4章-4.解毒(2) 2021.8.19
「やはり、ユミさんの体自体が解毒薬を無効化するスピードが速いですね。体の異物を排除する動きが活発です。ザンゾーさんと見比べても圧倒的に速い……。予想通り、漏れ出し全身にまわり、少しずつ体を蝕んでいた部分の毒素を解毒する程度しか効果を発揮できていません。ただ、その部分に対しては少しずつ解毒が進み、破壊された組織は回復し始めております。毒素は取り込んだ臓器分と考えられるので有限です。その取り込んだ分全てを少しずつ解毒すれば、いずれは完全な解毒ができるでしょう。とはいえ、その方法では時間がかかってしまいますので、私が2ヶ月で完全に解毒できずに死んだ場合にはこちらの解毒薬を定期的に打ち続けていただきたいです。レシピもお付け致しますので、もし不足した場合はシュンレイさんに作成頂き継続をお願い致します」
フクジュはそう言って、解毒薬入りの瓶が沢山入ったケースとレシピをユミの方へ見せた。フクジュは何とも献身的な人間だなと思う。自分が死んだとしてもユミが無事に生きられるようにと考えているようだ。解毒する事は与えられた仕事ではあるが、フクジュ自身が何としても成し遂げたいものとして考えているのかもしれない。そんな、気持ちが伝わってきた。
「コレは私が預かりましょウ」
ユミとしても、自分で保管するのも難しいため、シュンレイが預かってくれると言うのはありがたい。シュンレイは解毒薬とレシピを受け取った。
いずれは解毒ができるということは、発作もなく、定期的な血肉の摂取も不要になるということだ。それが分かっただけでもユミは安心する。2ヶ月で解毒が出来なくても、まだ自分は生きられるのだと思うとホッとした。
「この頂いた資料にある、発作を引き起こさないために、血肉が必要だと言う部分についてですが、血肉が体内で一体どのような作用を引き起こしているのかが非常に気になります。体に作用しているものであると考えられるため、薬か毒かの働きが起きていると思われます。毒素が一気に溢れださないような作用はどうして可能なのか、そのあたりが分かりません」
「今飲ませりゃ良いだろ」
「え……?」
困惑するフクジュを無視し、ザンゾーは自身の左手の親指の腹を切りユミに差し出した。ユミはそのままザンゾーの左手にかぶりつく。やはり他人の血は美味しそうに見えるし実際に美味しい。フクジュは困惑しながらも、血液を飲んでいるユミを観察し始めた。
「これは……」
フクジュは驚いたような顔をしている。何か変な動きでもあったのだろうか。しばらく飲むと渇望が治まったのでユミはザンゾーの手から口を離す。
「美味しかった。ありがと」
「あいよー」
フクジュは真剣な顔付きで何かノートにひたすら書いていた。
「ユミさんの中にある毒素が詰まった箱ですが、二重構造になっているように私には見えました。イメージでいうと、毒を大量に保管した大きなタンクに、小さなタンクが付随しているようなイメージです。大きなタンクからは常に一定量小さなタンクへ毒が流れ出ています。そして小さなタンクがいっぱいになると発作が起きて小さなタンク内の毒素が一気に身体中へ流れ出すものと見ております。まるでシシオドシのような機能です」
シシオドシのような二重構造とは面白いなと思う。一体自分の体内はどうなってしまっているのだろうか。タンクの様な物があるということは、臓器が変形してしまっただとかそういう話なのだろうか。お腹をパカッと開けて見てみるわけにもいかないので、確かめる術はないが。
「血液を摂取する事で小さなタンク内の毒素が少し減っていました。解毒とは異なるようで、血液が小さいタンク内の毒素を吸収して体内から安全に排除しているようなイメージです。この原理で発作が抑えられていると考えられます。また、取り込まれた血液は小さなタンクへ効果的に到達し作用しているようです」
詳しい原理なんて全く分からないが、ザンゾーの血液を飲むことで、小さいタンクに溜まっていた毒素の量を安全に減らす事が出来ているという事の様だ。解毒剤ではこの小さなタンクまでは到達できないのに、血液なら辿り着けるというのも意味が分からない。ユミは頭がパンクしそうになるが必死で耐える。今、フクジュは自分の体について話してくれているのだ。可能な限り理解したい気持ちだ。
