6章-3.交流(2) 2022.4.9
「えーー。なんか、不穏。やっぱりこれから荒れるのかなー?」
「やだねぇー」
赤と紫の狐の面の女性たちは、深く溜息をつきながらそう愚痴る。
カズラの話から、皆あまり良くない空気を感じ取ったのだろう。何か裏で動いているのかもしれないと思うと、やはり気持ち悪さがある。
「仕方ないだろ。六色家が大荒れしてんだから、周りも動かねぇと巻き添え喰らうんだ。嫌でも立ち位置決めて構えないと潰される」
ひょっとこの面の男性もそう言ってため息をついた。今後予想される不穏な動きにお面の4人はかなり参っているようだ。恐らくユミも無関係ではいられないのだろうと何となく感じている。
「俺達も慎重に仕事を選ばないと、とばっちりを食うだろうから、先回りしておかないとだな」
「そうねぇ。被害は最小限にしたいねぇ」
お面の人達は、シュンレイの店だけでなく、複数の店から調査依頼を受けて対応しているらしい。以前話を聞いた限りだと、劣悪な依頼も多いそうだ。処理対象の漏れがあったり、調査対象物が戦闘時に破壊されていたり等、店によってはハズレがあるとの事だった。
「この際ヤバい店は切っちゃうの有りじゃない?」
「それを決めるのは俺らじゃないからな」
「下っ端は辛いよー」
「ダメ元でチーフに提案してみるぅ?」
なかなか大変そうだなと思う。自分のやりたいことだけやりたいようにはいかないのだろう。組織として動く以上は仕方ないという事なのだと感じた。
図らずも暗い話題になってしまった事で、どんよりとした空気になる中、ふと視線を隣に向けると、紫の狐の面の女性が黙々とポテトサラダを食べていた。口元しか表情は見えないが、ひとり幸せそうな様子だ。
「このポテサラ美味しい! バジル風味?」
「はい! バジルと酢多めで味付けしました!」
ユミは紫のお面の女性の問いかけに笑顔で答える。今日のポテトサラダは自信作だ。いつも作る物に少しアレンジをしてみた。バジルソースをアクセントで加えている。喜んでもらえたようで嬉しい。
「この味付け結構好きかも! もりもり食べちゃいそう!」
「ちょっと! 食べ過ぎ! 1人で食べないで! こっちによこせー!」
「先に4等分すべきだったな……」
「無くなったら追加で頼むから食べて大丈夫よぉ」
ポテトサラダが瞬く間に争奪戦になっている。その様子がおかしくて、ユミはクスッと笑ってしまった。
「ユミちゃんの料理食べると元気出るー! 明日からも頑張れそう!」
「こっちの肉巻きもうめぇ! 味噌か! 最高だな!」
「ビールに合う! 最高だよ! ユミちゃん!」
みんな幸せそうに食べている。そんな様子を見るだけでユミとしては満足だ。
と、そこへbarの扉の外に複数の新しい気配を感じた。この気配はプレイヤーだろう。ユミが立ち上がろうとすると、シュンレイに止められてしまったので、ユミはそのまま座った状態で扉の方へ視線を送った。
シュンレイはカウンターの方へ行き、カウンター下から書類を出しているようだ。仕事を受けに来たプレイヤーなのだろうと察する。間もなくしてbarの扉が開くと、プレイヤーが3人入ってきた。Sランクレベルと思われる男性が2人と、Aランクレベルと思われる女性が1人だ。初めて見る顔だったが、シュンレイは彼らの事は知っているような様子だ。3人はシュンレイがいるカウンターへ行き、仕事を貰っていた。
「この店は安泰だねー。良心的なプレイヤーとか、大物プレイヤーしか来ないし。恐ろしいよ」
「ユミちゃん知ってる? 今来た3人組」
ユミは首を横に振る。
「最近伸びてきてるプレイヤー達でね、ちょっと界隈では有名になってるんだよねー。3人パーティで仕事をやるスタンスなんだけど、仕事は凄く丁寧で、達成率も高くて、信頼出来るプレイヤーっていうのかなー。あの女性がパーティリーダーで有能な策士なのよー。あとの男性2人を上手く使ってる感じの戦闘スタイルだったかなー」
「あの3人、前は別の店に仕事貰ってたの見たけど、店変えたのかなー?」
「今は色々な店試してるみたいだよぉ。どこに落ち着くかはまだ分からないけど、店側も取り合うんじゃなぁい? 良いプレイヤーは専属に欲しいでしょ」
仕事の出来が良いと評判になるという事のようだ。評判のいいプレイヤーは店から声が掛かって専属プレイヤーになるという流れなのかもしれないとユミは察する。
