6章-1.後日(2) 2022.1.21
ユミ達は展示の順路表示の通りに、ゆっくりと進む。
一体どんな魚達に会えるのだろうか。自分には海の生き物についての知識はあまり無い。魚とか蟹とか蛸とか。その程度の予備知識しかないのが悔やまれる。むしろ食べ物としての知識しかない事に気が付き少し恥ずかしくなった。
暗いトンネルの中は、少しひんやりとした空気感で、まっすぐな通路が続いていた。足元にある控え目なブルーのライトが道を教えてくれる。
そのままトンネルを進むと、ついに開けた空間に出た。するとその瞬間、ユミの目の前一面に、ダイナミックな水槽が現れた。
「わぁぁ!」
思わず声が漏れる。高い天井いっぱいまである大きな大きな水槽だ。その大迫力の水槽にはたくさんの魚達が自由に泳いでいた。鮫やマンタ、群れを成す小魚たち。
ごつごつとした岩にはカラフルな海藻類。イソギンチャクがふわふわと揺れている。ずっと奥まで続いているかのような、まるで無限に広がっているかのように見える水槽だ。
「ザンゾー。凄いね……。まるで海の中にいるみたい」
「あぁ。そうだな」
ザンゾーも興味深そうに巨大な水槽を見ていた。一緒に楽しむことが出来て良かったなと思う。
次に向かった先にあったのは、様々な種類の水槽がたくさん並んでいる展示空間だった。それぞれの水槽にはテーマがあるようだ。展示されている生物の特性に合わせて水槽の設えが異なっており、どこにその生き物がいるのかを探すのも面白い。
また、水槽の横にある説明が書かれたプレートに目を通すのも楽しかった。ユミはひとつずつ丁寧に内容を読み進めていく。
自由に泳ぐ生き物達を見上げていると、なんだか本当に深海に来たかのような気分になる。水槽の上部から降り注ぐ柔らかい光が水底で揺れている様子もなんだか癒される。
小さい頃に見て感じた水族館の景色とは全く別の世界に思えた。
「チンアナゴ!」
ユミは進行方向の通路の中央、小さな展示水槽にチンアナゴがいるのを見つけ、思わず声を上げた。
この生き物は知っている。早く近くで観察したくて、うずうずしていると、ザンゾーは少し呆れながらもゆっくりと車いすを水槽の近くまで押していってくれた。
ユミはチンアナゴがいる水槽を凝視する。よくキャラクターやぬいぐるみになっている事でその存在は知っていたが、初めて実物を見る。オレンジと白の縞々の模様以外にも白黒の水玉模様のような柄の子もいるようだ。白い砂からにょきにょきと生えている様子が可愛らしい。
「オレンジの縞々の方はニシキアナゴらしいぞ」
「え? 全部チンアナゴじゃないの?」
水槽の台座に取り付けられていたプレートに書かれた説明を見ると、確かにザンゾーが言う通り、チンアナゴは白黒の水玉模様の子だけらしい。
「なんかよく分からないけど、可愛い。どうやって砂から生えてるのかなぁ……?」
「水の勢いで流されないようにって考えると結構深くまで刺さってるかもな」
「確かに……」
そもそもなぜ砂に刺さっているのかも知らない。よくわかないが可愛いので良しとする。
チンアナゴに別れを告げたユミ達は、再び周囲の水槽をゆっくりと見ながら進んでいく。
海藻類やサンゴ等できれいに装飾された水槽を見るだけでも楽しい。ゆったりと水の流れに身を任せて揺れている様子が何となく良いのだろうなと感じる。
「わぁ! クラゲのトンネル!! 凄い凄い!」
ユミは前方の展示を見て、思わずはしゃいでしまう。進行方向に見えてきたのはアーチ状のトンネル型の水槽だ。そこにはクラゲがたくさん泳いでいた。
「確かにこれはすげぇな」
ふよふよと泳いでいるクラゲはそれだけで癒される。3時間ぐらいクラゲになりたい気分だ。
「クラゲって脳みそ無いらしいぞ」
「え。なんか親近感……」
「かははっ! 仲良くなれそうだな」
「え、でも、クラゲ泳いでるよ?」
「脳が無くても泳ぐ事はできるようだが、基本流されているだけらしいな。水流がないと水底に沈むってよ。しかもあまり泳ぐと疲れて死ぬらしい」
「なんかよく分からないけど凄い! その生き方斬新!」
海の生き物は不思議だなと思う。生き物の知識を得ながら見るとまた違った見え方になる。
初めて見るものに感動しながら好奇心だけで進んでいた幼い頃も、それはそれでよかったと思う。その時の感動は今でも何となく覚えている。
しかし、こうやってゆっくりと細かい色や動きを見て新しい感動を探すのも凄く良いなと感じた。
***
上階のフロアへ移動すると、次は水辺の生き物が展示されていた。浅瀬に住む生き物達だ。全体的に明るく、黄緑色でジャングルの中に入ってしまったような気分だ。魚だけでなく爬虫類や両生類の展示もある。
それらを観察して思うのは、思ったより動物というのは大きいという事だ。展示の生き物達と完全に仕切られている訳ではないため、近くで見ることが出来、サイズ感に驚かされる。また、カラフルな魚と水辺の植物がとても綺麗だ。
