4章-4.解毒(1) 2021.8.19
晩翠家へ報復を行った日から3日後、昼過ぎにユミはシュンレイに呼び出された。雑貨店の入口へ来るようにとの事なので、ユミは雑貨店入口の日陰で待っていた。タバコの匂いがするのでザンゾーも近くにいるようだ。少しすると、雑貨店の中からチャイナ服姿のいつも通りのシュンレイが出てきた。
「お待たせしましタ。では、行きましょウ」
一体どこへ行くのだろうか。ユミはシュンレイについて行く。雑貨店の裏手にまわり、ユミの住むアパートも過ぎたその先、少し歩いたところにある1軒の木造戸建て住宅の前でシュンレイは立ち止まった。外観は普通の戸建てだ。狭小な敷地にみっちり建つ2階建ての住宅で、築20年は経っていそうな印象だった。
シュンレイは何も言わずその家の門扉を開け玄関へ向かっていく。玄関の扉を手前に引くと、ユミにどうぞと中へ入るよう促した。
「お邪魔します」
ユミは恐る恐る中へ入り周囲を確認する。ユミはマンション育ちという事もあり、あまり戸建ての家は見慣れない。たまに友人に招待されて遊びに行く程度だった。
玄関は2層吹き抜け空間で平面的な広さはそれほど広くは無いが、開放的な空間だった。吹き抜けの空間には天井付近に明り取りの窓があるため、外の光が差し込み照明が点灯していなくても明るかった。また、玄関を入って正面には2階へ続く階段があった。ユミは上框で靴を脱ぎ、用意されていたスリッパを履いた。シュンレイもユミの後に続いてスリッパに履き替えると、すぐ近くのドアをノックする。
「フクジュさん。入りまス」
シュンレイはその扉を開き中に入る。ユミもそれに続いて入ると、室内は住宅と言うよりは、応接間と研究室と診療室が合体した様な不思議な空間だった。
壁際には沢山の薬品と資料が保存されていると思われる棚がびっしりと並び、色々な薬品の匂いがする。天井にはカセット型のエアコンが付き、照明は蛍光色のダウンライトが多く設置されていた。そのため、非常に明るい空間だった。白を基調とした空間で清潔さのある印象だ。入った先にフクジュはいなかったが、部屋の奥の方に気配があるのでそちらにいるのだろう。
「少々お待ちください!」
部屋の奥の方からフクジュの声が聞こえた。入口近くの簡易な応接間のような空間には、ローテーブルとそれを囲むように椅子が4つ設置してあった。ユミとシュンレイは椅子に横並びで座りフクジュを待つ。しばらくするとフクジュが手に色々なものを持ちやってきた。
「お待たせ致しました。ユミさん来てくださってありがとうございます」
フクジュはローテーブルに持ってきた資料や薬品などを置き、ユミの正面の椅子に座った。フクジュは白のポロシャツに黒のパンツを履いていた。店依頼の時に見たデータの通り、特段奇抜さのないどこにでもいるような好青年という印象だ。見た目は20台前半くらいにみえるので、実年齢よりは少し若い印象である。
「既に解毒薬自体は出来ています。ただ、こちらが今のユミさんの体には簡単に効かないと思われますので、少し協力をして頂きたくお呼び致しました」
フクジュはそう言ってユミに解毒薬が入っている瓶を見せた。まだ3日というのに既に薬を作っているというのは凄いなとユミは感じる。
「ユミさんの血液を少し頂いてもよろしいでしょうか?」
ユミはこくりと頷く。
「ありがとうございます」
フクジュはユミの近くまで来ると、注射器など道具を広げた。ユミは左腕を出す。フクジュはユミの肘の内側あたりを消毒し手際よく血液を採取していた。まるで病院の人の様だとユミは感じる。
一定量の血液を抜くと、フクジュは針を抜き傷口にガーゼを当てた。試験管のような容器にユミの血液が保存されている。何だか自分の血液を見るのは変な感じがする。そして同時に美味しくなさそうだなと感じる。これが別の人間の血液なら美味しうと感じるのかもと思うと不思議だ。見た目はきっと何も変わらないのだら、自分は何に違いを見出して食欲を感じているの分からない。
「次にユミさんの体の状態を見させて頂きます。毒物を見ますので、そのままじっと動かないようお願い致します」
「分かりました」
フクジュはじっとユミの腹部を観察している。観察しながら手元のノートに色々とメモしているようだった。
「どうですカ?」
シュンレイがフクジュに尋ねる。
