6章-3.交流(3) 2022.4.9
「こんばんは」
扉を開けて現れたのはフクジュだ。フクジュが入ってきた瞬間、barの空気に緊張が走るのを感じる。そして皆の視線がフクジュへと注がれた。フクジュは特に気にした様子もなく、ユミがいるbarカウンターへとゆっくりと歩いてきた。
度々こうした現象が起きる。多くのプレイヤーが集まる空間に、高ランクプレイヤーが現れると決まってその場の空気がその現れたプレイヤーに支配される様な空気感だ。初めて経験した時にはとても驚いた記憶がある。フクジュ程になると、やはり皆注目するようだ。立ち振る舞いやオーラに近い物なのだろうと思う。強い者が周囲に発するオーラという目には見えない何かを感じ、皆本能的に警戒するようだ。
「フクジュさんこんばんは!」
ユミは笑顔で挨拶し、ユミの前のカウンター席に座るようフクジュに促す。
「初めて野良解放日のbarに来ましたが、すごい活気ですね。驚きました」
フクジュは椅子に座ると周囲を見回して言う。
「フクジュさん。こんばんは。アナタが来るのは珍しいですネ」
「はい。今日はプリンが食べられるとユミさんからお聞きしておりまして。甘いものに釣られてやって参りました」
「成程。ホットコーヒーでいいですカ?」
「はい。お願いします」
シュンレイはフクジュ用にコーヒーを淹れるようだ。ユミは冷蔵庫からカフェプリンを出し、プリンの上に生クリームを絞る。
「フクジュさんは甘党なので、ちょっと生クリーム多めです。皆には内緒ですよ!」
ユミは生クリームを乗せたプリンとスプーンをフクジュに出す。喜んでもらえるだろうか。フクジュはプリンと淹れたてのホットコーヒーを受け取り嬉しそうな顔をする。本当に甘味が好きなのだろうと思う。
「これは美味しいです。甘すぎないコーヒー味のプリンと生クリームの甘さが絶妙です。口当たりも丁度いいです。いくつでも食べられそうです」
「えへへ。お口に合って良かったです!」
感想を言って貰えるのは嬉しい。喜んでもらえたようだ。
「それにしても、店がこんなに良い雰囲気とは思いませんでした。シュンレイさんの安定感とユミさんの元気が成せる技でしょうね」
「むむむ……?」
どういう事だろうか。あまりピンと来ない。
「他の店だと、とてもじゃないですが、このような雰囲気にはなりません。ここは特別という事ですよ」
「他のお店ってどんな感じなんですか?」
ユミは当然の事ながら他の店を知らない。想像もできない。行く必要も用事もないので、今後も知ることは無さそうだ。
「他だと、もっと殺伐としております。このように色々なテーブルから笑い声が聞こえてくるなんて事も有り得ません。常にピリピリとした空気感です。会話をする人間も情報交換が目的なので常に腹の探り合いをしております」
「なんか怖いですね……」
「はい。とても恐ろしい所です。この店のように店主が分かりやすく最強という訳では無いため、強いプレイヤーが来る度にその場の空気が変わります。その場で1番強いプレイヤーに、その場の支配権があるといった感じですね。なので、常にオーラ全開のプレイヤーばかりです。弱者であると見られる事は損しかありません。店主に弱いと思われると仕事を貰えませんし……。皆少しでも強者に見られようと周囲へ圧力をかけてきます。それが一般的なので、本来仲介の店とは非常に居心地の悪い場所です」
シュンレイの店は、シュンレイがその場の空気の支配権を常に握っており揺らぐ事が無いため、安定しているという事なのだろう。とてもじゃないがシュンレイの前で問題を起こそうとするプレイヤーは居ないだろうなとユミでも分かる。
確かに、高ランクプレイヤーはオーラという物を持っているように思う。殺気とはまた別の物だ。それらが常にぶつかり合う空間など、当然の事ながら居心地は悪いだろうなと、容易に想像できる。
また、オーラを必要以上に発して強く見られようとする行為も、シュンレイ相手では無意味だろう。簡単に実力を見抜かれてしまう。そうした理由から、この店は安定しているのだろうなと理解した。
「ここでは無駄にオーラを出す必要もないですので、皆自然体でいられるのだと思います」
「成程です。勉強になります! ちなみにオーラってどうやって出すんですか? イマイチ分からないんですよね」
ユミがそう尋ねると、フクジュはキョトンとしてしまった。そして、フクジュはシュンレイへ視線を送った。
「そういえば、ユミさんにちゃんと教えてませんネ。フクジュさん、ユミさんへレクチャーお願いしまス」
「承知致しました」
どうやらフクジュが教えてくれるらしい。ユミは真剣な眼差しをフクジュへと向ける。
「ユミさん。大丈夫です。ユミさんはしっかり出来ております。ただ、無意識のようですのでそこを説明致します」
「はい! お願いします!」
「まず、他人のオーラは感じ取れますね?」
「はい。隠密している人やシュンレイさんのは分からないですが……」
「意図的に隠す人達のオーラは確かに分かりませんね。訓練した人間は出したり隠したり出来ますので。とりあえず隠密組は置いておきましょう」
隠密組は自在にオーラの出力をコントロール出来るということなのだろうか。確かにオーラと呼ばれている存在感のようなものを、完全に消しきっている人間もいる。今まで何となく感覚で理解していたが、もう少し理屈や原理がしっかりしたものなのかもしれないとユミは感じた。
「オーラは強者にしか出すことが出来ないものです。強ければ強い程強いオーラを出す事が可能です。殺気と同じようなものです。ユミさんの場合は、アヤメさんと同じタイプなので、アヤメさんを例に説明致します」
いくつかタイプがあるのだろうか。アヤメと一緒と言われたので、ユミは少し嬉しくなる。
「ユミさんやアヤメさんは、オンオフがハッキリしているタイプです。アヤメさんとご飯を食べている時に、アヤメさんからオーラを感じた事はありますか?」
ユミは首を横に振る。ご飯を食べている時など、普段は一切アヤメからオーラを感じる事はない。それこそ一般人と殆ど変わらないと感じる。
「オーラを感じるのは仕事中くらいじゃないでしょうか?」
「そうですね。戦闘中のアヤメさんはキリッとしていて、とてもカッコイイです。周りの空気も全て支配している感じがして素敵です」
「はい。それがまさにオーラです。ユミさんも同じです。無意識なのだとは思いますが、仕事モードになるとしっかりオーラを出しております」
「成程……」
「オンオフタイプは感覚が鋭い人に多い印象です。というのも、オーラを出している状態というのは、意図的に気を張っている状態、警戒している状態と言えるからです。大抵のプレイヤーは常に気を張って生きているので、オーラが出た状態が普通になります。普通のプレイヤーは完全なオフには出来ないんですよね。オフにできるのは感覚が鋭くオフにしても問題がない人間だけです。ユミさんやアヤメさんは、非常に感覚が優れた方々なので、完全なオフが出来るという事です。これは、凄いことなんですよ」
凄い事だと言われても、やはりあまりピンと来ない。オーラは気を張っている時に出るものだという。確かに仕事中は気を張って周囲の気配を探ったり、攻撃に備えたりする。この周囲の気配を探るという行為が、オーラを発する行為と同じなのかもしれない。
そう考えると、確かに自分は、普段は一切オーラを発していないのだろう。完全にオフの状態だと分かる。突然攻撃されたとしても、その瞬間に気がつき反射的に対応出来てしまうので、あまり困った事がない。これが感覚が鋭い人間という意味なのかもしれないと感じた。