表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/191

4章-1.期日(2) 2021.8.13-2021.8.14

 食器を洗うためにbarのキッチンへと向かう途中、アヤメはユミの顔を覗き込んでソワソワしていた。

 どうしたのだろうか。ユミは首を傾げアヤメの言葉を待つ。


「ユミちゃん午後は予定あるの?」

「いえ、特には」


 ユミが答えるとアヤメはパッと顔を明るくする。ユミに午後の予定がない事を知って嬉しそうにするという事は、どこか一緒に行きたいところでもあるのだろか。誘い方すら可愛いなんて、流石アヤメだななんて思う。

 

「じゃぁさ、お買い物ついでにパンケーキ食べ行こ! 新規オープンのお店あるんだよね!」


 アヤメは満面の笑みだ。この様子だと、一緒に行きたくて事前にしっかりリサーチしていたに違いない。そんなアヤメを想像してユミはクスっと笑ってしまった。

 これは何とも嬉しいお誘いである。是非新規オープンのお店にアヤメと一緒に行きたい。お買い物も楽しみだ。

 

「いいですね! 是非行きたいです。それじゃぁ、この後準備を……」


 ユミはそこでふと、体に違和感を覚え途中で言葉を止めた。


 あれ……。おかしい。

 

 何か嫌な感じがするのだ。

 腹の底に異物が沸き上がるようなそんな感覚が……。


 恐怖と焦りと不安でドクドクと心臓が高鳴っていく。

 そして直後、その嫌な予感は的中してしまう。


「うっ……」


 ユミは突如湧き上がる酷い吐き気に、咄嗟にしゃがみ込み、持っていた食器を床に置く。

 そして急いで口に手を当てた。


「ゲホッ……ゲホッ……」


 あぁ。まずい。これは……。


 恐る恐る自身の両手を見ると、案の定真っ赤な鮮血で染まっていた。

 これは間違いなく発作だ。このタイミングで発作が始まってしまったのだ。

 

 直後、ドクンッと心臓が跳ねる様に響く。

 その瞬間腹部に刺すような激痛が走った。


「うぐっ……」

 

 どうして……。

 ザンゾーからちゃんと血液はもらった。

 まだ2日しか経っていないのに……。


「ユミちゃん!?」


 激痛で呼吸が難しい。息をするのすら痛みを伴う。苦しい。

 涙が次々に溢れては流れていくのが分かる。

 ユミは床に手を付き、痛みに耐える。


 呼吸を、呼吸をしなければッ……。


「ユミ!」


 ザンゾーの声がする。

 何とか顔を上げると、涙で歪んだ視界にザンゾーの姿があった。

 ユミの顔を心配そうな表情で覗き込んでいる。


「ザンゾー……お願い……。私は……快楽を……受け入れる……」

「あぁ」


 なんとか絞り出した幻術を受け入れるための言葉。

 ザンゾーが答えたその瞬間から、すぅーっと痛みが引いていくのを感じた。

 適切に幻術が入ったのだろう。痛みを軽減する幻術が。

 本当に不思議な感覚だ。

 

 次第に呼吸もできるようになった。

 痛みや苦しさも落ち着き始め、ようやくまともに考える事が出来るようになった。

 

