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5章-8.不運(5) 2022.1.13

 最悪だな。本当に……。

 自分が人質にされるなど。

 皆の足を引っ張っている。

 自分がもっと強ければ……。


 ユミは後悔で一杯になる。

 

 もっと早く化け物を処理してあのフロアから移動していれば。

 強さがあれば解決出来たのに……。

 弱い自分が憎い。


 ユミは溢れる悔しさで、ガリっと下唇を噛んだ。

 血の味がする。美味しくない。


「取引ですカ。有意義な内容なら考えてあげましょウ」

「ふーん。強気でーすねー。本当は凄く大事なんじゃなーいでーすかー? これ」

「店所属のプレイヤーですかラ。大事ではありス。とはいえ、Bランクプレイヤーですかラ。取引内容によりまスとしか言えませン」

「成程ー。そういう事でーすかー。自分の見積もりはSSランクプレイヤーでーす。おかしいでーすねー。わざと過小評価を言ってませーんかー?」


 ラックは楽しそうに話す。取引自体が好きというのは本当のようだ。一体何が楽しいのか理解に苦しむ。


「六色家の小娘を自分から奪うために、捨て身の切り込みをし、見事に奪っていった動き、判断、センス。そしてこの自分に2箇所も怪我をさせていまーす。こんな人間がBランクなはずありませーん」

「そうですカ。私の店の隠し玉がバレてしまいましたカ。残念でス。とはいえ、私の店には十分なプレイヤーが揃っていまス。1人欠けたところで痛手にはなり得ませン。アナタも知っているでしょウ? 私の店の戦力くらイ」

「ははっ! 確かにその通りでーす!」


 3人とも一切表情が変わらない。流石だなと感じる。


「実験体No.8、少しはアナタも泣き叫ぶべきでーすよー? あまり皆さんから大事にされていないようでーす。捨てられまーすよー?」


 むしろ捨ててくれればいい。

 足でまといになるくらいなら切り捨てられたい。


「反抗的な目でーす。やはり取引は辞めて持ち帰って躾た方が楽しそうでーす」


 ラックはニヤリと笑っている。


「あなた方には差程価値が無いかもしれませーん。しかし自分には素晴らしく価値がありまーす! この個体は実験体No.8。唯一の成功例にして最強の個体。隅々まで調べ尽くして量産したい……。ははっ!」


 そんなに価値があるとは驚きだ。


「ラック。言っておきますが、こちらの戦力を分かっていますカ? いくらあなたでモ、SS+ランク2人とSSランク上位を相手に無事に逃げられるとでモ? しかもその子を連れテ? 無理でしょウ。その子を置いていけバ、無事に逃がしテあげましょウ。いかがですカ?」


 シュンレイの提案に、ラックは一瞬キョトンとしたが、直ぐに腹を抱えて笑い始めた。


「面白い! 面白い面白い面白い! 取引とはこういうものでーす! 要するにこの個体は自分を逃がすだけの価値があるということでーすねー?」

「えぇ。我々への依頼内容は呪詛師の制圧でス。その呪詛師の少女2人を殺せれば十分でス。アナタは対象外ですかラ」

「へー。これでも顔色一つ変えないとはやりまーすねー」


 これは価値の探り合いなのだろう。取引の対象がどれほど相手にとって価値があるものかを確認しているのだ。その対象にされる気分は実に最悪だ。


「ははっ! でも自分は確信していまーす。この個体、本当は凄く凄く大事でーすよねー? 自分の勘がそう言ってまーす。絶対に何があっても取り返したいと思っているに違いありませーん。そうじゃなければー、SSランクの戦力を今回の作戦で補助程度の役割に使うなど考えられませーん。事実、自分に最も出くわす可能性がない所にこの個体はいまーしたー。隠したとしか思えませーん。本当に偶然見つけられて良かったでーす! ははっ! 化け物達が間違えて上階に行かなければ、自分もわざわざ連れ戻しに上階へなんて行かなかったでーす! 自分の指示通り下階のプレイヤーの対応のために動いていたら見つけられませーんでーしたー! 本当に自分は神に愛されているようでーす!」


 これが豪運。ラックの武器。とんでもないなと思う。

 こんなものどうやって勝てばいいのかと思うほどだ。この話が事実だとすれば、たまたま、偶然でユミ達は高ランクプレイヤーをフロアに送り込まれ、更にラックに出くわしたことになる。こんな事実を信じろという方が無理がある。作り話であって欲しいとすら思う。


「そういう事なので、番長さんからの提案は却下でーす! 自分からの提案を言いまーす! この個体を返して欲しければ、次に上げるいくつかの条件のうち、どれかを飲んで下さーい! 1つ目、番長がこの場で自決する。2つ目、六色家を追放された元黒の当主のザンゾーがこの場で自決する。3つ目、六色家の小娘と舞姫の計2名と交換する。4つ目、ザンゾーが呪詛の臓器を食べる。以上どれかから選んで下さーい! オススメは4番でーす!」


 どれもダメだ。ありえない。

 そんな条件、どれも飲めるはずない。

 めちゃくちゃだ。

 全く釣り合わない。

 さっさと断って交渉決裂だ。

 考えるまでもない。


 ユミはそう感じて小さく息を吐いた。ラックが提示した条件は、全く話にならないのだ。考える余地もない。

 自分はこれからラックに連れて行かれるか、もしくはここで死ぬのだろう。


 ユミは、これから訪れる悲劇を想像し恐怖を抱きつつも、諦めの気持ちでシュンレイの回答を静かに待った。

 しかし。


「なん……で……?」


 ユミは思わず言葉を漏らす。

 

 何で誰も何も言わないのだろう……?

