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6章-2.卒業(1) 2022.3.17

 3月の半ば。午前9時過ぎ。桜が咲き春の風が吹き抜ける川沿いの道を歩く。ポカポカと春の日差しが降り注ぐ。風が吹く度に桜の花びらがヒラヒラと舞う。隣を歩くアヤメの頭に桜の花びらが乗っている。ユミはスマートフォンを取りだし、そんなアヤメの写真を撮った。


「え?」


 アヤメはびっくりしたような顔をしている。いきなり写真を撮ったら誰だってびっくりするだろうなとは思う。ユミは撮った写真をアヤメに見せた。


「えへへ。花びらが頭に乗ってて可愛くてつい」

「もぅ! びっくりしたじゃん! せっかくなら桜を背景に一緒に自撮りしようよ!」

「はい! 是非!」


 ユミはインカメラに設定し、スマートフォンのカメラの角度を器用に調整する。背景に桜が入るように微調整を行った。


「ユミちゃんは腕が長いから自撮り棒とかいらないね! 綺麗に撮れそう!」

「えへへ。いい感じに背景も入りそうです!」


 カシャリと何枚か写真を撮った。アヤメはへにゃっと笑っている。春らしい可愛い写真が撮れた。


「写真送って!」

「はい! 送ります!」


 ユミは今撮った写真をアヤメに送った。アヤメは喜んでいるようだ。写真を見てニコニコしている。


「この辺って、昔ユミちゃんが住んでた所なんだっけ?」

「はい。この道も小学生の時の通学路なので良く通ってました」


 ユミは周囲を見回す。何も変わっていない。記憶通りの景色に落ち着くと同時に、何とも表現のしようのない心のざわつきを感じる。


 そう、ここは過去の場所だ。昔に自分がいた場所。今の自分の場所ではない。

 過ぎ去った場所という位置付けに、きっと心が苦しくなったのだろう。何も感じないわけが無い。完全に忘れることなどできるはずがないのだから。

 そんな感情も、ユミは大事に受け止める。いつかはただ懐かしい場所として、思い出せる日が来るかもしれないと想像しながら。


 今日はこれから仕事だ。ラックに受けた傷はすっかり良くなり、仕事に完全復帰している。癒し効果のある鼻歌を奏でる事が出来るようになった事で、順調に回復できたようだ。フクジュもその回復力に驚いていた。あくまで鼻歌の効果は、自身の回復力の効率を高めるという効果なので、ゲームであるような回復魔法のようにはいかない。ただユミの場合、回復力のポテンシャルが非常に高いため、鼻歌の効果はより一層あったようだ。あっという間に回復し、リハビリも終え、2月半ばには復帰出来ていた。


 この道を進みしばらく行った所に本日の目的の場所がある。こんな何の特徴もない住宅街に目的地があるのは珍しいなと感じる。相変わらずSSランクの仕事なので、確実にプレイヤーが相手になる。アヤメと一緒なら不安などないが、事前の情報だと少し厄介そうだ。気をつけていかなければならないだろう。


「後15分くらい歩くんだっけ?」

「はい。そうですね。15分くらい歩けば着きます。この辺りまでくると、自家用車を持っている戸建ての家ばかりなので、通ってるバスも少なくて……。結局歩いた方が早いです」

「成程ねー。桜も見られたし、お散歩してる感じだから全然いいけどねっ!」


 確かにアヤメとまったりお散歩できたと思えば、長距離を歩くのも悪くない。


「じゃぁ、時間もあるし、尋問を開始しようかな」

「ふぇ?」


 アヤメはニヤリと笑ってユミを見ている。とても嫌な予感がする。


「師匠に報告する義務があるよね? ユミちゃん?」

「えっと……」

「その、右手の薬指の指輪。私が気がついてないとでも?」

「うっ……」


 ユミの右手の薬指にはシンプルな指輪がはめられている。ユミは咄嗟に隠したが完全に手遅れだ。アヤメはニヤニヤと笑いながらユミの顔を覗き込んでいる。


「ユミちゃん。観念しなさい!」

「うぅぅ」


 アヤメの圧が凄い。これは躱せないだろう。


「いつ、ザンゾーにもらったのかな?」

「えっと……。2月半ばの仕事復帰した日です……」

「渡された時は、なんて言われたの?」

「男避けにつけろって……」

「ペアリング?」

「はい……。そうみたいです……」

「ふぅーん。よく見せて」


 ユミは観念し、隠していた右手をアヤメの前に出す。アヤメはよく観察しているようだった。


「さすがザンゾー。独占欲強すぎ。まぁ、ユミちゃんが可愛いからね。気持ちは分からなくもないけど。しかも、サイズピッタリとか怖いなぁ」


 恥ずかしくて死にそうだ。また顔が赤くなっていそうで嫌になる。


「良いじゃん! 大事にされてるね!」

「はい……」


 アヤメはニコニコと笑う。アヤメの尋問には敵わない。なんでも答えてしまいそうだ。


「で。ユミちゃんからは何か贈り物でもしたのかな?」

「……」

「目が泳いでいる……。これはあげてるな。何をあげたのかなー?」

「うぅぅ」

「ほら! 教えて!」

「えっと……。香水を……」


 アヤメは満足そうににっこりと笑う。


「私ばっかり……。アヤメさんも何か教えてください!」

「えー。何も無いよー」


 ユミは頬を膨らませる。自分ばかり言わされていては不公平だ。ユミもアヤメの話を聞きたい。


「あ。ほら。もう目的地に着くよ!」

「え? むぅ……」


 アヤメの言う通り、目的地付近だ。さすがにお喋りはここでお終いになる。結局躱されてしまった。


「話の続きはまた今度ね。拗ねないで」


 アヤメはにっこりと笑って言う。ユミは仕方なく頷いた。また今度、じっくりと聞かせてもらおうと思う。

 今は仕事に集中だ。ユミは気持ちを切り替え、対象地域へと意識を集中した。

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