 その瞬間を見計らったように、すっとユミの目の前にザンゾーの腕が出された。

 既に左手の親指の腹が切られている。ユミはそのまま親指の腹にかぶりつき血液を飲んだ。


 何故このタイミングだったのだろう……。

 まだ2日と少しだ。発作が起きるまでには猶予があったはずだ。

 前にザンゾーが言っていた必要量と頻度が増えるという話を思い出す。

 自分の体は、3日も持たなくなったという事なのかもしれない。


「ねぇ……。シュンレイ。シュンレイは知っていたんだね……」

「えぇ。ちょうど3日前にザンゾーから詳細を聞きましタ」

「そっか……」


 ユミは静かに俯いてザンゾーの血液を飲む。

 アヤメとシュンレイが今、どんな顔をしているのか。怖くて見ることができない。

 事前に伝えなかったことを怒られるのだろうか。分からない。

 また、アヤメの声は酷く冷静だった。その声からでは、アヤメが今どんな事を考えているのか全く予想ができなかった。


「シュンレイ。あとで細かく教えてね」

「分かりましタ」

「この状況を見る限り、今みたいなのって初めてじゃないってことだよね。血液を飲まないと収まらないって事かな?」

「えぇ。その通りでス」

「分かった。シュンレイがこの3日間私に言わなかったのって、ユミちゃんから聞いた話じゃなかったから?」

「えぇ」


 静かに時が流れる。沈黙が怖い。

 何て自分は言えばいいだろう。大丈夫というべきか。

 いや、これは明らかに大丈夫な状況ではない。

 そんな適当なことは言えない。


「ユミちゃん」


 アヤメの呼びかけにユミはビクッと肩を震わせる。


「あのね。私の正直な気持ちはね、ユミちゃんの体の事、ちゃんとユミちゃんの口から教えてもらいたかった。そんなに頼りなかったかなとか、そんな風に考えちゃってさ。でも、心配かけたくないとか知られたくないとか色々考えた結果なのかなって私は思ってるよ。私はユミちゃんの事が大事だから、ちゃんと心配したいし、力になれる事は何でもしたいの。だからさ、迷惑かけるかもとかそんな風に考えないで欲しいなって。頼りないかもしれないけれど、私もユミちゃんの事に巻き込んでよ。ね?」


 ユミが恐る恐る顔を上げると、しゃがんで視線の高さをユミに合わせているアヤメの姿があった。

 悲しそうに笑っている。

 自分が体の事を隠したことで、結果アヤメを傷つけてしまったのだと悟る。


「ごめん……なさい……」

「うん。分かったよ。これからどうするのが良いのか一緒にちゃんと考えよ。私はユミちゃんの師匠なんだよ? ちゃんと頼ってもらわないと困っちゃうよ。もっと甘えて欲しい」


 ユミは頷いた。

 涙がまた溢れては流れていくのを感じる。

 アヤメに優しく頭を撫でられる。とても暖かい。

 ユミの事を本当に大事に思っているというのが、ひしひしと伝わってくる。


「ザンゾー。時間はどれくらいですカ?」

「今までは3日前後で定期的に摂取して問題がなかったから3日以上の猶予があったと言える。だが今回は2日と半日だ。確実に3日を切った」

「分かりましタ。頻度はどこまで短くなりますカ?」

「現状の検証の結果だと、最短28時間だ。理由も原理も不明だが、他の検体ではこの時間だけはきっちり守られているから恐らく28時間より短くはならないと見ている」

「そうですカ」


 28時間。

 ほぼ毎日血液を飲まなければ、いずれ生きられなくなるという事か。

 そのうち、自分はそういう体になってしまう。

 ザンゾーに毎日血液をもらうなんて非現実的だ。


 ザンゾーは別の仕事がある日はいない。それに、さすがにユミの良心も痛む。

 日に日にザンゾーの手には傷が増えていく。それを日々見続けている。

 自分のせいで増えていく傷等、正直見たくはないのだ。

 

 心の底から憎むことができれば気にならなかったかもしれないのに。ザンゾーが自分のために動いていることを知ってしまっている。

 気がつけば、憎み切る事は自分にはもうできなくなってしまっていた。


「ユミ。俺を恨めと何度も言っただろぉ。利用することは当然の権利だぁよ。そこはブレる必要がない。気持ちを切り替えるのは得意だろ」

「……」

「まぁ、そういうところがお前が周囲に愛される所以なんだろうな。でも、意外と図々しいところも好きなんだがな。かははっ!」


 図々しいとは失礼な。

 ユミはガブッとザンゾーの親指の腹をそのまま噛む。

 今日はお肉も貰ってしまおうか。


「肉まで食いたきゃ食っていいぞ」


 ザンゾーはニヤニヤと笑って言う。相変わらず意味不明だ。

 ユミは充分な血液を飲む事が出来たため、お肉までは取らずにザンゾーの手から口を離す。


「舞姫。ユミの体はダメージを受けたばかりだ。パンケーキはまた今度な」

「うん。言われなくても分かってる。ユミちゃんの体が優先に決まってるよ」

「体内への攻撃が収まってからもしばらくは大人しくする必要がある。毒物に無駄に攻撃されねぇようにな……」


 ザンゾーはそう言うとユミを抱きかかえる。


「ふぇ?」

「お前は大人しくおうちで寝るんだぁよ」

「分かった……」

「じゃぁな。番長。舞姫」


 ユミはそのまま大人しくザンゾーに抱えられて自宅へと戻った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