4章-1.期日(1) 2021.8.13-2021.8.14
8月13日。今日はユミの両親の命日だ。あれから丁度1年になる。年齢もいつの間にか15歳になっていた。
両親の墓もなければ思い出の写真すらない。あるのは自分の中の記憶だけ。ユミはその記憶を大切に思い返しては懐かしむ。
自己暗示の沈黙を解除して狂気と共に生きることにした日、その日以降自身の記憶が少しずつ色づき始めた。昔の事も自分事としてしっかり思い出すことができるようになった。不思議なものだなと思う。
辛いことを直視しないために、全てが鈍感になっていたように思う。自暴自棄になって自殺しなかったのは、相棒が辛さも悲しさも虚しさも怒りも、全部肩代わりしてくれたからだろう。
とてもじゃないが、当時の自分は、そんな辛い現実を受け止めて前向きに行動するなんて出来なかったと思える。そんな強さはなかった。
両親の死は、自身にとってそれ程ショックな事で、精神に強烈なダメージを与えていたようだと理解する。それを今改めて受け止める。
あの日泣けなかった自分。
今自分はやっと現実を直視して静かに涙を流す事ができる。
ユミは手を合わせた。
「パパ。ママ。今日で1年だね。私は元気に生きてるよ。生き方は随分変わっちゃったけど、私には今大切な人達がいて、自分の居場所もあってね……。前向きに生きてるよ。精一杯これからも生きていくね。胸を張れるような生き方じゃないけれど、ちゃんと信念もあるよ。強くなりたいんだ。だからこれからも見守ってて欲しいな」
ユミは目を閉じ、この言葉がどうか天国の両親に届けと願った。きっとこんな自分でも、両親なら応援してくれると信じている。そうあって欲しいなと思う。
ユミはしばらく目を閉じたまま、気持ちを落ち着かせた。溢れる感情一つ一つを大事にして、向き合っていきたい。辛い事だってちゃんと向き合わなければならいと、今ならそう思う。もう、自分の気持ちからは逃げたくはない。
それに支えてくれる人達がいるのだ。今の自分なら辛い現実とも向き合う事が出来ると思える。
また、自分が生きるために奪ってきた命にも向き合わなければならい。
幻術に掛けられて正気ではなかっとはいえ、自分の犯した償う事の出来ない罪達は、一生背負い続けるのだと覚悟をする。こんな自分が幸せになる事は一生ないだろう。一般人達のように平和な日常を夢見る事すらおこがましい。
安全を保障され、守られた生活など求めてはいけない。生かされた自分は、この裏社会でこれからも戦いながら生き続けるのだ。戦いに身を投じ、逃げることなく生きて生きて生き抜くつもりだ。簡単に死ぬなんて許されるはずがないのだから。
そのためにも、ユミは強くなろうと、改めて決意した。
「良し! 今日も頑張るぞ!」
ユミは目を開ける。窓から差し込む日差しと吹き込む夏の風。清々しい朝。
決意した自分を祝福してくれているように感じる。
今日は午前中にアヤメと手合わせをしてbarでお昼ご飯を作って一緒に食べる予定だ。
午後は独りでのんびり過ごそうか。買い物に行っても良いかもしれない。
そんな事を考えながらチェーンソーの入ったソフトケースを背負い、ユミは玄関に向かう。
すると、ふわっとタバコの臭いがした。今日もザンゾーが部屋のどこかにいるらしい。声を掛けなければ姿は見せないというのがいつものパターンだ。ユミも用事がなければザンゾーが近くにいることが分かっていても声を掛けない。
姿が見えない時はいないものとして過ごすのが、ここ最近の生活の当たり前となり、すっかり慣れてしまった。非常に奇妙な状態ではあるが、慣れとは恐ろしいものだなと感じる。
「行ってきます」
そう呟いてユミは靴を履き玄関の扉を開けた。
***
アヤメとの朝練。当初と変わらず週に2回程度日程を決めて続けている。今日も変わらず順調にこなすことが出来、ユミは満足する。
相変わらずアヤメとの手合わせは楽しい。身体中の血液が沸騰しているかのような高揚感で夢中になってしまう。まだまだ力量差は天と地程あるが、最近では、アヤメはワイヤーを使って手合わせをしてくれている。もちろんワイヤーの本数は絞って貰っている。それでも、真剣勝負が出来てとても充実していた。
最初は素手だったのだ。それに比べればだいぶ成長出来たのではないかと思う。
