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5章-8.不運(1) 2022.1.13

「はぁ……。はぁ……。はぁ……」


 自分の呼吸音が煩い。目の前に転がる2つの死体。ユミはそれぞれから心臓を抉り出して食らった。

 

 自分の体に目をやれば、全身至る所に切り傷ができている。血も滴っていて気持ちが悪い。致命傷になるような傷では無いが、放置できるほど浅くもない。ユミは物陰に隠れ、急いで応急処置を行った。


 自分に敵意を向けていた、Sランクの二刀流の男と、Aランクのナイフ使いは何とか倒すことが出来た。被弾は多少してしまったが、想定よりずっと軽い。あの絶望的な状況から考えれば十分な成果と言える。また、体力も彼等の心臓を食らったことで戻りつつある。

 ユミは応急処置を続けながら意識を集中して、周囲の状況を確認する。どうやら、ワサビの方の戦況が不味そうだ。戦闘の気配の様子からワサビの動きが鈍いように感じられた。これは直ぐに向かう必要があるだろう。ユミはワサビがいる南側階段の方へと急ぎ向かった。


***

 

 廊下の角を曲がった先、目に飛び込んできたのは、左肩を負傷したワサビと、全身から血を流す薙刀使いの男が激しく切りつけ合う姿だった。その様子にユミの心臓はキュッと締め付けられた。


 ユミは勢いをそのままに、ワサビが繰り出す攻撃の合間を狙って薙刀の男に一気に切り込む。そして、男とワサビの間に潜り込んだ。

 男は器用にチェーンソーの歯を薙刀の刀身で弾き、それと同時に十分な距離を取った。ユミのチェーンソーの攻撃範囲外、しかしながら薙刀の攻撃範囲内という絶妙な距離感だ。ユミはチェーンソーをしっかりと構えて男の攻撃に備える。


 薙刀のリーチの長さは、やはり厄介だなと感じる。ワサビはこのリーチの差にかなり苦戦したのではないかと思う。ワサビの武器は短刀だ。ユミの持つチェーンソーよりもさらにリーチが短い。故に、距離を取られれば不利になるため、常に懐に入り続けなければならないだろう。化け物の体力は異常だ。そんな敵を相手にして懐に入り続けるなんて、どれ程辛い戦いだっただろうか。

 ワサビが負っている傷からも想像に難くない。ユミ達が敵を倒す事が出来るようにと、頑張ってくれたのだと思うと涙が出そうだった。


「ワサビ君、下がって」

「はい」


 ユミはワサビを下がらせる。ワサビが負った傷は非常に深い。恐らくだが、左肩は薙刀の突きをまともに食らってしまったのだろうと思う。その傷では、これ以上の戦闘は不可能だ。悪化しないよう極力動かさないようにした方が良いだろう。

 本当に。そんな深い傷で、よく耐えてくれたと思う。ユミが応援に来るまで耐えてくれて、本当に助かった。動くだけで激痛が走るはずなのに。また、いつ応援が来るかも分からない状況で、非常に苦しかったはずだ。その上、ワサビが倒れれば全員死亡する可能性も高かったのだ。故にプレッシャーも有っただろう。


 ワサビの頑張りが無ければ、この状況は間違いなく成し得なかった。しっかりと宣言通り、薙刀の男を引き付けてくれたのだ。役割を十分に果たしてくれたからこそ、見いだせた希望である。

 

「もう大丈夫だよ。状況の報告だけ頼めるかな」


 ユミは背に隠したワサビに言う。

 正直、大丈夫かは分からない。この薙刀の男を倒せる保証なんて無いが、ワサビにはそう声を掛けてあげたかった。


 薙刀の男が動くのに合わせて、ユミは勢いをつけて切り込んでいく。やはり相手はチェーンソーを酷く警戒しているようだ。柄の方での攻撃が圧倒的に少ない。刀身がない柄の部分では、カスタマイズにより切断力が上がったユミのチェーンソーは止められないからだろう。

 これは非常に好都合だ。薙刀の強みを大きく削いでいる事になるわけだ。リーチの差はあれど、武器によるアドバンテージはユミの方にありそうだ。


 ユミは男の懐に入り、チェーンソーと体術の連撃で攻める。

 すると、あっという間に男のバランスが崩れた。


 これはいけるッ!


