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6章-1.後日(6) 2022.1.21

「ザンゾー。私の話聞いてもらっていいかな?」

「……」


 返事は無い。承諾したものとしてユミは話始めることに決めた。

 今しっかりと伝えなければならないと、そう感じたため、例え拒否されたとしても止めるつもりは無い。


「今までザンゾーのせいで沢山嫌なことがあったし酷い目にあったし傷つけられた。殺したいほど憎んでた。それは事実。でもね、今はそんな気持ち私にはどこにもない。なんでか分かる?」

「……」


 ザンゾーは何も答えない。黙ったままだ。ユミはそれでも話を続ける。


「それはね、それ以上に沢山助けてくれたからかな。困ってる時、苦しい時、私じゃどうにも出来ないことを解決してくれた。どういうつもりでそういう事をしたのか私には分からない。下心とか計算なのかもしれない。でも私はそれが凄くありがたいと感じて受け取っていたのも事実なんだよ」


 ザンゾーはピタリと歩みを止めた。ユミはそこで初めて振り返りザンゾーの顔を見る。やはり複雑そうな顔をしていた。ポーカーフェイスが崩れてしまっている。ユミは微笑む。ザンゾーに安心して欲しいなと思ったからだ。

 そしてユミはザンゾーの目を真っ直ぐに見た。やはり、ザンゾーの目には少し恐怖があるように見える。しかし、ザンゾーは目をそらすことはしなかった。だからユミは一呼吸置いて言葉を続けた。


「だからね。ザンゾー。過去の事……。私は全部許すよ」


 その瞬間。ザンゾーは目を見開いた。


「ユミ……。待て……。ダメだ。許しちゃぁダメだ……。許して良い事じゃぁない……」


 ザンゾーの声は少し震えているのだろうか。こんなに動揺している姿は初めて見る。

 他人の心に触れるのは恐ろしい事だ。ザンゾーでも恐怖を感じるのだなと察する。


「ザンゾー。顔をもっと良く見せて欲しいな」

 

 ユミがそう言うと、ザンゾーは車椅子の真横でしゃがんでくれた。ようやくザンゾーの顔が良く見える。手を伸ばせば届く距離だ。


「許すべきかどうか。それで言ったらザンゾーの言う通り許すべきじゃないんだろうなって確かに思う。だけど……。私がザンゾーを許したい。そう思うから。だから受け入れて欲しい」

「……」


 ザンゾーは何も言わない。言えないのかもしれない。ただ、やはりユミから目をそらすことはしなかった。


「ザンゾーは私の事好き?」

「あぁ」

「どれくらい?」

「ユミのためなら死んでもいい」

「あははっ。もう……。死なれたら困るんだけどな……」


 その言葉には、全く嘘がない事を知っている。ラックに捕まった時、本当にザンゾーはユミを助けるために死のうとしたのだから。疑いようがない。

 ユミは手を伸ばしてザンゾーの頬に触れる。そして優しく微笑んだ。何でこんなにもザンゾーは不安そうな顔をしているのか。そんな顔をしないで欲しい。


「私もね。ザンゾーの事……。好きだよ」

「……」


 ザンゾーは困惑しているのか何も言わない。ちゃんと答えて欲しいのだが、仕方ないなと思う。


「あははっ! 両思いだ!」


 ユミは笑ってみせる。こんなに喜ばしいことなのにザンゾーはニコリともしない。全く何を考えているのだろうか。頭が良いくせに、こういう時は頭が回って無さそうだ。


 ユミはゆっくりと呼吸する。そして静かに続けた。


「だからさ……。ザンゾー。私と付き合って欲しい」


 ユミは真っ直ぐザンゾーの目を見て伝えた。


 これは、ずっとずっと悩んできた事だ。

 自分の気持ちと向き合ってきた。

 よく分からなくなってどうしようもなく泣きたくなる日もあった。

 悩んで悩んで悩んだ結果だ。

 正真正銘、これが自分の望みだった。


 気がついたらザンゾーの事は許していた。

 ザンゾーの事が好きになっていた。

 だからもう、歪な関係は終わらせたかった。

 好意を素直に受け止めて感謝して、愛情で返したいと思った。

 

 またしてもザンゾーは目を見開いたまま何も言わない。全くもって困った人だ。せっかくの自分の覚悟と言葉を何だと思っているんだ。


「ねぇ。聞いてるんだけど? ダメなの?」


 ユミは少し拗ねて問いかける。

 するとザンゾーはやっと本調子に戻ったようで、呆れたように笑った。


「ダメな訳あるか」


 途端にザンゾーに勢い良く抱きしめられてしまった。


「いつもは憎たらしいくらい自信満々で余裕そうなのに……」

「うるせぇ」


 ユミはザンゾーの背中に腕を回す。温かいなと思う。


「俺が悪いヤツだったらどうするんだ……。今だって騙しているかもしれない」

「うーん……。ザンゾーになら騙されてもいいかなって」

「あぁクソ。勝てねぇわ。一生大事にする」

「あははっ! 重すぎ。でもありがと」


 ザンゾーが言うように、今までの全てが演技で騙しているのかもしれない。その可能性は今後も一生消えることは無い。ザンゾーは策士だ。いくらでも仕事で他人を騙したりしてきただろう。だが、ユミは信じたいと思った。騙されてもいいと思えるくらいに。自分に向けられる表情や態度、言葉がどうしても嘘には聞こえなかった。信じたいと思えるくらいには人間的で自分の心に響いてきた。

 自分の直感だけで許して信じてしまうなんて愚かかもしれない。ただ、そんな愚かな自分こそ自分だと思う。愚かでも自分を信じて突き進むのが私らしい。ここで疑って諦めるなどしてしまえば、自分を好きにはなれない。そんな生き方はしたくない。そう思った。


「そろそろ帰らないとな。フクジュに怒られる」

「うん」


 ザンゾーは再びユミの車椅子をゆっくりと押す。気がつけば太陽は傾き始めており、もうすぐ夕暮れだ。一日が終わってしまう。

 ユミは庭園の風景を目に焼き付ける。また季節が変わったら、ザンゾーと一緒に来られたらいいなと感じる。


 ゆったりと他愛のない会話をしながら、ユミ達は地下鉄を乗り継ぎ、家へと帰って行った。

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