4章-4.解毒(3) 2021.8.19
晩翠家殲滅依頼時、フクジュに交渉を持ち掛けられた時に、寿命が5年から10年と言われた際にはひどく落胆した。発作を防ぎ続けなければならない事に対しても既に参っていたのに、さらに発作を起こさないようにしても長く生きられないという現実は非常にショックだった。
もちろん戦闘時だったので、相手の言い分が事実である保証はない。脅しかもしれないとは思っていたが、フクジュの言い方からその内容には現実味があり、何となく、本当に生きられないのだなと感じてしまっていた。
この3日間はあと5年で死んでしまうかもという恐怖がずっとついて回り、あまり元気が出せなかった。解毒薬を作ってもらえるという話ではあったが、それも保証された話では無い。もし作れなかったらと思うと怖かった。だが、今日の話を聞けて、ようやく元気になれそうである。まだこれから先も生きていけると分かって本当に安心できた。
「ユミさん。今日の夜は予定ありますカ?」
「いえ、特にないです」
「そうしましたラ、今晩、アヤメさんも連れて天麩羅のお店に行きませんカ? 以前約束していたものの、行けてませんでしたのデ」
「はい! 是非!」
ユミは元気に答えた。天ぷらと言えば、揚げ物パーティ以来かもしれない。揚げ物パーティは本当に楽しかったなと思い出しては幸せな気持ちになる。つまみ食いをさせてもらったエビの天ぷらは絶品だった。今晩アヤメと一緒に美味しものを食べにいけると思うと楽しみで仕方ない。想像しただけでニヤニヤしてしまう。
「やっと元気になりましたネ。アヤメさんも喜びまス」
「え?」
「ずっと元気が無さそうでしたかラ」
この人はよく見ているな……。
この感じだとアヤメにもまた心配かけていたのだろうと思う。
「それでは17時半に雑貨店前で集合しましょウ」
「はい! 了解です」
シュンレイとはユミの住むアパート前で別れ、ユミは自宅に戻った。
***
自宅に戻ったユミは今晩何を着ていこうかと迷う。シュンレイが連れていってくれるお店は恐らくお高い店に違いない。ちゃんとした格好をしないと恥ずかしい思いをしそうだ。できるだけ子供っぽいものやカジュアルすぎるものは避けたいところである。
「あ。そうだ。前にアヤメさんが買ってくれたやつが……」
ユミはクローゼットを開ける。
以前一緒に買い物に行った時、アヤメに買ってもらった、白地に水色の控えめな花柄のノースリーブのブラウスがあったはずだ。絶対に汚したくないので、まだ今年の夏に着ることが出来ていない。せっかくなら今日はこれを着ていこうか。
ユミは服に着いたタグを切り、早速着てみる。少しお姉さんになったような気分だ。自分にはちょっと大人っぽすぎるかなと感じてしまうが、試着した際にアヤメが大絶賛していたのできっと大丈夫だろう。ボトムはネイビーの膝下丈のパンツを合わせた。
「多分……。大丈夫……」
いつもより少し大人っぽく見えるが、変では無いはずだ。アヤメが選んでくれただけあって、自分には似合っていると思う。
集合時間まではまだ少しある。ユミは部屋でゆっくりすることにした。
積み上げられた本の1番上の物を手に取り開く。実はシュンレイに教養は身につけておいた方がいいと、現在色々と本を借りている。と言うより持たされた。なかなか本を読む習慣が無いユミは、読み進めることが出来ずに溜めてしまっていた。今こそ読む時かもしれない。
思えば、勉強も中学2年目の途中で止まってしまっている。せめて中学卒業レベルは身につけておきたかったなと感じてしまう。自発的に取り組まなければ、誰も教えてくれる人はいないため、お馬鹿さんまっしぐらだ。そう感じて、少し危機感を持ってしまった。
とは言え、今日の今日まで生き抜く事で精一杯で、頭の片隅にはあっても、真剣に考えはしなかった。こうやって将来を考える事が出来るくらいには気持ちに余裕が出来たのだろうなと思う。
しばらくまったりと本を読んでいると、約束の時間が近づいてきた。ユミは本に栞を挟み、お出かけ用の鞄を持った。そして部屋の電気を消して、玄関で黒のサンダルを履く。いよいよ、お待ちかねの天麩羅である。胸が高鳴った。
「行ってきます」
誰もいない部屋にそう告げて、ユミは待ち合わせ場所へ向かった。
***
雑貨店前に着くと、アヤメの姿があった。そしてその隣にはカサネが手を繋いで立っていた。
「カサネちゃんが立ってるっ……!」
ユミはその姿に感動して泣きそうになる。
「ユミちゃんこんばんはー! あ! そのブラウスやっぱり似合うね! 可愛い!」
「えへへ! ありがとうございます!」
アヤメに褒めて貰えて嬉しい。着てきて良かったなと思う。
「今日はねー、カサネも一緒に連れてこうかなって思って」
「是非!」
3ヶ月ぶりに会ったカサネは以前より少し大きくなっているように思う。
「カサネ、ほら、ユミちゃんだよ!」
アヤメはしゃがみ、カサネと視線を合わせる。そしてユミを指さしてそう言った。ユミもしゃがみ、カサネの前で微笑む。
「ユミちゃんだよー! よろしくね!」
「ゆみちゃ」
「はぅ……。名前呼ばれた」
これが尊死というやつなのでは無いだろうか。カサネに名前を呼ばれただけでユミの心は幸せでいっぱいになる。
「そうそう、ユミちゃんだよー!」
ユミはそう言ってカサネの頭を撫でる。するとカサネはへにゃっと笑った。あまりの可愛さにまた意識が遠のく。これは心が持たないのでは無いだろうか。可愛いが押し寄せて圧迫死しそうだ。
「やっぱりカサネはユミちゃんが好きみたいだねー。こんなご機嫌なカサネは珍しいもん」
「そうなんですね! 好かれてると思うと嬉しいです」
カサネはユミに両手を伸ばす。
「これはユミちゃんに抱っこを求めているね。嫌じゃなかったら抱っこしてあげて欲しいな!」
「はい!」
ユミはカサネを抱っこする。前より少し重くなっただろうか。
「重くない? 大丈夫?」
「はい。大丈夫です! チェーンソー2個分位なので余裕です! 鍛えてますから!」
「あははっ! その例えはユミちゃんらしいね!」
しばらくカサネを抱っこしながら談笑していると、雑貨店の中からシュンレイがやって来た。
「お待たせしましタ。早速行きましょウ。カサネは私が持ちまス」
ユミはシュンレイにカサネを渡した。シュンレイはいつものチャイナ服ではなく、白いシャツに黒のパンツを履いていた。非常にシンプルながら、やはり体格がいいのでとても似合う。私服姿は2回目だが、この私服の姿は見慣れない。
「天麩羅沢山たべるぞー!!!」
「好きなだけ食べてくださイ」
「凄く楽しみです!」
シュンレイに連れられ、ユミ達は電車を乗り継ぎ天麩羅の店に向かっていった。




