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4章-1.期日(4) 2021.8.13-2021.8.14

 翌日。ユミはシュンレイにbarの奥の応接室へ来るように呼び出された。

 手配の仕事を説明された時以来の応接室だ。次の仕事の説明があるのかもしれない。

 barに入ると思った通りアヤメとシュンレイが待っていた。


「ユミちゃんおはよ! 体調は大丈夫? 無理してない?」

「はい。大丈夫です。心配かけてすみません」

「うん。何か異変とかあったらすぐに言ってね」

「はい。分かりました」


 ユミの返事を聞くと、アヤメは満足気にニコッと笑った。


「何飲みますカ?」

「リンゴジュース!!」

「アイスコーヒーお願いします」

「分かりましタ。先に応接室へ行って待っていてくださイ」


 アヤメに続いて応接室へ入る。久々の応接室だ。3人がけの方のソファーにアヤメと並んで座る。


「あ! そういえばユミちゃんは、カサネと会ったんだよね?」

「はい。5月くらいに1度だけ。とても可愛くて癒されました」

「可愛いでしょー。えへへー。シュンレイが、ユミちゃんにはよく懐いてたって言ってたけど、やっぱり遺伝かなー? カサネは本能的に私に似て、ユミちゃんが大好きな可能性がある!」

「あははっ。そうだったら嬉しいです」

「それにしても、見た目が全然似てないのに良く私の娘って分かったよねー。外見的な特徴は全部シュンレイなのに」

「黒髪に金色の瞳に糸目ですもんね。たまたま笑顔を見る事が出来て、アヤメさんに似てるなーって。そこから分かりました」

「成程ー! 笑顔かー。それならユミちゃんにしか分からないかも」


 アヤメは何だか嬉しそうだ。ニコニコしている。

 カサネの事を思い出した事で、また、カサネに会いたいなとユミは思う。あれから3ヶ月くらい経っている。子供の成長は早いと言うから、今はもう少し大きくなっているかもしれない。


「シュンレイにも言われたと思うけど、カサネが私の娘って言うのは一生内緒ね。私の実家のせいなんだけど、血を重んじるからバレると色々まずくって。私の家は遺伝的に技術を受け継ぐから、その技術が外部に漏れるのを禁じてるんだよね。私の眼って少し特殊なんだ。ヘーゼル色の瞳でしょ? さらに、戦闘中とか集中力が高まると瞳孔が縦長になるの。なんか、動体視力が良かったり、空間的に全体を把握する力とか色々あるんだって。他と比べられないから正直私自身はよく分からないけどね」


 ユミはアヤメの目を改めてよく見る。

 ヘーゼル色の瞳はそれだけで珍しい。とても印象的だなと初めて会った時にも感じたのを思い出す。


「だから、カサネがこの目を持って生まれてこなくてよかったなって思う。自己申告しない限りバレないと思うし……。もしバレたら、連れてかれちゃうか殺されちゃうからね……。生きられたとしても、家に縛られ続ける人生になっちゃう。そんな不自由な生き方はさせたくないから……」

「そんな……」


 それだけ遺伝による特性は重要視されているという事なのだろう。

 バレた途端に危険な目に会うなんて。カサネを守るために、一生秘密にしなければならないと感じた。


「それに、バレたらその瞬間、私は死ぬと思うな」

「えっ!?」

「そういう呪いがあるんだー。裏切り者には死を! みたいなやつ」


 アヤメは自嘲気味に笑いながら言う。

 そんな重大な事を、秘密を含めてユミに言ってしまって良かったのだろうか。こんな情報が外部に漏れたら、アヤメもカサネも殺されてしまうかもしれないというのに。


「だから絶対内緒! お願いね!」

「分かりました」


 ユミはそう言って強く頷いた。

 この秘密は墓場まで持っていこうと決意する。アヤメはきっとユミの事を信頼しているからこそ、教えてくれたのだと感じた。その信頼を裏切るような事はしたくないと思う。


「お待たせしましタ」


 アヤメと話していると、シュンレイが飲み物を持って応接室に入ってきた。

 アヤメの前にはリンゴジュース、ユミの前にはアイスコーヒーが置かれた。シュンレイもアイスコーヒーのようである。シュンレイはユミの向かいのソファーに座ると、A4サイズの封筒をローテーブルに置いた。


「店依頼でス」


 シュンレイは封筒の中身を出しテーブルに広げる。

 店依頼とは何だろうか。また特殊な仕事なのだろうか。


「店依頼とは、この店が依頼主となる仕事でス。つまり私が発注していることになりまス。今回は明確に店に喧嘩を売られタことが分かりましたのデ()()しに行きまス」

「報復……」


 非常に怖い言葉が出てきたなとユミは感じる。


晩翠家(バンスイケ)。この家の殲滅依頼でス」

「何されたのー?」

「この家は毒の専門の家でス。ユミさんが食べさせられタ臓器に含まれル毒はこの家の人間が作りましタ」

「へぇ……。いい度胸じゃん。全員殺していいんでしょ?」

「えぇ。勿論」


 アヤメの雰囲気がガラリと変わる。今すぐにでも対象の家に殺しに行ってしまいそうな勢いだ。

 だが、ユミはイマイチピンとこない。臓器に含まれた毒を作った家に店が報復というのが繋がってこないのだ。


 そんな困惑するユミを見て、どうやらシュンレイが察したようだ。少し考えた後、口を開いた。


「報復について説明しまス。店に所属するプレイヤーへの攻撃は、店への攻撃と同等とみなしまス。従っテ、どんな経緯であれユミさんに毒を盛っタ時点で報復の対象になりまス。店側としても、所属するプレイヤーが攻撃されタのに、何もしないと舐められてしまいまス。報復は店として、力や信頼を保つためにもやらなければならない事と言えまス」

「成程……」

「ちなみにユミさんが誘拐されタ際には、報復としテ、六色家の拠点を7つ破壊しましタ。大規模組織に対しては、関連していると考えられる資金調達拠点の破壊を手当たり次第に行いましタ。六色家の難攻不落の拠点を7つも落とせれば、十分外部へは店の力を示せていると言えまス。実際の所は報復というより、ユミさんを探し回っていたら勝手に拠点が潰れテしまっただけですガ……」

 

 店に所属するという事は、店に守られるという意味が強いのだろう。シュンレイの説明を聞いていてそう感じる。

 報復されると思えば無闇に所属のプレイヤーには手を出さないと考えられる。


「流石にもう、私の店のプレイヤーに軽い気持ちで攻撃を仕掛ける人間は現れないでしょウ。そんな事をすればどうなるかくらい、周りには十分に示せましたかラ」

「成程です。理解出来ました。ありがとうございます」


 店の存在について、自分が想定していたものよりもずっと意味合いがあるのだと理解した。

 確かに簡単に言えば仲介業者の役割なのは間違いないが、恐らく店は1つの組織とみるのが正しいのだろう。所属する人間には協力関係がある事で、武力集団という意味合いも持ち、機能しているのだと思われる。

 

 今更ながら以前受けた手配の仕事に関しても、店側が必ず発注を行う意図もしっくり来た。

 仲間の裏切りは非常に厄介であり、決して許されない事であり、この社会ではそういった裏切りを行うような人間を全体へ周知して危機管理しているのかもしれないと想像した。店同士で情報共有を行ってでも防ぐべき事なのだと理解する。

 

 そういった話から、恐らくこの裏社会にも、一般社会の法に代わるルールが存在しているのだと、何となく見えてきたのだった。

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