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5章-8.不運(6) 2022.1.13

「このように化け物が簡単に操れまーす。凄いでーす!」


 ラックは本当に楽し気に言う。

 鈴を鳴らすだけで思いのままに化け物を操る事が出来るだなんて。

 それも、自害させる程となればその強制力は計り知れない。

 

 ユミは底知れない恐怖で強ばった。


「怖いでーすかー? 怯えた顔も可哀想で可愛いでーす」


 一体この男はなんなのだ。何が目的なのか、本当に分からない。

 悪戯に命を弄んでいるだけなのだろうか……。


 「さぁ、そろそろ回答を聞きまーす。この個体が頑張って作った時間は、考えるのに有意義に使えまーしたかー?」


 シュンレイ達は相変わらず何も答えない。話し合う様子もない。当然表情も変わらないので何を考えているのか分からない。


「だんまりでーすかー? ははっ! じゃぁ、仕方ありませーん。早く答えるように誘導してあげまーす」


 その瞬間だった。ラックの右腕が締まりユミの首元がキツく固定された。そして目に映ったのは、振り上げられる拳。

 そして――。


「あうっ……」


 ドスッと、音が鳴った。

 腹部に振り下ろされた拳がまた振り上げられる。


「うっ……」


 身動きの取れない状況で、一方的に腹を殴られる。鞭による傷と合わさって意味がわからないほど痛い。


「これでもこの個体は泣きませーんかー。25番を食べて元気になってしまったようでーす。凄いでーす」


 ラックはそう言ってニヤリと笑いながら、また拳を振り上げた。

 こうやってユミが苦しむ姿を3人に見せて、無理やり回答させようとしているという事だろう。3人が動揺でもすればユミが大切であると言ったのと変わらない。であれば、苦しむ姿等見せる訳にはいかない。


 ユミは必死で耐える。泣いてたまるか。何度も何度も容赦なく振り下ろされる拳にユミはひたすら耐える。

 一体どれだけ耐えればいい? 死にたくなるほどの痛みだ。

 終わりが見えない痛みを耐え続ける辛さは嫌という程知っている。


 しかし、しばらくするとラックは殴るのを辞めた。そして、静かに口を開く。


「これでも一切ボロを出しませーんかー。それでは仕方が無いので非常につまらない話をしまーす。そもそもでーす。アナタ方3人が直ぐに切り込んで来なかった時点で取引は自分の勝ちでーしたー。この個体諸共自分を処理すれば直ぐに片付いたはずでーす。しかし、あなた方はただ見ていまーしたー。私が取引を持ちかけるのを待っていまーしたー。それはこの個体が大事だからに他なりませーん。最初から負けなんでーすよー。さっさと選んで下さーい。選ばなければまた殴りまーす」

「分かりましタ」


 ラックはシュンレイのその言葉を聞き、本当に楽しそうに歪んだ笑みを浮かべた。


「何番か選んでくださーい」

「4番でス」

「分かりまーしたー!」


 ラックはスーツの内ポケットから陶器の容器を取り出し、床面に置くとシュンレイたちの方へ押し出した。


「ヤダ……」


 ユミの言葉が漏れる。

 ラックの右腕で首を固定されているので身動きが取れない。

 こんな取引辞めさせたいのに、自分には何も出来ない。


 あの陶器の容器の中には、呪詛が掛けられた臓器が入っているのだろう。

 そんなものをたべたら、この部屋にたくさん転がる化け物達と同じになってしまう。

 ラックに操られるだけの化け物に……。


「やめて……。お願いだよ……」


 ユミの目に涙が浮かぶ。ザンゾーは、無表情のまま容器の元まで来て、拾い上げた。


「ザンゾー! ダメ! ダメだって!! お願いだからやめてよ!」

「ははっ! あれだけ殴っても泣かなかった個体が泣いてまーす! 可哀想に。そんなにあの男が大事でーすかー? あぁ、可愛い」

「ザンゾー!!」


 ザンゾーと目が合った。無表情だ。


 一体何を考えているのか。

 こんな事今すぐやめて欲しい。

 交渉など決裂でいいじゃないか。

 こんな対価見合わない。

 有り得ない。


「呪詛を掛けた臓器を食っても自分やこの個体のように狂気に飲まれず恩恵だけを受け取る事が出来る場合もありまーす! 幻術師なら可能性が高いと思っていまーす! 自分は同族が欲しいでーす!」

「成程な。たとえ食っても、低確率で狂気にはのまれねぇと」

「その通りでーす! 更に狂気に飲まれていない個体は、自分は操ることができませーん! とても楽しみな賭けでーす! ザンゾーさんが賭けに勝てば実質何も失うことなく、この個体を手に入れることができまーす!」

「逆に、賭けに負ければ、俺ぁ化け物になり、自我を失った上、お前に命を握られると」

「その通りでーす!!」


 その低確率とは、一体どの程度なのか。

 呪詛が掛けられた臓器を食べて狂気に支配されなかったのは、ラックとユミだけなのではないだろうか。

 その他は皆自我を失い操られるだけの化け物になったのではないだろうか。

 ここにいる化け物たちの死体の数でも十分分かる。

 そんなの、ほとんど負けではないか。

 こんなの賭けて良い確率じゃない。

 それにもし賭けに負けたら……。

 ザンゾーには二度と会えない……。

 そんなの……。


 嫌だッ!!!


「やめて!! 今すぐやめてよ!! そんなの間違ってる!! 交渉なんて決裂でいいんだよ!! 見合わない! だからやめ……うぐっ……」


 ラックの右腕がキツく閉められ言葉を遮られた。苦しくて何も言うことすら出来ない。


 本当に何も出来ずに、このまま指をくわえて、ザンゾーが臓器を食べるところを見るしか無いのか?

 無力な自分を呪えと?


「ザンゾーさーん。最期に言いたいことはありませーんかー?」


 ラックは楽しげに質問する。


 最期の言葉なんてやめて欲しい。

 そんなの聞きたくない。

 最期なんて嫌だ。

 最期なんて……。


「そうだぁね……。ユミ……。愛してる」

「っ!!!!」


 なんて事を言うんだ。なんて事をッ!!!

 そんなの絶対許さない!

 そんな呪いのような言葉を残していなくなるつもりだなんて……。

 絶対に許せないッ!!


 ユミの目から涙がぽろぽろと零れていく。


 何か自分に出来ることは無いのか?

 何か自分に……。

 ラックに拘束され、自由の利かないボロボロの体でも、何か……。


 ザンゾーは蓋を開けた。そして容器を逆さにし、右手に臓器を載せた。赤々とした心臓だ。


 やめろ。やめてくれ。

 本当に嫌だ。

 そんなもの食べちゃだめだ。

 

 どうやったらこのくだらない取引を辞められる?

 どうしたらこの取引を壊せる?

 どうしたら……。


 ユミは必死で考える。無力な自分が憎い。憎くてたまらない。

 何も打開策を考えつかない自分の脳みそに嫌気がさす。


 しかし、そこでふとユミはひとつの事に思い至った。

 

 あぁ。

 そうか。

 一つだけ……。

 

 あるじゃないか。

 方法が。

 全てをぶち壊す方法が。


 ユミはその瞬間。


 思いっきり自分の舌を噛んだ。

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