先ほどのフロアが深海で青々として落ち着いていたのに対し、こちらは緑一色といった雰囲気だ。水が流れる音もあるため、少し楽しい気持ちになる。
「カラフルなカエルだね。なんか明らかに怖い」
「その反応は正しいな。まさに警戒色って言うからな。こうやって自分の毒という武器を明確に表示することで戦いを避けている」
「なんか、プレイヤーが奇抜な格好するのと似てるね」
「そうだぁね。同じようなことをしているな。逆に保護色なんてのもあって、周囲の色に同化して身を隠すと。生き物は頭が良いな」
「成程。視覚的な情報ってやっぱり大事なんだね」
「あぁ。目から入る情報は大きいからな」
生き物から学ぶことは多いなと思う。世の中には全く無駄な知識などないのだろう。こうやって日常で得た知識の積み重ねが自分が生きるのに役に立っていくのかもしれない。だから、日頃からシュンレイに本を読めと言われているのだろうなと改めて思う。
一通りこのフロアを見終わると、順路は入口のあった下の階に戻るようだった。エレベーターを使い降りていくと、順路が示す先は完全に屋外に出るようだ。建物の屋上に展示がされているらしい。
扉から出ると、再び青空が広がる。そして水の音と生き物の気配と臭い。何が待っているのだろうか。ザンゾーはゆっくりと進んでいく。通路を進むと開けた場所へたどり着いた。
「え!? なにこれ!! 凄い! 凄いよザンゾー!!」
目に飛び込んできた展示にユミは興奮する。
「わぁかったから。あまり動くなって。傷が開くぞ」
「アシカがビューンって! なにこれっ!!」
「聞いちゃいねぇ……」
頭上にレール状の水槽が展示されており、アシカが自由に泳いでいた。勢いよく泳いで通り過ぎていく様子も感動するうえ、泳ぐ姿を下から見上げるのも面白い。
「この水族館は屋外の屋上が見どころかもな」
「そうなんだ! 面白い!! こんなに早く泳ぐんだぁ」
アシカのスピードは思った以上に早かった。迫力もあってとても見ごたえがある。アシカたちが泳ぐ姿を見ながらさらに奥へ進むとカワウソの展示があった。
「か、可愛い……」
つぶらな瞳に小さい手足。たまらなく可愛い。可愛いものには癒される。ユミはここぞとばかりに写真を撮りまくる。
「ユミ。こっち向いてみろ」
ザンゾーに呼ばれて顔を向けるとスマートフォンを構えていた。カワウソと写真を撮ってくれるのだろうか。ユミはピースサインで笑顔を向ける。
「おぅ。可愛いな」
ザンゾーは写真を撮ってくれた。その写真を送ってもらうと、そこには、カメラ目線のカワウソもいる。凄く可愛い写真だった。
そして、さらに進んでいくと、大きくてダイナミックな水槽が目の前に現れた。
「嘘! なにこれ! ペンギンが空飛んでるよ!!!」
「いい反応だぁね。連れてきた甲斐があるな」
「都会の空を飛んでる! 可愛い! 凄い! ヤバイ!」
「語彙力なさすぎだろぉ」
覆いかぶさるような特殊な形状をした水槽にはペンギンが泳いでいた。背景の都会のビルと合わさって、まるで空を飛ぶペンギンだ。
右から左へ、左から右へとペンギンたちは自由に泳いでいる。すごく楽しそうだ。この都会の空をこんな風に動き回れたら楽しいだろうなと思う。
たまにユミの目線まで来て停滞するペンギンもいる。ペンギンもユミの事を見ているのだろうか。きょとんとした顔をしている気がする。それもなんだか愛らしくて心が弾む。
一通り写真も撮りまくり、ユミは満足した。こんな楽しいところへ連れてきてくれたザンゾーには感謝しかない。
「最後にお土産見てくか」
「うん!」
ショップエリアをぐるっと回る。平日のおかげで人が少なく、車椅子でもゆっくり見て回ることが出来る。いろいろな動物の形を模したお菓子や、イラストの描かれた文房具など様々なグッツがある。
でもやはりここはぬいぐるみだろうか。どれも可愛い。ふわふわで癒される。ユミはカワウソとペンギンとチンアナゴのぬいぐるみを手に取った。どれか買って行こうかと迷う。触り心地は合格だ。ふかふか度も申し分ない。サイズ感も良し。あとは好みだ。
「むむむ……」
悩ましい。どの子をお迎えするか迷ってしまう。
「迷うなら全部買えや」
「え?」
ザンゾーはそう言ってユミからぬいぐるみを取り上げ、レジに向かう。そしてさっさと会計してしまった。
「ほらよ。抱っこしてろ」
「えっと。ありがとう」
「あぁ」
ぬいぐるみを買ってもらってしまった。しかも3つ。シールを貼ってもらっただけで、袋には入れていないので、ユミはぬいぐるみを3つともそのまま抱っこすることになる。
ちょっと恥ずかしい。だが、ふかふかのぬいぐるみを抱っこすると落ち着くため、そのままでもいいかもしれない。ユミは笑顔でぬいぐるみ達を抱きしめた。