6章-3.交流(4) 2022.4.9
「次はマナーの部分について教えますね。ユミさんは先程述べた通りオンオフ型なので、あまり気をつける必要は無いのですが、通常の人間はどうしているのかを知る事は知識として必要です」
フクジュは続けて、マナーの範囲である部分について説明をしてくれるようだ。この裏社会の常識にあたる部分だろう。知らないままというのは恐ろしい話だ。ユミはしっかりとフクジュの話に集中する。
「Sランク以上のプレイヤーは意識をしないと勝手に強いオーラを出すようになりますので、オーラをコントロールする努力が必要になります。キツいオーラを出しすぎると、他者を威圧するので喧嘩を売っているのと変わりません。ですので、時と場所によっては、オーラを出さないようにしたり、キツいオーラにならないよう心がける事が必要になります」
「えっと……。フクジュさんのオーラはキツくないオーラってことですか?」
「はい。その通りです。よく理解出来ておりますね」
フクジュからは実力に見合った強者のオーラがしっかり伝わってくるが、嫌な感じが一切しない。強さは分かるが敵意は無さそうだと感覚的に分かる。
また、その様子は、まるでフクジュという人間の立ち位置を、しっかり周りへ伝達しているようにも思える。簡易的な自己紹介ともとれるので、親切だなと感じる。
「オーラは出した方がいいんでしょうか……?」
「いえ。出さない事は問題になりません。私の場合は不要なトラブルを避けたいという目的があるので、こうした対応をしていますが、キツいオーラさえ出さなければマナーとしては問題になりません。ちなみにシュンレイさんは、オーラを殆ど隠し切り相手に探らせないタイプですね。ただ、感覚が非常に鋭い人間には勘づかれるかもしれませんね」
確か以前、運動場でモミジがシュンレイと出くわした際に、モミジがシュンレイを非常に怖がっていた。殆ど隠しきっているオーラをモミジは感じてしまったという事なのだろう。
逆に、クリスマスパーティ時にモミジがアヤメの事は全く警戒していなかったのは、アヤメが完全にオフの状態だったからなのだろうなと思う。色々と納得ができた。
「次に隠密組ですね。意図的にオーラや殺気を上手に隠す人達ですが、訓練によって、ある程度は誰にでも出来るものになります。気を張っていても他者に勘づかれないようにするといった事を行っています。必要なのは平常心ですね。何が起きても動じない精神力があれば、可能になります。イメージ的には、存在感を消してその場所に溶け込んでいく……といった感じでしょうか」
「何だか難しそうですね……」
「はい。感覚的なユミさんには、オーラをコントロールするのは厳しい作業かもしれません。戦闘のスタイル的に、非常に相性が悪いですね」
どうやら自分に隠密は向いていないようだ。そもそも武器がチェーンソーの時点で隠密など不可能ではあるのだが、少し悲しい気持ちになる。
「ユミさんやアヤメさんが持つ感覚の鋭さというのは、隠密が出来ることよりも遥かに価値があります。これは練習して得られるものではなく生まれ持った性質です。ですから、悲観的になる必要は一切ありません。この裏社会では、感覚の鋭さの方が重宝されております。自信を持ってください」
フクジュはそう言って微笑んでくれた。フクジュに言われると何だか安心する。ユミも笑顔で頷いた。
「ユミさん。アヤメさんが来ましタ。とても気が立っているみたいなのデ出迎えてあげてくださイ」
「へ?」
「これは、オーラ全開仕事モードで帰ってきましたね。丁度良い教材じゃないですか。ユミさん分かりますか? 今ここへ来ようとしているアヤメさんは、仕事モードが抜けきらないまま、とんでもないオーラを出した状態です。完全にマナー違反ですね。何か嫌な事でもあったのでしょうかね……」
フクジュはそう言って苦笑する。話を聞く限りだと笑い事としていいのか分からないが、そこまで深刻では無さそうだ。
「シュンレイさんのお店なら何も問題になりませんから、大丈夫という事です。周りの方々はびっくりすると思いますけれどね」
他の店だと、周囲に喧嘩を売る行為として取られるために問題ではあるが、この店では圧倒的な強者であるシュンレイがいるので、場の空気が荒れる事もないという事なのかもしれない。
ユミはシュンレイに言われた通り、カウンターの外に出てアヤメを出迎える準備をする。間もなくしてbarの扉が開くと、キリッとしたアヤメが姿を現した。パンツスーツ姿なので、より一層鋭さがある。完全に仕事の時のカッコイイアヤメだ。
周囲を見回すと皆口を閉じ、固まってしまっている。barの空気が静かに凍りつくようだ。周囲のプレイヤー達はアヤメの姿から目を離せなくなっているように見える。それ程迄にアヤメは強者のオーラを放ち周囲を威圧している。ユミにとっては見慣れた様子だが、他のプレイヤーは初めて目の当たりにするだろう。驚いてもおかしくないなと思う。
「アヤメさん。おかえりなさい!」
ユミは笑顔でアヤメを出迎えた。するとアヤメの鋭い視線がユミの方へと向けられた。とても冷静で全てを見透かすような視線だ。しかし、その視線がユミを捉えたと同時に、その瞳に暖かい光が灯る。
「ユミ……ちゃん……。わぁぁん! ユミちゃん! ただいまぁ!!!」
アヤメに勢いよく飛びつかれてしまった。ユミはそんなアヤメを受け止めて抱きしめる。相当嫌なことがあったのだろうなと察する。
「ユミちゃん聞いてよー。酷い目にあったんだよー」
腕の中にすっぽりとおさまるアヤメは上目遣いでそう言う。可愛い。何でも聞いてあげたくなる。
「当主になれってまだ言ってくるのー! やりたくないのに、全然聞いてくれない! もうやだ!」
ユミは優しくアヤメの頭を撫でる。まだ気が立っているようだが、少しずつ落ち着いてきたように見える。強烈なオーラも徐々に引っ込んできたなと感じる。
「ううぅぅぅぅ。家には口出しもしないし協力もしないから放っておいてって言うのに。強い者が当主になれとか知らないよ! 良識がある人がやればいいのに!」
これは相当ストレスが溜まっていそうだ。昼からの集まりだったはずなので何時間も拘束されたのだろう。やりたくもない当主をやらされそうになって散々暴れたに違いない。
「ユミちゃん……。大好き……」
「はい。アヤメさん、私もアヤメさんが大好きです」
更にギュッと抱きつかれたので、ユミも優しく抱きしめる。するとやっとアヤメのオーラが完全に収まったようだ。いつものアヤメが戻ってきた。これが完全にオフの状態という事だろうなと先程学んだことを思い出す。
ユミは抱き着いたままのアヤメと共にカウンター前まで戻ると、アヤメをbarのカウンター席、フクジュの隣に座らせた。