〜♪♪♪〜♪〜♪♪〜♪♪〜〜〜♪♪♪〜♪」
スーッと体に涼しい風を取り込んだような気分だ。心做しか目がよく見えるようになった気がする。
そして、湧き上がってくる狂気。相棒も喜んでいる。
今日も一緒に沢山遊ぼう!
「あははははっ!!!」
ユミは一気に駆け込みチェーンソーを振り下ろす。
「え、いや、俺こんなの聞いてないんだけど!? シュンレイさん!?」
「えぇ。言っていませン。驚いたでしょウ? アイル、本気でやらないと死にますヨ」
初撃はナイフ2本で止められてしまった。それでも攻撃を止めることは無い。そのままの流れで切り刻むためにチェーンソーを振り抜く。アイルはそれを器用に躱しナイフを投げてきた。複数のナイフをチェーンソーで弾き、残りは飛び退きながら躱した。
顔面に向かってきたナイフは非常に危なかった。成程。目の正面に飛ばすと距離感を測るのが難しくなるということか。
ユミは戦いの中で瞬時に理解する。
「あははっ! 楽しいね! お兄ちゃん!」
アイルのひらりと躱す動きはアヤメを連想させる。それを見ると更に興奮してしまう。楽しいが止まらない。
「俺を見て警戒していた子は一体どこへ……?」
確かに先程は警戒して飛び退いた。だが、それはそれだ。警戒はしても、戦闘時に怖気付くのは違うだろう。
「楽しいのに怖気付いてたらもったいないもん」
「まぁ、それはそうだねぇ」
アイルの雰囲気が変わった。鋭い殺気が向けられる。ピリッと肌が痺れた。
「あはっ♪」
この殺気は心地よい。これに調子を合わせようか。
「♪〜♪♪〜♪〜♪〜〜♪〜〜♪〜♪♪〜♪〜」
キンキンキンと一気に飛んできたナイフを弾きとばし、ユミは追撃を躱しながら距離を詰める。先程の戦いを見ていた。シュンレイはナイフ1本で全ての攻撃を凌いでいたのだ。ナイフの様な小回りは利かないが、チェーンソーの面は大きい。十分に似た動きは出来そうだ。
アイルがチェーンソーの回転する歯をどうナイフで受け止めているのか本当に不思議だ。回転力を計算しているのだろうか。それなら無回転も混ぜたら面白そうな気がする。アクセルの押しこみ具合で回転数が変わる。緩急を付けてみようか。
ユミは思いつきだったが、ナイフで受けられる瞬間だけ無回転で当てた。
「なっ……!?」
やはりそうだ。回転を見越して力を入れていたらしい。無理な力が加わったことでアイルのナイフが欠けた。ユミは一気にアクセルを押し込み、アイルが持つナイフをはじき飛ばした。そのままの勢いで反対の腕を切り落としにかかる。
「うっわ。あっぶな……」
ギリギリのところで躱され距離を取られてしまった。
「腕1本くらいちょうだいよ……」
「いやいやいやいや……」
手応えはあった。チェーンソーのアクセルの押し込み具合で回転数を変えるやり方は非常に使えそうである。
そう言えば先程のシュンレイとアイルの手合わせでは、シュンレイは低い位置からの切り上げが比較的多かったような気がする。気になってしまったのでやってみようと思う。見よう見まねになってしまうが、確かこんな姿勢だった気がする。
ユミはガタッと姿勢を落としアイルに切り込んだ。チェーンソーが床面スレスレで唸る。相手の間合いに届く1歩。ここだけ確か歩幅を変えて更に早くして切り込むはずだ。ユミは見た通りの動きで切り込み一気にチェーンソーを振り上げた。
「届かないか……」
アイルのコートの裾をチェーンソーは切り裂いた。ほんのもう少しの距離が足りていなかった。しかしこのほんの少しの距離を詰めることは非常に難しいのだろうなと感覚的にわかる。今の自分にはまだ出来そうにない。
ユミは振り上げたチェーンソーの回転力を使いながら飛び退く。確かこの後はナイフの投擲が山のように来るはずだ。案の定無数のナイフが飛んできた。これはなかなかえぐい量だ。避け切れるだろうか。飛びのきつつも躱し、躱しきれないものは弾いた。なんとか、防ぎきれた。しかしその瞬間だった。
「追撃っ!?」
目に映ったのは追撃のナイフの雨とアイルの切込みだった。これは無理だ。全ては避けられない。多少の被弾はやむなしとして、致命傷だけは避けなければ。
ユミは覚悟を決めナイフの飛んでくる方向に対して向かって飛び込み被弾する面積を最小限にした。
「はい。そこまででス」
シュンレイの声が聞こえた。それと同時にキンキンキンと金属がぶつかる音が多数した。