「呪詛と呼ばれる物の仕組みが分かりませんが、通常の毒に侵された状態では無いため、完全な解毒のためにはやはり特別な策が必要と考えられます。私の目で見た様子をお伝えしますが、小さな箱に毒物がぎっしり詰まっているようなイメージです。その箱の蓋が少し甘く、常に少しずつ毒素が漏れだしているような状態です。漏れだした毒は血液に乗って全身に回っております。濃度が低いので少しずつ全身を蝕んでいる状態になります。この解毒薬を打った場合、漏れだした毒素に対しては適切に効果が見込めるでしょう。しかし、箱の中身にまでは届かないのではないかと見ております。呪詛の効果や動きがもう少しでも分かればいいのですが……」
フクジュはユミから一切目を逸らさずに淡々と答えた。
「呪詛についての実験結果ならあるが?」
「それはありがたいです。それを是非……」
フクジュが固まる。ザンゾーが突然気配もなく姿だけを現しフクジュの背後に立っていた。
「え……」
「あぁ?」
フクジュは酷く困惑しているようだった。振り返りザンゾーを目にした事でさらに驚き固まってしまっている。
「ザンゾー。いきなり出てきたら皆びっくりしちゃうよ? タバコの臭いは私にしか分からないみたいだし。だから普通に扉から入ってきてよ」
「そうかぁー? まぁ、いいだろぉ」
ザンゾーは悪びれる様子もない。フクジュが気の毒だ。いきなり知らない人間が真後ろに現れたら、心臓が止まるほど驚くに決まっている。まさにホラーだ。
「ザンゾーさん……。もしかして六色家の黒の当主の……? SS+ランクプレイヤーの……?」
「あぁ、その通りだ」
「……」
フクジュは混乱しているのだろう。なぜそんな人物がここにいるのかも、いきなり現れた意味も分からないだろう。
「呪詛の仕組みを確認した実験結果の資料だぁよ。ありがたく受け取れや」
ザンゾーはA4サイズの紙が複数枚クリップでまとめられた書類をフクジュに渡す。フクジュはそれを受け取り早速目を通していた。
「発作……ですか……。ユミさん、発作が起きた時はどのような感覚でしょうか?」
「んー。えっと……。最初にお腹の下の方に何か嫌な感じがした後、一気に何か上がってくる感じがして咳き込みながら吐血します。その後、心臓が締め付けられるような感覚と同時にお腹に激痛がして呼吸もできないくらいになります」
「ありがとうございます」
フクジュはユミの回答を聞いてまた資料に目を通しながら考えているようだった。
「この資料は一体どこから……。分かり易く本当に素晴らしい……」
「俺が作った」
「何と! すばらし……。は?」
「あぁ?」
フクジュはまた固まってしまった。どうやら資料はザンゾーが作ったものらしい。ちらりと資料がユミにも見えたが、手書きで綺麗に書かれた資料だった。相変わらず几帳面さが滲み出ている。
この資料はどこかから盗んできた物だと思われていたのだろう。まさかザンゾー自身が作ったものと、フクジュは想定していなかったのだと思われる。
「取り急ぎは、この解毒薬で漏れだした分の毒素へ対応しましょう。漏れだした分の毒素だけでも取り除けば、ユミさんの驚異的な回復力で毒に侵され破壊された組織は元に戻っていくと考えております。無事に回復することが確認出来れば寿命は縮まらないため、安心できます」
「分かりました」
「この解毒薬が安全かどうか示すのは難しいのですが、このように毒に侵されていない人間に対しても無害な物質になります」
フクジュはそう言って自身の腕に解毒薬を打った。
「フクジュ。お前みたいに毒耐性あるやつに打っても意味ねぇだろ。俺に打てや」
ザンゾーはそう言ってフクジュに腕を出した。
「協力感謝致します」
フクジュはザンゾーに解毒薬を打った。しばらく様子を見るも特に異変は起きなかったようだ。
「ザンゾーさん、何か異変は感じますか?」
「いや、何もねぇな」
「私の目で見ても、解毒薬はザンゾーさんの全身に広がって存在していますが、体を攻撃するような動きは見せておりません。時間が経てば徐々に体から消えていくと思われます」
「ザンゾーありがと」
「あいよ」
安全が証明されたため、早速ユミにも解毒薬が打たれる。打たれたあとは特段体に変化は無かった。その間フクジュはじっとユミの状態を観察しノートにメモを取っていた。




