6章-1.後日(1) 2022.1.21
今回の呪詛師への報復の成果としては十分なものだった。目的の呪詛師の殲滅、及び関連する人間と化け物を処理できた。ラックのみ取り逃した形ではあるが、最初からラックの処理は見込んでいなかった為問題は無いそうだ。
また、被害状況としても、ユミとモミジとワサビの負傷のみで死者は無く、難易度を考えれば、作戦全体としては非常に優秀な成果だといえるそうだ。後の調査でも、取り零しは一切なかったとの事だ。皆それぞれしっかりと仕事をこなした事が分かる。
そんな事後の報告をユミはシュンレイから電話で受けた。ラックによって作戦はかなりかき乱されたものの、必要な成果は上げることができたようで安心する。
通話が終わるとユミはスマートフォンを枕元に置き息を吐いた。
現在、ユミは自室のベッドに寝かされている。絶対に安静にしろとキツく言われていた。部屋にはザンゾーがおり、常に監視されている。少しでも無理しようものなら怒られる。
「ザンゾー。寝てるだけじゃつまんないよ」
「ダメだ。絶対安静ってフクジュに言われただろぉ。許可が出るまで動くのは禁止だぁよ」
「むぅ……」
報復を行った日から1週間も経つのに、なかなか復帰させて貰えない。当然仕事もやらせて貰えない。許可が出たのは勉強と読書のみだ。たまにアヤメがお見舞いに来ておしゃべり出来るが、ユミの体調を気遣ってか、アヤメはさっさと帰ってしまう。
「幻術で痛みを麻痺させているから元気なだけだろぉ。無理するつもりなら幻術解くぞ」
「うっ……」
「頼むから大人しくしててくれや。いくら回復力があって動けても、受けた傷が酷すぎる。本来動いていい状態じゃぁねぇんだよ」
「むぅ……」
取り付く島も無い。ザンゾーは私服姿で眼鏡をかけ、黙々と事務仕事をしているようだ。邪魔する訳にもいかないので大人しくする。
普段から体を動かしたり外出を頻繁にするユミにとって、部屋に篭もるのはなかなかに厳しい。呪詛のせいなのか、動いてはいけないような怪我であっても動けてしまうらしい。それが療養時には逆に問題という事で、怪我がある程度治るまでは常に監視されることになってしまった。誤って過度に動いてしまうと傷が開く可能性が高く、もしもの時に1人にさせる訳にはいかないというフクジュの判断だった。
「しょんぼりすんなや」
「だってぇ……」
「しゃぁねぇな」
ザンゾーはそう言ってスマートフォンを取りだし電話をかけ始めた。
「あー。フクジュ。ユミが限界だ。外出していいか? あぁ。分かった。頼むわ」
どうやらフクジュに確認しているようだ。しばらく話した後ザンゾーは通話を終えた。
「半日のみ。車椅子での移動のみ。この条件でなら許可が出た」
「本当!? やったぁ!!!」
「勢いよく動くな! どんだけ重症か分かってねぇのかっ!」
ユミは笑顔で起き上がる。
そうと決まればさっさと着替えて準備をしなければならない。ユミは鼻歌を歌いながら支度をする。
顔を洗って髪を整えて、お出かけ用の服に着替えなければ。持ち物の準備も大事だ。スマートフォンにお財布に、交通ICカード。忘れ物が無いようにしっかりと確認しよう。
外はやはり寒いだろうか。全く外出していないため感覚が分からない。もこもこのセーターが良いだろうか。だが、せっかくの外出なのだから可愛い服を着たいなと思う。
しばらくすると、フクジュがユミの家まで車椅子を持ってきてくれた。折りたたみ式の簡易な物だった。
「ユミさん。絶対に無理したらいけませんからね。自分で車椅子を動かすのもいけません。分かりましたか?」
フクジュの顔は真剣だ。無理をしたら本当に怒られそうである。ユミは深く頷いた。
