6章-3.交流(1) 2022.4.9
今日は野良解放日だ。ユミは気合を入れてbarカウンターの内側に立つ。客が来る前に仕込み作業を行う必要があるため、エプロンを付け調理器具を用意する。barのテーブル席ではシュンレイがいつものように、パイプタバコを吸いながら読書をしている。いつも通り静かで落ち着いた時間だ。
今日のおつまみメニューは、バジル風味のポテトサラダと、味噌味のエリンギの肉巻き、そしてデザートのカフェプリンだ。カフェプリンは前日に仕込み終わっており冷蔵庫で冷えている。既に何件か予約が入っているので、しっかりと準備しなければならない。
静かなbarにユミが作業する音だけが響く。この時間も悪くないなと思う。ユミは淡々と作業を進め、barが開く時間を待った。
「あれ、今日ってシエスタさん来ないんですか?」
いつもであれば、barが開く30分前頃には来るはずだ。今日はいない日なのかもしれない。
「シエスタは今、少しここを離れていまス。西の方に行っているので、半年以上は帰って来ないでしょウ」
「え!? そうだったんですか。半年って結構長いですね」
「えぇ。定期的に個人的な用事があるそうでス」
半年以上も帰ってこないというのは驚きだった。個人的な用事というのは少し気になるが、シエスタが帰ってきたときにでも聞いてみようかなと思う。
しばらく黙々と作業を進め、一通り仕込みは終わった。ポテトサラダは完成、エリンギの肉巻きは焼くだけの状態だ。時刻も17時55分。ちょうどいい。
「今日の予約はどれくらいですカ?」
「えぇと……、12人分は事前に連絡貰ってます」
「相変わらず人気ですネ」
「えへへ。皆に喜んでもらえて嬉しいです。皆さん食いしん坊なんですかね!」
ユミが野良開放日にフードの提供を始めると、次第に人が集まるようになり、最近では予約が入るようになった。品切れで食べられない人が続出したため、予約分は取り置くような仕組みができあがってしまったという経緯だ。
基本的にbarには、情報収集か仕事を貰いに来るプレイヤーしか集まらない物らしい。しかしユミがキッチンにいる日は、プレイヤー以外の調査班等の関連する人々も来る。食べ物に引き寄せられて色々な人が来るようになってしまった。良い事なのかは分からないが、とてもの賑やかになるのでユミとしては嬉しい。
「ユミさんが怪我でキッチンに立てない間は、通夜のようでしタ。皆さん寂しがっていましたかラ」
「あははっ! 通夜って、大げさな。怪我の療養中は沢山の方からメッセージをもらいましたし、心配かけちゃいましたね」
「えぇ」
まだこの時間なら、人は集まらないだろう。ユミは一旦キッチン周りを片付けた。
「シュンレイさん、何か飲みますか?」
「ビールをお願いしまス」
「はーい!」
ユミは慣れた手つきで、冷えたジョッキにビールを注ぐ。自分用には、冷蔵庫で冷えていたオレンジジュースを注ぐ。
「はい! どうぞ!」
「ありがとうございまス。乾杯」
「乾杯!」
シュンレイとグラスを鳴らし、ユミは冷えたオレンジジュースを飲んだ。暫くは休憩になるため、ユミもテーブル席で読書をする。このまったりとした時間もたまらなく好きだ。特に会話は無いが、それぞれが静かに読書をし、ゆっくりと時間を過ごす。
18時半を過ぎた頃だろうか、ドアの向こうに複数人の気配が現れた。ユミは本に栞を挟み立ち上がると、キッチンの前に立った。この気配は引き継ぎのお面の方々だろう。予約では4人分で貰っているので、ユミは早速調理を始める。シュンレイもユミの後からカウンター内に入った。
まもなくしてbarの扉が開くと、予想通りお面の方々がやってきた。それぞれ、赤、紫、オレンジ色のラインが入った狐の面の女性達とひょっとこのお面の男性だ。もはや常連客である。
「こんばんは! 予約したユミちゃんセット4つとハイボール2つとビール2つでお願いしますぅ!」
オレンジ色のラインが入った狐のお面の女性が、シュンレイへ注文し、会計を行う。ユミはその間に、ドリンクを用意し、お面の女性の前のカウンターに置いた。
「ユミちゃん、こんばんはぁ! 今日も皆で来ましたよぉ!」
「えへへ。オレンジさん、いつもありがとうございます!」
ユミは笑顔で答える。お面の方々はプレイヤーではなく調査組織の人達なので、この場で特にシュンレイから仕事を貰うことは無い。故に飲みに来ただけである。ただ、調査を専門としている事もあり持っている情報が多く、よく色々なプレイヤー達と交流している場面を見る。ユミもたまに話に混ぜてもらい、この界隈の様子などを教えて貰っていた。