「あれ……?」
そして、気がつけばユミは宙に浮いていた。手足がぷらーんと浮いている。どうやらシュンレイの右腕で腹部のあたりを持たれ、右脇に抱えられているようだ。ユミの視界には自分の手足とシュンレイの足元と床しか見えない。
ユミはそのまま視線を上げアイルの方を見ると、アイルもシュンレイの左手で、切りこもうとしていただろう右腕を掴まれ抑えられていた。シュンレイは今の一瞬で同時に2人を抑えてしまったらしい。
「ユミさん、大丈夫ですカ?」
「え、あ、はい。大丈夫です」
ユミはゆっくりと床に降ろされた。とりあえずチェーンソーのエンジンを切っておく。
「手合わせでユミさんに痕が残るような傷がついたラ、アヤメさんが怒り狂いますかラ。今回は止めましタ。先程のユミさんの被弾覚悟で切りこむのは正しい選択でス。なかなか瞬時に選べる選択肢ではありませン。いいセンスをしていますネ」
褒められた。普通に嬉しい。
「アイルは、コートを切られた時点で負けでス。反省しなさイ」
「はーい」
アイルはそこら辺に散らばるナイフを拾い集め、順番にコートに仕舞っていく。これらを全てコートに仕舞うとなると相当な重さになるのではないだろうか。その重さを持った状態であんな動きができるなんて、やはり人間業では無いなと感じる。
「そのコートって、どれくらい重いんですか?」
ユミは気になり尋ねてみる。一体何キロあるのだろうか。
「着てみる?」
「はい!」
ユミは早速アイルの元に行き、コートを着せてもらう。コートの丈は長いため、長身のユミでも床スレスレの丈だった。
「お、重すぎる……」
着てみると分かるが、コートの袖の部分にも、コートの裾の方にも武器が仕込まれているようだ。ユミは腕を上げ下げしたり少し動いてみた。この重さのせいでかなり重心が持っていかれる。とはいえ、単純に重いだけで動きにくさはなかった。そして、意外と薄手であり、想像したほど暑くはなかった。凄いコートだなと思う。
「ほい。これもねぇ」
ユミは追加で帽子を被せられる。
「うっ……。帽子も重いんですね……」
頭に乗せた帽子すらも重かった。ここにも武器が仕込まれているようだ。ユミはコートの内側をちらりと見る。成程綺麗にナイフが収納されている。これらを適したタイミングで使いこなしているという事だ。器用だなと思う。
「アイルさん、ありがとうございます」
「あれ、もうお兄ちゃんって呼んでくれないのかぁ」
「えぇと……」
多分相棒のせいだ。戦闘時は何故か精神年齢が少し幼くなってしまう自覚はある。礼儀や遠慮など、どこかに行ってしまうようだ。相棒の性格にひっぱられている様で、なかなか自分では制御出来ない。
「残念だなぁ……」
「うっ……」
そんな残念などと言われるとなんだか良心が痛む。ユミはとりあえず、帽子とコートをアイルに返却した。
「もう1回、1回でいいから、お兄ちゃんって呼んで」
「えぇと……。お兄ちゃん……」
アイルはそれを聞いてニコニコしながらガッツポーズをしていた。
「アイル、アヤメさんに言いつけますヨ?」
「……」
アイルは途端に笑顔を無くす。
「じゃ、俺はこれで。ユミちゃん会えて良かったよ。またどこかで会ったらよろしくねぇ」
「はい。また、手合わせしたいです」
「わぁお。その熱い眼差しはズルいなぁ。OK。また手合わせしよう」
「えへへっ。嬉しいです。楽しみにしています」
また、手合わせして貰えるらしい。次手合わせする時までにもっと強くなりたいと思う。雨のように降り注ぐナイフの攻撃を躱したり弾くにはもっと素早さと器用さが必要だろう。最適化した動きができるようになりたい。
「シュンレイさんもありがとう。いい刺激になったよ。妹弟子が皆に可愛がられている理由が分かったし、俺は満足した。また武器の改良が出来たら呼んで欲しいな」
「分かりましタ」
アイルはユミの頭をポンポンと撫でると手を振って運動場から出ていった。
「ユミさん。チェーンソーのカスタマイズの件、上のbarで話しましょウ。先程やっていたアクセルの踏み込み具合で回転数を変える戦術についテ、より適した性能に出来ると思いまス」
「本当ですか!!」
「えぇ」
残されたユミとシュンレイも武器の片付けが終わると運動場を後にし、チェーンソーの調整のためbarへと向かっていった。