 即却下すべきだ。

 それなのにシュンレイ達は何も言わない。

 まさかこんなめちゃくちゃな条件に迷っているとでも言うのか。

 ダメだ。絶対にダメ。


 ユミは唯一動かせる右腕を伸ばした。

 そして水色の袴を着た少女の胸ぐらを掴む。

 そして引き寄せた。

 更にその勢いのまま、少女の胸に右手を突き立て心臓を掴む。

 そして抉り出した。


「ニコ!!!!」


 もう1人の少女の悲鳴のような声が響く。

 

 ユミは手に入れた心臓を食らった。もぐもぐと咀嚼しゴクリと飲み込む。そして、ユミはラックを睨みつけた。

 この男、ユミの今の一連の行動を一切止めなかった。この距離なのだから、絶対止めることが出来たはずだ。ラックの腕の中での犯行だ。わざと傍観していたのだろう。一体どういうつもりだろうか。

 少女の事は大切では無いのだろうか? こんなにも懐いていたのに。


「No.8は食いしん坊でーすねー。お腹がすいたんでーすかー?」


 ユミは黙ってただラックを睨んだ。


「ニコ……。ニコ……。嫌だよ……」


  少女は、涙を流しながら亡骸に縋り付いている。ニコと呼ばれた水色の袴を着た少女は既に絶命している。それでも名を呼び続けて縋る姿は異質だ。一体何を見せられているのやら。


「ラック様! ニコが。ニコが……。この化け物……、許さない!」


 ピンクの袴を着た少女から憎悪の感情を向けられる。何なんだろう。家族愛の劇か何かだろうか。これだけ沢山の命を弄んでおいて人間みたいな事をするのはやめて欲しい。心の底から気持ち悪いと思う。


「サヨ。だーめでーすよー。これは大事な個体でーす」

「でもっ……。でもっ……」


 サヨと呼ばれた少女は泣き顔でぐしゃぐしゃだ。悔しくてたまらないという思いがひしひしと伝わってくる。


 それにしても、ニコという少女の心臓は非常に美味しかった。子供だからだろうか。分からないが美味しい上、エネルギーの回復効率もいい気がする。

 少しでも体力を回復し出来ることを増やし、選択肢の幅を広げたかったので非常に助かる。こっちのサヨという少女の心臓も、もしかすると同様に美味しいかもしれない。

 心臓を食らった事で少しは動けそうだ。さすがに逃げる事は出来ないにしても、やれることは何かしらあるはずだと感じる。


「実験体No.8、彼女の心臓は、()()美味しかったでーすかー?」


 ユミはビクッとする。

 美味しいかどうか、違いがある事をなぜこの男が聞いてくるのか。非常に気味が悪い。


「アナタは素直で可愛らしいでーす。皆こうならいいと思いまーす」


 馬鹿にしやがって。


「いい事を教えてあげまーす。臓器は誰の臓器を食べるのかが重要でーす。自分と深く関わりがある人間の臓器ほどエネルギーになりまーす。あとは化け物同士の共食いも高効率でーす」

「え……?」

「これも実験体No.8のおかげで分かりまーしたー。肉親の臓器を食らったアナタは誰よりも強化されてまーす。自分の事を愛してくれる人間の臓器が1番でーす。今後食べる時には選ぶといいと思いまーす! あとは、愛に溢れた人間の臓器ほど美味しいでーす。彼女達は私が沢山可愛がりまーしたー。だから美味しかったはずでーす」

「何……それ……」

「あと、自分を愛した人間からはギフトが貰えまーす。なので……」


 ユミのすぐ近くで、ぐちゃっという生々しい音がした。


「ラック……さ……ま……?」

「自分にとって、サヨの心臓はとても価値がありまーす」


 ラックは近くにいたサヨの胸に左手を突き立ていた。

 そして、心臓をえぐり出し、食った。


「34番。非常に美味しいでーす。そして、自分は呪詛師の力を手に入れまーしたー」

「は?」

「だから操り方が分かりまーす」


 ラックは、サヨが持っていた鈴が付いた棒を手に取る。


 意味が分からない。

 何故ラックがサヨの心臓を食った?

 まるで化け物みたいじゃないか。まるで……。


 ラックは、鈴の付いた棒を振る。シャランと音が鳴った。

 するとラウンジの部屋の奥から化け物化したプレイヤーが1人ゆっくりとラックの方へ歩いてきた。敵意を向けて向かってくる様子は無い。


「この音の出し方の違いで思い通りにできまーす。やり方が脳内に流れ込んできまーす。不思議な感覚でーす。サヨのおかげでーす」


 ラックはそう言ってサヨの亡骸に優しく触れ撫でた。そして、やってきた化け物に目を向ける。


「ははっ! 自害しなさーい!」


 ラックはそう言って再び鈴を鳴らした。

 その瞬間化け物は持っていた刃物で首を切断し、呆気なく死んでしまったのだった。

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