「ユミさん、ちょっとこちらへ来られますカ?」
「あ、はい! 行きます!」
シュンレイに呼ばれたため、ユミはお面の人達に軽く会釈をし席を立った。カウンターの方へ向かうと、3人組のプレイヤーとシュンレイが話している。
「こんにちは。えっと……」
ユミはシュンレイの横に立ち挨拶をする。何故呼ばれたのかも分からないので、どうしたらいいのか分からない。そわそわしていると、3人組のプレイヤーのうちの女性がニッコリと笑ってくれた。少し安心する。
「あなたが噂のユミちゃんね。ごめんね、急に呼んじゃって。あなたに会ってみたくて来たの」
「ふぇ!?」
「料理好きの可愛い女の子がいる楽しい店があるよって知り合いに教えもらってね! ついでに仕事も貰えるから、思い切って来てみたのよ」
そんな噂になっていると思うとちょっと恥ずかしい。
「ウチはイチカ。よろしくね!」
そう言ってイチカと名乗った女性はユミに握手を求めるように右手を出した。
「ユミです。イチカさん、よろしくお願いします!」
ユミは笑顔で答え女性の右手を握った。イチカはユミと同じくらいの身長で体格は筋肉質である。日々鍛えているのだろうなというのが分かる。3人とも武器らしい物は今は持っていないようだ。服装は皆、動きやすそうなシャツとズボンだ。見た目に奇抜さは無い。イチカは明るい茶色の長い髪を下ろしている。前髪も長くサイドに分けている。キリッとした印象の女性だ。ユミよりは年上だが20代前半くらいだろうか、アヤメとあまり変わらなさそうな印象だ。
「あら! ユミちゃんはとっても強いのね! 可愛い子が仲介の店で働くと危ないかもってお姉さんは思ってたけど、全く心配なかったみたいね」
「へぇ、君強いんだ」
「あんた達2人よりも遥かに強いわよ」
「そうなのか……」
イチカの背後にいる男性2人に、ユミは興味深そうに見られる。ジロジロと見られると恥ずかしくなってくる。
「2人とも見すぎよ。失礼でしょ!」
「すまんすまん」
「失礼……」
先程お面の人達が話していた通り、女性がパーティのリーダーのようだ。上手くまとめ役になっているのだろうと雰囲気で察する。信頼関係もある、良いパーティなのだろうなと、このやり取りだけでもユミは感じた。
「せっかくなラ、飲んデ食べテ行きますカ?」
「そうね! 人気のおつまみ食べていくわ。フードセット3人前とビール3杯お願い!」
ユミはカウンターの中に入り、ビールを用意する。シュンレイが会計作業を行う間にドリンクの用意を済ませ、ユミは調理に取り掛かった。
「ユミさん目当てのプレイヤーがまた増えましたネ」
「なんかちょっと恥ずかしいです……」
「店としては売上が上がるのデ非常に助かりまス。どんどん売り込んで下さイ」
「ひぇぇ……」
「このまま看板娘として売り込んでしまうのもありかも知れませン……」
チラリと見上げたシュンレイの瞼はうっすらと開いて、金色の瞳が光っている。これはよからぬ事を考えているに違いない。ユミはサッと視線を外し見なかったことにする。
ユミにとって店の手伝いは、自分の見識を広げるための活動だが、店に貢献出来るのであればそれは良かったなと素直に感じる。最初こそ需要がないのではとか、誰とも話せないのではなどと不安に思っていたが、訪れるプレイヤーや関連する人達に気さくに話しかけて貰えたことで、今では良い関係を築くことが出来た。自分の目的は十分に果たせている。
また、自分の作った料理を喜んでもらえるのは嬉しい。達成感もあり、やりがいも感じる。挑戦して本当に良かったなと今では思う。
それからは続々とプレイヤーや仕事に関連する人々がbarに集まりだし、キッチンは大忙しになった。barは一気に賑やかになる。テーブル席は大半が埋まってしまった。笑い声がそこらじゅうから聞こえてくる。活気に溢れており、その様子を感じるだけでもユミは楽しくなる。
人が増えるにつれて、料理や片付けなどに追われ、ユミはてんてこ舞いになる。barの中を忙しく行き来しながら、ユミは集まったプレイヤー達と交流した。
そんな中、ふと腕時計を確認すると、時刻は20時だった。そろそろ来るだろうかと、ユミはbarの扉の向こう側へ意識を向ける。すると予定通り、ドアの向こうに馴染みのある気配が現れた。ユミは準備のためカウンターへと向かった。