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5章-8.不運(2) 2022.1.13

「ユミさんは……強いですね……。どうしてそんなに強いんですか? あんな格上相手に向かって行って、そして勝ってしまうなんて……」


 ワサビは安堵したような表情で、応急処置を続けるユミに尋ねる。

 

「うーん……。そうだなー……。やっぱりあれかな。追いかけたい背中が沢山あるからかな。あと自分が強くなって守りたい人もいるから。だから立ち止まりたくないんだよね」


 ユミは手を動かしながらも、精いっぱいの笑顔で答えた。

 本当に追いつきたい背中だらけだ。自分で言葉にして言ってみて、改めて思う。

 みんな強い。自分も早くそこに肩を並べたい。そんな気持ちが常にある。

 きっとこれが、自分を動かす原動力となっているのだろうと感じる。


「よし、応急処置は出来た。モミジちゃんの方が片付いたらフクジュさんの所へ行こう」

「はい」


 ワサビがはっきりとした声で返事をした時だった。


 ポーン……。


 そんな電子音が突然廊下に響いた。

 

 ユミとワサビは固まる。

 

 この音はエレベーターがこの階に止まる音だ。

 何で今この音がここで鳴るのか。


 ユミは咄嗟にチェーンソーを持って駆け出した。

 エレベーターホールではモミジと鉄球の男が戦っている。敵の援軍か? それとも自分たちへの応援か? 全く分からない。

 ただ、先程確認したグループチャットに応援が来るような記載は無かったはずだ。皆交戦中で動けないと記載があった。事前データにないプレイヤーや呪詛師が現れたという。従ってほぼ確実に敵に違いない。


 遠くでエレベーターの扉が開く音がした。

 ユミはまだそこまでたどり着けていない。全力で走るもまだ距離が20メートル以上もある。

 

 それに、廊下の角を曲がらなければ正確な様子は分からない。

 もどかしい気持ちでおかしくなりそうだ。

 

 早く! 早く辿り着いて状況を確認しなければ!


 だが、ユミがモミジの所まで辿り着くその前に、ユミは全てを理解してしまった。


「うっ……」


 突然発生した、とんでもない威圧感と殺気。


 これはその辺の化け物が出せるようなものなんかじゃない。

 まさに、本物だけが出せる殺気だった。

 

 まるで初めてシュンレイの殺気を浴びた時の感覚に似ている。

 それ程恐ろしく尋常ではない物だ。

 こんな殺気を出せる人間など限られている。


 ユミがエレベーターホールへ駆けつける前に、パァァァンと銃声にも似た音が複数回廊下に鳴り響いた。

 そしてユミの視界の正面、突き当たりの壁に、鉄球を持った男が現れた。それと同時にその男はバタンと音を立て倒れて死んだ。


 こんなもの、最悪のケースしか考えられない。

 何で、どうして、という思いがグルグルと回る。


 モミジは無事か?

 モミジはどうなった?

 分からない。分からない。分からない。


 ユミは、廊下の角を曲がりエレベーターホールに辿り着く。


「うぁぁぁぁああ!!」


 瞬間。ユミは叫び声を上げながらチェーンソーで切りかかった。

 

 我武者羅だ。

 自分でも訳が分からない。

 でもそれでも、切り込まずにはいられなかった。


 ユミの目に映ったのは、ラックに胸ぐらを捕まれ吊り上げられ、ぐったりとしているモミジの姿だった。背中や足に鞭で打たれた痛々しい傷があった。モミジの着ていた服は鞭による攻撃で裂けてボロボロになっていた。一体何回打たれたのか。こんなもの、黙って見ていられるわけが無い。

 ラックの射程内に入ってはいけないだとか、見たら迷わず逃げろだとか。そんな事知っている。十分分かっている。それでも目の前で傷つけられたモミジを見て逃げるなんて事はユミにはできなかった。自ら射程内に入り、モミジを掴みあげている腕を切り落としにかかる。


 ラックの鞭が動く様子が視界の端にハッキリと映る。これは牽制のための攻撃だ。今ユミが身を引いて回避すればギリギリ避けることが出来るように調整された攻撃だ。しかし、ユミは止まるつもりなどなかった。被弾を覚悟で切り込まなければモミジは奪えない。湧き上がる恐怖を押さえつけて飛び込んた。


 パァァァンと激しい音が響く。その瞬間ユミは背中に強烈な痛みを感じた。それでも止まれない。痛みも恐怖も抑えつけて、ユミはチェーンソーを振り上げた。


「チッ……」


 そんな舌打ちが聞こえたかと思うと、チェーンソーは空を切り、ドサッと音がしてモミジが床に落下した。ユミは即座にモミジの服をつかみ、後方のワサビがいる方へ投げ飛ばした。これで、モミジをラックの射程内から外すことが出来た。


「ははっ! これはこれは驚きまーしたー」


 ラックの嘲るような声が響く。ユミが顔を上げると、ラックは見下したような笑みを浮かべユミを見ていた。

 明確な脅威に体が恐怖を感じて震えている。冷や汗が大量に流れ出ている。本能的にラックには勝てないのだと理解してしまっている。

 