ユミは出来上がった4人前の料理を大皿に盛り付け、彼らのテーブルへ持っていく。
「もう1品はカフェプリンでデザートなので、後のがいいですか?」
「えっ! プリン! 楽しみですぅ! 確かに後でのが良いので、頃合いを見て取りに行きますよぉ!」
「了解です!」
オレンジのラインが入った狐の面の女性か気さくに答えてくれる。彼らはとてもフレンドリーで話しやすい。彼らのことは、面の特徴で名前を呼ぶことにしていた。レッドさん、パープルさん、オレンジさん、ひょっとこさんとユミは呼ばせてもらっている。
「ユミちゃんも番長も、他にお客さんいないし一緒に飲まなーい?」
赤の狐の面の女性が声をかける。ユミはシュンレイの方へ目をやると、どうやら誘いを受けるようだ。ユミには先にテーブルに座っていろと合図が送られたため、ユミは近くのテーブルから椅子を2つ移動して4人が集まるテーブルに追加した。
シュンレイは新しく入れたビールとオレンジジュースを手にテーブルへやってきた。ユミはオレンジジュースを受け取る。
「今日も一日お疲れー! カンパーイ!」
赤の狐の面の女性の元気な掛け声で、皆でグラスを鳴らした。
「ユミちゃん、復帰おめでとう! やっとユミちゃんがいる日に来られたよー。復帰後は全然予定合わなくて来られなくてさー。ユミちゃんいなくて寂しかったー」
「えへへ。ご心配お掛けしました」
「酷い怪我だったんだろ? アヤメちゃんも凄い元気なくてよぉ。本当に心配したんだよ」
「アヤメちゃん、ずっとユミちゃんユミちゃん言ってたよね。やけ酒しようとするから止めるの大変でさー」
「え゛……。そんな事が!?」
アヤメがやけ酒しようとするなんて意外だ。それぐらいアヤメにも心配をかけてしまったという事だろう。
「その節はご迷惑をお掛けしましタ」
「いえいえー! 我々は全然迷惑だなんて思ってないから。アヤメちゃんがあんなに落ち込む姿は初めて見たよー」
「ユミちゃんロスで凄かったよねぇー」
「という事ですのデ、ユミさん。今後ケガしないようにお願いしまス。ユミさんがダウンすると、アヤメさんがポンコツになってしまいまス」
「は、はい!」
確かに、もし逆の立場だったらと考えると、分からなくもないなと思う。アヤメが酷い怪我で動けなくなってしまったら、気が気ではなくなり、自分もポンコツになるだろうと思う。
「そうそう。アヤメちゃんと言えばぁ、アヤメちゃんのお兄さんのカズラの動きが怪しいんですよねぇ。番長もこの辺の情報集めてましたよねぇ?」
「えぇ。注視していまス」
オレンジの狐のお面の女性は、何かを細かく思い出すように額に手を当てている。
「ラックがいる大規模組織にねぇ。頻繁に出入りしてるんですよぉ。ガードが厳しくて興味本位で深入りは出来なかったんだけどぉ。ちょっとカズラの人間的なオーラが変わった気がするんですよねぇ。上手く言えないんだけどぉ、ちょっと変な感じしたんだよぉ。後をつけたんだけど撒かれちゃうしさぁ」
「え、先輩が撒かれたん!? ヤバくない?」
「そぅ……」
オレンジの狐の面の女性は、この4人の中では1番先輩にあたるらしく、隠密の腕はかなりのものと聞いている。この人の追跡を撒くためには高度な技術が必要になるそうだ。
「カズラは別にラックに使われてる様な様子では無いんだよねぇ。一緒にいるところを見るとぉ、上下の立場はあるものの仲間意識があるようにも見えたかなぁ。そこが手を組んでたら厄介だよねぇ。もう少し調べようかなぁ……」
「危険なのデ、仕事でないならバ、手を引いた方がいいでしょウ。ラックとカズラが手を組んだ可能性があルという情報だけでも十分価値がありまス。ありがとうございまス」
シュンレイはビールを飲みながら何か思考しているようだ。
カズラはアヤメの兄だが、アヤメの話だと、兄妹仲はとても悪いらしい。シュンレイの店に所属する前、野良プレイヤーだった頃はよくカズラに暗殺されかけたとアヤメから聞いた。最近では、狂操家の次期当主争いに巻き込まれて散々な目にあっているとアヤメは嘆いていた。
本日もどうやらアヤメは実家で次期当主についての話し合いらしい。そちらも色々と揉めていて大変だと聞いている。今日もきっと疲れて帰って来るに違いない。帰りにここへ寄ってくれたら精いっぱい元気が出るようにおもてなしをしようと思うのだった。