目視できない攻撃に対しての対応が次第にできるようになり、目視出来ないからこそ相手の体の動きを見る事の重要性にも気がついた。
そして今日もお楽しみのアヤメとの昼食である。barにシュンレイがいる日は3人で昼食を取る。シュンレイと一緒にアヤメのリクエストに答える。
これも習慣化していて、日々の楽しみの一つだ。シュンレイは料理に対してもスパルタなので、ユミは一緒に料理する中でかなり上達していた。新しく作れるようになったメニューも少なくない。
「いっただっきまーす!」
「いただきます」
アヤメの元気な声がbarに響く。今日のリクエストはハンバーグだった。
「ユミちゃんずいぶん動きが良くなったね! 体の使い方っていうのかな、呼吸なのかな? 何か全然動きが変わったなって思うよ」
「ありがとうございます。最近は体術も練習しています。チェーンソーが無くなった途端に戦えないというのは良くないって思ったので」
「うんうん! 結果チェーンソーを持っている時の動きも格段に良くなったから体術の練習は効果的だったかもね!」
狂気を受け入れた時、唐突に体の動かし方を本能で理解した。その後シュンレイにしっかりと体術としての動きを学び最近では形になってきたと、自分でも手ごたえを感じている。
たとえチェーンソーを奪われたり所持していない時でもそれなりに戦えるようになった事で自信が付いた。
また、呪詛が掛けられた臓器を食べたことで、身体能力が飛躍的に向上し、全体的な筋力が上がっていたようだ。最初こそ変化に戸惑い使いこなせていなかったが、こちらも練習を重ねてうまく使えてきているなと思う。
「連携の方も、もう少しワイヤー増やせそうだなって思ってるんだ。もう何本か増やしてもユミちゃんなら認識できるんじゃないかなって。今度練習してみよっか!」
「はい! 是非! 頑張ります!」
着々とレベルアップできているのが素直に嬉しい。
目で見えないワイヤーを感じて動きを合わせる事は、本数が増えれば増えるほど難しくなる。1本増えるだけで環境がガラリと変わってしまうほどだ。たった1本の差で戦闘における負担が大幅に変わってくるのだ。無理をすればそれこそ崩壊してしまう。
ワイヤーの中で戦うためには、相当な集中力が必要で、本数の調整は今までアヤメと慎重に行ってきた部分である。従って、本数を増やそうと提案がもらえること自体、ユミにとっては嬉しいことだった。
「んーーー!! このハンバーグジューシーで美味しい! 中にチーズも入ってる! 幸せ……」
アヤメがハンバーグを頬張ってとろけている。可愛い。
「えへへ。上手にできて良かったです」
美味しそうに食べるアヤメを見るのはやはり好きだ。自然とこちらも笑顔になってしまう。
「ユミさん。チェーンソーの調整の件でス。何種類かソーチェーンを用意しましタ。今度試してくださイ。使いやすい物があれば教えてくださイ」
「了解しました!」
シュンレイには最近武器の整備で相談をしている。ハンドル部分はすでに自分で使いやすい形にカスタマイズした。
現在はチェーンソーの歯となるソーチェーンの種類で悩んでいる。どうやら種別でかなり使い勝手が変わるようだとシュンレイから聞いたので、自分に合ったものを探そうと考えている。シュンレイに用意してもらった新しいソーチェーンを試すのは非常に楽しみである。
「ごちそうさまでした!!」
アヤメはあっという間にぺろりと食べきって満足そうである。満腹でのほほんとしているようだ。
遅れてユミも食べ終わり、ごちそうさまでしたと挨拶する。全員が食べ終わったことを確認し、3人は立ち上がり食器を片付けにbarカウンターの方へ向かう。
「やっぱりお肉だー!! めっちゃ元気が出る!」
アヤメはいつも通りニコニコと笑顔だ。ご飯が本当に好きなのだろう。お肉を食べた日はより一層嬉しそうである。
「アヤメさんはお肉大好きですもんね。他にもお肉料理のバリエーションないかなぁ……?」
「今度料理本等探してみましょウ。新メニューを開拓するのもいいかもしれませン」
「そうですね!」
「試食は任せて!!!」
「はい! 勿論!」
新しい料理へ挑戦するのは楽しみだ。
美味しいご飯をアヤメに食べさせてあげたいなと思うのだった。