 怖い。

 だが、それでも立ち向かわなければ。

 ユミは溢れ続ける恐怖を押さえつけ、チェーンソーを構えてラックと対峙した。

 

 鞭で打たれた背中が燃えるように痛い。変な汗も出てくる。

 こんな痛みをモミジは何ヶ所も受けてしまっているのかと思うと苦しくなる。


 ラックの姿は情報通りだった。

 黒のスーツをだらしなく気崩した服装で、金髪の長髪は、後ろでひとつにまとめている。細身で長身だ。体格はシュンレイに近いように思う。切れ長のタレ目で、漆黒の瞳、細い眉だ。右耳にシンプルなデザインのイヤーカフを複数付けている。


「まさか、六色家で自分に粗相をした小娘がこんな所に隠れていたとは驚きでーしたー。あれは非常に良かったでーす。小娘の身代わりになった娘、一切悲鳴も上げず泣かず鞭打ちを耐えたあの娘……。非常に興味をそそられまーしたー。そしてその様子を見て姉様姉様と泣き叫ぶその小娘。最高に良かったでーす。あの後六色家を探したのに2人とも見つからないからどこへ行ったかと思えば……。ははっ! 何て自分は運が良いんでしょーかー!」


 モミジを見ると、ワサビに支えられた状態で、ポロポロと涙を流しながらラックを睨みつけていた。


「自分と取引をしーませーんかー?」

「……」


 ラックはユミに向かって言う。ラックの射程内にいるユミは動くことが出来ない。黙って睨みつける。


「六色家の小娘をここに置いていけば、アナタとそっちの少年は見逃してあーげまーす。ははっ! いい提案でしょー? 自分との力量差わかーりまーすかー? 自分は3人まとめて捉えるなんて簡単でーす! それを1人大人しく差し出せば安全に見逃してあげると言っていまーす! それに自分は約束は必ず守りまーす」


 これがラックが好きだという交渉なのだろう。モミジを置いていけば、ユミとワサビは助かると。本当に胸糞悪い話だ。ザンゾーが言っていた事を思い出す。絶対に交渉なんてするなと。分かんないって言えと。


「ワサビ君。モミジちゃんを連れてって。よろしくね」


 ユミは振り返り、ラックには聞こえない程度の小さな声でニコッと笑って2人に伝えた。


 本当に自分は馬鹿なんだろうなと思う。

 でも、この選択をするのが自分だ。

 愚かでいい。自分を貫くだけだ。


 ユミはラックに向き直し、にっこりと笑った。そして口を開く。


「あははっ♪ ユミちゃん、取引とか……。ぜーんぜんっ! わっかんなーい♪」


 その瞬間、ユミはラックに切りかかる。

 ちらりと後方の2人を確認すると、ワサビは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

 モミジは涙をポロポロ流して泣き喚いている。

 早く行って欲しいな。そんなユミの願いが通じたのか、ワサビはモミジを抱き抱えて走り出した。


「ははっ! 交渉決裂でーすかー!」


 ラックは容赦なく鞭をユミに振るう。さっさとユミを戦闘不能にして、2人を取り押さえる気だろう。

 絶対にさせない。2人が別の階のエレベーターに乗って移動するまでは絶対に足止めしなければならない。


 ユミはラックの攻撃を避ける事を優先する。何としても時間を稼がなければならない。無理して致命傷をもらい戦闘不能になれば、2人も捕まってしまう。

 ユミにとって鞭の動きは全く未知のものだった。避けることに注力しても厳しい。加えて、壁面に跳ね返った鞭の挙動は更に難しい。初見で避けられるものでは無いだろう。

 腕や足に多数被弾した。ズキズキと痛みが走る。やはり鞭には毒が塗られているようだ。ユミには少しその毒に耐性があるようだが痛いものは痛い。


 ユミは、barでザクロの背中を見たのをふと思い出す。相当痛かったのだろうなと改めて思う。先程のラックの話から、ザクロの鞭による怪我は、モミジの身代わりだったようだ。

 それを考えると何も言葉が出ない。胸が締め付けられる。攻撃を耐えたザクロも、それを泣きながら見ていたというモミジも、一体どんな気持ちだったのか。考えただけでも泣きそうだ。


 本当に目の前にいるラックという男は卑劣な人間だ。もはや、同じ人間とすら思いたくない。

 この男はフクジュの妹も捉えて人体実験を行った人間なのだ。聞けば聞くほど有り得ない。この男の存在を到底許すことなど出来やしない。


 ただ、どんなに憎んだ所で、ユミにはこの男を殺すことはできないだろう。この圧倒的な力量差は、何があってもひっくり返ることは無い。

 だが、1点自分にとって好都合な点があるとすれば、それはラックが女子供を殺さずにいたぶる点だろう。故に直ぐに殺される可能性は低い。きっと殺さないように手加減しながら攻撃してくるに違いない。それだけを希望に、ユミは格上相手に懸命に切り込んでいった。

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