「先程述べた漏れ出す毒素については、毒を収納している大きなタンクの方から直接体内へ漏れているようなので、やはり解毒薬を定期的に打たないとなりません。発作を食い止め続けても、漏れだす毒素だけで寿命を縮めてしまうことになると思われます。それとこれは朗報なのですが、先程ザンゾーさんが解毒薬を打ったため、解毒薬の成分を含んだ血液をユミさんが摂取しました。それによって、解毒薬の成分も小さなタンクに効果的に到達しております。小さいタンクの内部に溜まっていた毒素が、排出された分とは別に、解毒もできたようです」
「成程な。フクジュ、俺にも解毒薬を作れ。ユミに血液飲ませる前に俺に解毒薬を打てばいいんだろぉ?」
「はい。その通りです。その方が圧倒的に効果があると考えられます。解毒薬の件承知致しました」
また、ザンゾーに負担をかけてしまうのか。そう思うと申し訳ない気持ちがどんどん大きくなる。
ザンゾーはそんなユミの頭をくしゃくしゃに撫で回す。
「むむむ……」
「気にすんな」
「わかった」
ザンゾーは、頭を撫で回すことでチャラだと言いたげだ。ユミは大人しく撫で回される事にした。
「後は、直接大きいタンクの方の解毒をどうやって行うかかぁ?」
「はい。その通りです。どうやったら大きいタンクまで解毒薬が届くのかを検討しなければなりません」
「番長、フクジュを連れてっていいか? こいつの目を使う」
「えぇ。構いませン」
「フクジュ。明日までに大量の解毒薬を作れ。明日それ持って実験するからぁよ」
「実験……?」
フクジュはまた酷く困惑しているようだ。
「この資料誰が作ったか忘れたかぁ?」
「まさか……。そんな……。貴方は人体実験をすると……? そんな事は出来ません……。人の命を弄ぶような事……、何があったって人体実験など許されるわけがないでしょう!?」
「あぁ? 人体実験しなきゃ有効なデータ作れねぇんだからやって当然だろぉ。お前の頭はお花畑かよ。それになぁ? そもそもこんな化け物作ったお前にそれを言われる筋合いはねぇ」
「それは私の本意では無い! それに、人の命を何だと思って!」
「うるせぇな。俺はユミ以外の人間の命なんざどぉーだっていい。お前みたいに皆助けようだとか出来もしねぇのに掲げる奴は俺ぁは嫌いだ。偽善者が」
「っ……」
「でけぇ口叩きてぇなら、まずユミの解毒を完全に行ってからにしろや。たった1人すら救う事も出来てねぇくせに、他人に説教たれてんじゃえねぇぞ」
フクジュは苦虫をかみ潰したような顔をしていた。ザンゾーも言い過ぎではないかと思う。それに怒鳴り合いはとても怖い。
「ザンゾー、その辺にしなさイ。ユミさんが怖がっていまス」
「ユミ、わりぃ」
ユミはこくりと頷いた。怒鳴り声は心臓に悪い。音に関することには敏感なのかもしれない。必要以上にダメージを受けてしまうようだ。
「明日の朝10時に迎えに来るからぁよ。準備しとけや」
「……承知致しました」
ザンゾーはそのまますーっと消えてしまった。タバコの臭いも消えたのでどこかへ行ったようだ。
「ユミさん、大変失礼致しました」
フクジュはとても優しい声でユミに謝罪した。
「経過観察も行いたいと考えておりますので、週に1回程度のペースで体の様子を見させて下さい。先程打った解毒薬の効果で、全身に散らばっていた細かい毒素は少しづつ消えております。現在体が大きく蝕まれている様子もありませんので、このまま経過を診ていきましょう。もし何か急に異変などあれば、私に連絡ください。その他相談でも構いません、何かあればこちらへお願い致します」
フクジュは連絡先が書かれたメモをユミに手渡した。ユミは早速スマホに連絡先を登録する。そして、その電話番号にワンコールし、ユミの電話番号をフクジュにも伝達した。
「今日の目的は以上となります。ユミさん、シュンレイさん、ありがとうございました」
「ありがとうございました」
ユミも軽く会釈をして立ち上がり、フクジュの研究施設を後にした。




