4章-5.兄妹(1) 2021.8.21
チリンチリンと鈴の音を鳴らしながら、ユミはゆっくりと雑貨店の扉を開けた。今日はチェーンソーの歯であるソーチェーンのカスタマイズについて、シュンレイに相談するため雑貨店へやってきた。しかし先客がいるようで、ゆっくりと様子を見ながら慎重に扉を開けた。取り込んでいるようなら出直そうと思う。とりあえず様子だけ見てみようと店内に足を踏み入れた。
店の奥のレジカウンター前に、全身黒ずくめの長身の男が立っていた。黒のハットに真夏なのに長袖の丈の長い黒いコート、黒いパンツに黒いシャツ。ハットから覗く髪も黒いため全身真っ黒だ。真夏にその服装はしんどくないのだろうかと不安になる。カウンターを挟んで奥にはいつも通りシュンレイの姿があった。何やら話しているようだ。気配からしてこの全身黒い男はプレイヤーだろう。初めて見る人間だ。
「こんにちは。取り込み中ですか?」
「こんにちはユミさん。大丈夫でス。ソーチェーンですカ?」
「はい。こないだいくつか提案してもらったものを試してみたので報告をしたくて。あと、本体の方も少し相談出来ればいいなって」
ユミは黒ずくめの男の近くまで行き、カウンターにソーチェーンを置いた。ちらりと黒ずくめの男を見上げる。さすがにこの人間が気になってしまう。あまりジロジロ見る訳にはいかないので、一瞬だけと。しかし、目が合った瞬間ユミは全身の毛が逆立つような恐怖を感じた。
「っ!!」
ユミは反射的に飛び退いた。失礼極まりないと自分でも思う。しかし体が勝手にそうしてしまった。止めようがなかった。
男の目は別に睨んでいるわけでも殺気がこもっている訳でも無かった。むしろ澄んだ水色の瞳は吸い込まれるような美しさで素敵だなとすら思ったくらいだ。しかしそれに反して体は反射的に動いてしまったのだ。
「シュンレイさん。この子は?」
「ユミさんでス。アヤメさんの弟子でス」
「わぁお。この子が去年の今頃、この界隈を騒がせたチェーンソーの子かぁ。目を見ただけですぐに飛び退くなんて流石だね。完全に隠せてると思ったのにな……。成程、この子が俺の妹弟子になるわけかぁ」
黒ずくめの男はユミの方を見て微笑んでいる。敵意は無いという意思表示なのかもしれない。だが、なかなか警戒した体は強ばったままだ。
「ユミさん。大丈夫でス。この人はアイルと言います。アヤメさんの、1番目の弟子です。ユミさんにとっては兄弟子になりまス」
「ユミちゃん。初めまして。オレはアイルだよ。よろしくねぇ。お兄ちゃんって呼んでいいよ」
アイルと名乗った黒ずくめの男はユミに右手を差し出した。握手という事だろうか。友好的に行こうということなのかもしれない。さすがに初対面でお兄ちゃん呼びまでは出来ないが、友好的に接するべきだと感じた。
ユミは差し出された右手の方に恐る恐る自身の右手を出した。すると、ガシッと食い気味に右手を掴まれて握られてしまった。手を握った感じでも分かる。アイルと言う人間は非常に強い。揚げ物パーティの時にシュンレイも言っていた。兄弟子は強いと。いつか会えると言っていた人だ。
「わぁお。ユミちゃんは強いね」
「えぇ。ユミさんは素晴らしいプレイヤーでス。私が殺気を出しても笑いながら鼻歌まじにり向かってきますかラ」
「あの、いや、えっと……」
確かにそれは事実だが、シュンレイのその言い方では誤解が生まれかねない。
「わぁお。それは凄い。あんな殺気を目の当たりにしたら普通は呼吸すらまともに出来ないからねぇ」
「それに、六色家の黒の当主をペットにして飼い慣らしていまス」
「六色家の黒の当主と言えばSS+ランクプレイヤーの人でしょ? ユミちゃんは凄いなぁ」
「語弊が……。ぅぅ……。シュンレイさん酷い……」
絶対わざとだ!
この人絶対わざとこんな言い回しをしている!
