6章-1.後日(4) 2022.1.21
地下鉄を降り着いた先は、見知らぬ場所だった。初めて訪れる場所である。
ユミは興味津々で周囲を見回した。ここにザンゾーおすすめの海鮮丼のお店があると思うと、途端にわくわくしてくる。
「初めてか?」
ユミの様子を見てザンゾーが問いかける。ユミはこくりと頷いた。
「海鮮を楽しむならここだぁよ。ぼったくりの店もたまにあるが、安くて美味い店が多いからな。市場が移動する前は場内とかもっと色々あったんだが……」
ザンゾーは色々と詳しいようだ。これは食べ歩いている人間に違いない。ユミを監視している時は食事は適当に済ませると言っていたため、食に興味が無いのかと思っていたが、実はそうでもないようだ。
「場所の名前は知ってたけど、来たのは初めて。外国人観光客が沢山いるね」
「あぁ。完全に観光地だな」
車椅子の移動は少し困難かと思われたが、ザンゾーは器用にすいすい進んでいく。そして1件の店にたどり着いた。少し並ぶようだったが間もなくして入店できた。
ユミはメニューを見せてもらう。どれも美味しそうで迷う。
「オススメはこれだぁよ」
ザンゾーはメニューにある最も豪華な海鮮丼を指さす。マグロ、エビ、ホタテ、ウニ、イクラ、ネギトロ、その他色々これでもかと言う程海の幸が乗っている。当然の事ながらお値段も凄まじい。
「あぁ? 値段気にしてんのかぁ? 俺がどんだけ稼いでると思ってるんだぁよ。好きなだけ食えや」
確かにそれもそうだ。ザンゾーがどれ程稼いでいるか怖くて聞けないが、相当金持ちなのは間違いない。ここは遠慮なんてすべきではないだろう。
「えへへ。じゃぁお言葉に甘えて、オススメの海鮮丼食べるっ!!」
「おぅ」
ユミのオーダーを聞いてザンゾーは満足そうだ。ザンゾーは豪華な海鮮丼を2つ注文した。
ユミはワクワクしながら料理が運ばれてくるのを待つ。既に笑みがこぼれてしまい、止まらない。鼻歌まで漏れてきた。
「ユミ。その鼻歌、幻術混ざってんぞ」
「ふぇ?」
「これはあれだな。快楽系だな。色で言えば黄色と緑あたりか。害は無いから良いが……。周りの人間皆元気になっちまうかもな」
ユミはびっくりして固まる。そんなつもりは一切無かったが、ザンゾーが言うのだから間違いないのだろう。
「ギフトか……」
「ギフト?」
ザンゾーは何か考えているようだ。左手の親指の爪噛んでいるのできっと難しい事を考えているに違いない。
「いや、ラックが言っていたやつだぁよ。親しい人間の臓器を食らうと、その人間の特殊能力を奪えるってやつだ」
ユミはハッとする。ユミがラックに捕まっていた時、ラックはサヨという呪詛師の少女の心臓を食べたことで、呪詛師の能力を得たと確かに言っていた。実際に、鈴の音で化け物を操っていたようだった。
という事は、急に何気ない鼻歌にも幻術が混ざるようになったのは、ユミが食べた臓器によってギフトを得たためとザンゾーは考えたのだろうと思う。そして親しい人間の臓器で思い当たるのは母親の心臓だ。
「あ……。ラックが私のお母さんはリツメイケ? の娘って言ってた……。解毒する時に食べたからかな……?」
「その可能性は大きいな。というか、やっぱり律鳴家か。成程な」
ザンゾーは再び考え込んでしまった。完全な解毒を行う際に、ユミは母親の心臓を食べている。ギフトを貰える条件は、その心臓の持ち主から愛されていたかどうかだったはずだ。臓器を食べた瞬間に流れ込んできた母との思い出やメッセージを考えれば、母からの愛情は間違いない物と自分でも思える。ラックが話した内容が全て真実であれば、その時に母親の特殊能力を貰っていてもおかしくは無い。
「ユミ。もしかすると、その鼻歌で傷の回復を早められるかもしれねぇぞ」
「え? そんな事できるの?」
「律鳴家には癒しを得意とした人間がいる。特殊な声と旋律で体の調子を整えて免疫力や回復力を高めるなんて事ができるらしい」
「凄い……」
それが可能なら、この缶詰生活の終わりが早まるはずだ。ザンゾーに迷惑をかける期間も減らせるだろう。ただ、どうすればいいのかは分からない。
「ザンゾーって律鳴家について色々知ってるの?」
「そうだぁね。知ってるって言えるほどではねぇな。同じ幻術系の家だから、多少の興味があって調べた位か。律鳴家だと、SS+ランクプレイヤーのフィーネが有名だな。ユミの親戚かもな」
「親戚!!」
今まで会ったことも無い親戚の存在に少しドキッとする。一体どんな人だろうか。会ってみたさはあるが、歓迎されない可能性もあると思うと少し怖い。
「プレイヤーをやっていれば、いつかは会えるだろう。ただ、律鳴家はあまり戦闘には出向いてこねぇからな。偶然会うのは難しいかもしれねぇ。律鳴家は、基本的には温厚な家だ。喧嘩さえ売らなければ問題ないっつー印象だぁね。それにしても良くもまぁ、こんなとんでもねぇ情報を隠しきったもんだ。番長が絡んでんのかぁ?」
「シュンレイさんは、私が20歳になったら両親の事を話してくれるって」
「かははっ! それ番長が話ながら一緒に酒飲みてぇだけだろぉ! 真意は知らねぇが、今はまだ伝えるべきじゃねぇ事が色々あるのかもしれねぇな」
しばらくザンゾーと話していると、ついにお待ちかねの海鮮丼が運ばれてきた。店員が丁寧にユミとザンゾーの前に海鮮丼を置く。海鮮丼には、メニューの写真以上にこぼれ落ちそうな程、沢山海の幸が乗っている。豪華すぎてまるで後光がさしているかのように見える。
「いただきます!」
ユミは元気に挨拶をして食べ始めた。
どのネタも新鮮で美味しい。1度にこんなに沢山の種類を食べられるのも幸せである。普段はスーパーのお刺身が限界だ。それなりに良さそうなお刺身を買ったとしても、やはり全然違うと思ってしまう。
「美味いか?」
「うん! 凄く美味しい!」
美味しい物はやはり人を幸せにする。無限に食べられそうだ。
「本当に美味そうに食ってらぁ」
ザンゾーは満足そうだ。ユミの様子を見てニヤニヤと笑っている。よく分からないが楽しそうなので、いつも通り放っておこうと思う。
ユミは、あっという間に海鮮丼をペロリと食べてしまった。よく味わってゆっくり食べたつもりだったが、もう無くなってしまったという気持ちでいっぱいになる。お腹は確かに満たされたが、切ない気持ちになる。
「そんなに美味かったのか。また食いに来るか」
「うん!」
またザンゾーと海鮮丼を食べに来たいなと思う。また連れてきてもらおう。ザンゾーは他にも美味しい店を沢山知っているかもしれない。是非とも制覇したい気持ちだ。
勿論ザンゾーが知っているお店も気になるが、一緒にお店を開拓していくのも良いかもしれない。そんな事を考えると、ついつい笑みが零れてしまった。