「18時までにはちゃんと帰ってきてください」
「はい! 分かりました!」
ユミはにっこりとして答える。楽しみで楽しみで仕方ない。思わず笑みがこぼれてしまう。
そんなユミを見てフクジュは呆れたように笑っていた。
ユミはザンゾーとフクジュによって、丁寧に車椅子に乗せられる。ここまで過保護にしなくてもと思うが、それほどまでに重症なのだろう。自分では感覚が麻痺しているため実感がない。ユミは大人しく従う。ここで何かを言って外出許可を取り消されたら大変だ。言われた通り極力動かずに、ザンゾーとフクジュに任せる。
車椅子はどうやらザンゾーが押してくれるようだ。玄関の戸締りをして、出発となった。
「行きたいところはあるのか?」
「うーん。特にどこっていうのは無いかな……。なんか、外を散歩できるだけでも嬉しいって言うか。えへへ。外の空気吸えるだけでも楽しい!」
「そうか」
外に出ることができただけでもかなり嬉しい。1週間の缶詰は苦痛だった。さらにベッドに寝かされ続けて家事すらやらせてもらえないのだ。この解放感だけでも十分感動ものだ。ザンゾーは歩きながらしばらく考えていたが、ゆっくりと口を開いた。
「せっかくならデートするかぁ?」
「ふぇっ!? デート!?」
「かははっ! 可愛い反応するじゃぁねぇか」
「うっ……。デートくらい別に……」
「あぁ? 他の男とデートしたのかぁ?」
「した事ないよ!!!」
「かははっ!」
「むぅ……」
完全にからかわれている気がする。
悔しい。
車椅子を押すザンゾーは、地下鉄の駅に向かうようだ。車椅子という事もあり、エレベーターやスロープを選んで進んでいく。いつもとは少し違ったルートに新鮮さを感じる。少しの段差があっても車椅子には大きな障害なのだとユミは理解する。
一体目的地はどこだろうか。行先はザンゾーに完全に任せ、ユミは周りをキョロキョロと見回し久々の外出を楽しむ。
地下鉄を乗り継ぎ、目的の駅に着く。
地上に出ると、雲ひとつない綺麗な青空と眩しいくらいに輝く日差し。冬の澄んだ空気で気持ちがいい。平日だからか思ったほど人はいない。もし休日なら車椅子で移動するのは大変だっただろうなと想像してしまう。
暫く青空の下をゆっくり進むと、大型の商業施設の建物の中に入った。そのまま建物の中もしばらく移動するようだ。
ユミ達が進む建物内の通路の両サイドには色々なショップが並ぶ。このエリアには殆ど遊びに来たことがないので、ユミは興味深々で周りを見回す。可愛い洋服の店や、小物やアクセサリーを売っている店。様々な店舗が並び見ているだけでも楽しい気持ちになる。
しかし、周囲のショップには目もくれず、ザンゾーはぐんぐん進んでいく。そしてしばらく進んで行くとエレベーターホールがあった。そこには案内がある。どうやら目的地は水族館らしい。専用のエレベーターで最上階に行くようだ。
「水族館?」
「あぁ。来た事あるか?」
ユミは首を横に振る。あまり水族館というものに来たことがない。小さい頃両親と旅行先で行ったきりかもしれない。
友達と遊ぶ時も、近場のゲームセンターやカラオケ、ショッピングがメインで、レジャー施設に行こうとはならなかった。あまり経験が無いため、どんな場所なのかと、とても楽しみである。
最上階に到着し、受付でチケットを買うと、いよいよ入場口から入場だ。
進行方向を見ると、展示の入り口はアーチ状のトンネルの様な設えだった。内部はとても暗そうだなと感じる。まさに暗いトンネルに入っていくような演出に、何かが始まるようなワクワク感が途端に湧き上がる。
「えへへ! 楽しみ!」
ザンゾーに車椅子をゆっくり押してもらい、ユミ達はトンネルの中へと入って行った。