「ユミちゃん、改めてよろしくねぇ」
「はい。よろしくお願いします……」
絶対変な子だと思われただろう。
「ユミさん。この後アイルと新しい武器の確認のため手合わせしますが、見学しますカ? アイルは暗器使いです。ここまで使いこなしているプレイヤーは他にいないので見応えはあると思いまス」
「えっ!!? いいんですか!? 是非見たいです!!」
「アイルもいいですネ? 妹弟子にカッコイイ所でも見せてあげて下さイ」
「うん。構わないよぉ」
「それでは運動場へ行きましょウ」
どうやら、シュンレイとアイルの手合わせを見せて貰えるらしい。他人の手合わせは見たことがないので非常に楽しみである。暗器使いとは実践で何度か戦ったことがある。身体中の色々な所に様々な武器を忍ばせて思いもよらないところから攻撃が繰り出されるイメージだ。
一体どんな戦い方をするのか楽しみで仕方ない。それにシュンレイがここまで使いこなすプレイヤーは他にいないと言い切ったのだ。最高レベルの技が見られるのかもしれない。そう思うと、わくわくする気持ちでいっぱいになった。
***
「ユミちゃんは、背中に背負ってるチェーンソーが武器なんだよね?」
「はい。そうです。武器はチェーンソーだけですね」
運動場へ向かいながら、アイルに会話を振られる。どうやらアイルは、チェーンソーに興味があるようだ。
「元々よく使ってたの?」
「そうですね。父がDIY好きだったのもあって、父が使っているのを幼い頃からずっと見ていました。12歳くらいの頃から実際に触らせて貰いまして、そこで使い方やメンテナンスを教えてもらいました。上手に使えると父が褒めてくれるのもあって、木材を切断するのが楽しくなってしまい、無意味に丸太を切断してた記憶があります」
「成程ねぇ。あまりポピュラーな武器じゃないから気になっちゃってねぇ」
確かにチェーンソーは特殊な武器かもしれない。ユミにとっては馴染みのある道具だったが、世間ではそうでも無い。同級生に使える子なんていなかったし、興味を持つ女の子もいなかったなと思い起こす。
会話をしているうちに、3人は運動場へとたどり着く。ユミは壁際の邪魔にならなそうな所に立った。
「いつでもどうゾ」
シュンレイは右手にナイフを1本だけ持ち運動場の中央で立っている。それに向き合うようにアイルも立った。
いよいよ始まるようだ。ユミは興奮で胸が高鳴っている自分に気がつく。やはり強い人間を見るのは楽しい。いまかいまかとドキドキする。
「わぁお。こんなに熱い眼差しで見られると照れるねぇ。かっこ悪い所は見せられないなぁ」
「えぇ。その通りでス。真面目にやりなさイ」
「はーい」
それは一瞬だった。
キンッと金属がぶつかり合う音でユミは気がついた。
ほんの一瞬で何本ものナイフが飛び、更に切り合いになっていた。人間の動きとは思えないような速さで戦闘が流れていく。
アイルはコートに沢山のナイフを忍ばせていた。暗器使いと言えばナイフに限らず色々な武器を使用しているイメージだが、どうやらアイルはナイフばかりを使っているようだ。投擲で弾かれたナイフがそこら中に転がっていく。よく見ると一つ一つ刃や持ち手の形状が異なっていた。もしかしてこれらを使い分けて有効に攻撃しているとでもいうのだろうか。
そして、次から次へとナイフが出てくる。コートの内側には一体いくつのナイフが仕込まれているのだろう。このコート自体が武器と言ってもいいのかもしれないと思う。故に真夏でも脱がなかったのだろうなと察する。
シュンレイの凄さは知っているつもりだったが、この切り合いを見る限り、自分との手合わせではまだまだかなり加減してくれているのだなと感じる。彼らの手合わせは、切り合いだけではなく当然体術も有効に組み込まれ、同じ人間とは思えないと感じる。その体の動きを見るだけでも非常に勉強になる。1秒たりとも目を離したくはないと思った。
「あ。これダメだぁ」
アイルがそう呟くと、1本のナイフが捨てられた。そのナイフを見ると刃先にうねりがあり特徴的な形状をしていた。何か上手くいかなかったのだろうか。ユミには分からなかった。
「こっちはよさげだねぇ」
アイルはまた別のナイフで切りあっている。だんだん目が慣れて分かってきたが、どうやらナイフに合わせて動きも変わっているようだった。力の乗せ方やいなし方が異なるのかもしれない。
「うーん。これはもう少し重さが欲しいな」
武器を試すための手合わせと言っていたので、新しいナイフを試しているのだろうと思う。やはり実践の中で使わないと分からないものなのだろうと思う。
「これがラスト」
ラストと言って取り出されたナイフは今迄のものより刃渡りが長かった。小刀にも見える。
「あー。ダメ。俺は合わないかなぁ」
最後の刃渡りの長いナイフは少しの斬り合いの後、シュンレイの攻撃に弾かれ飛ばされてしまった。
「お疲れ様でス」
「1つ目のは、ちょっと変化が大きすぎて欠けちゃったねぇ。もう少し軽めの曲線で試したいかなぁ。2つ目は使いやすくて良かったからこのまま貰ってくねぇ。3つ目は、少し重くして欲しい。4つ目は俺には合わないから無しで」
「分かりましタ。また調整してみましょウ。短刀くらいは使えたほうが良いのデ、練習なさイ」
「うん。分かった。ありがとう」
どうやら、武器の試しのための手合わせはこれで終わったらしい。非常に面白かった。体が疼いてしまう。
「アイル。ユミさんが戦いたそうに見てまス。手合わせしてあげなさイ」
「え……? マジ?」
「あの目を見てください」
「わぁお。本当だぁ」
「ユミさん、せっかくなのでアイルと手合わせしてみましょうカ」
「え! いいんですか!!! 嬉しいです!」
ユミは早速背負っていたソフトケースからチェーンソーを取り出す。そして満面の笑みでエンジンをかけて運動場の中央に出た。