 ユミは一撃で決めるため、緩急をつけて思いっきり切り込んだ。

 狙うは腹部。真っ二つに切り裂くように、唸るチェーンソーを一気に振り上げた。


「なっ!?」

 

 しかし、ユミのチェーンソーは虚しく空を切り裂いたのだった。

 なんと男は滅茶苦茶な姿勢でユミの攻撃を避け切っていた。一瞬理解が出来なかったが、どうやら薙刀の刀身がない柄の方で地面を突き大きく飛び退いたようだった。

 そんな事が出来てしまうのか。完全に想定外だった。もっと速く、そして深く潜らなければこの男には届かないようだ。


 もっと速く。もっと鋭く。もっと重い攻撃を。

 ユミは意識を集中して鼻歌を奏でる。

 出し惜しみなんてしている場合じゃない。

 自分にできる最高のパフォーマンスでぶつからなければ、勝てない敵なのだ。


 鼻歌をワンフレーズ。歌い終わると同時にふわりと高揚感を感じる。そして一気に体が軽くなる。

 また、相棒が自分と重なっていくような妙な感覚がした。

 非常に不思議な感覚だ。そして腹の底から湧き上がる熱いものに心臓を締め付けられる。

 見据える先の薙刀の男が憎くて仕方ない。そんな感情が渦を巻いて支配していく。


 それでもユミは笑う。相棒も笑っている。

 こんな化け物、直ぐにぐちゃぐちゃにしてあげよう!


「あははっ! ユミちゃんだよー。今凄く怒ってるの。絶対許さないから」


 あぁ。自分はやっぱり怒っているようだ。


 相棒の言葉ではっきりと自覚した。これは怒りだ。

 きっとワサビの傷を見て怒りが湧いたのだろう。相棒が肩代わりしていた激しい感情を今更ながら受け止める。

 平常心なんていらない。必要ない。

 この男を殺すのだ。怒りも憎しみも全てをぶつけて殺してやる。


 ユミは地を蹴り一気に距離を詰める。

 姿勢を低くし、僅かな空気の抵抗すらも削って進む。

 

 一直線に切り込むと薙刀の突きが真正面に飛んできた。


「あははっ! ばーか! 単純すぎっ♪」


 ユミは一切の勢いを殺さないまま、ひらりと体を捻る事で突きの攻撃をギリギリで躱した。

 今の自分にはしっかりと見えているのだ。

 どこに攻撃が来て、どう動けば避けられるのか。

 そしてそのイメージを可能にする体が自分にはある!

 

 ユミはついでにチェーンソーで薙刀の柄の部分に歯を当てた。

 そして振り抜き一気に切断する。

 すると、刀身のある部分はキンッと音を立てて虚しく床に落下した。


 刀身が落とされた薙刀はもはや棒だ。

 そんなおもちゃで何が出来るだろう。

 ユミは笑う。


「バイバイ♪」


 チェーンソーを勢いよく振り上げ男の左の腹部から右肩にかけて大きく切り裂いた。

 真っ赤な鮮血が舞う。

 確実に致命傷。だが、相手は化け物だ。直ぐには死なない。


 ユミは反撃を警戒しながらも、下腹部を蹴り飛ばしバランスを崩させ、高速回転させたチェーンソーを腹部に思いっきり突き立てた。

 チェーンソーは激しく唸りを上げる。

 腹を割き、内臓を割き、骨を砕き、貫通する。


 男は白目を剝き、チェーンソーの振動によってガクガクと小刻みに揺れる。

 だが、腕や足は激しく藻掻く様に動き続ける。

 まだ死んでいない。足りない。まだ生きている。


 ユミは体重をかけて、激しく唸り続けるチェーンソーを押し込んだ。

 そして胴体を完全に真っ二つにしたのだった。


 これで確実に死ぬはずだ。

 ユミは横たわる男から数歩後退りし、荒れた呼吸を整えつつ注視する。


 静かに見守る中、暫くすると男は動かなくなった。完全に死んだようだ。

 ユミは男に近づき、心臓を抉る。そして食らった。口に広がる血の味は気持ちのいいものでは無い。しかし、美味しい。そういうものだ。

 また、化け物の心臓は、普通の人間の心臓よりエネルギーが回復するようだ。故に、負傷し体力を削られた自分には、食べないという選択肢はない。


 心臓を食べ終わると、ユミは大きく息を吐き心を落ち着かせた。そして、振り返った。

 ワサビは少し離れたところの壁際で座り込み肩を抑えて休んでいた。ユミは急ぎワサビに駆け寄る。


「傷……見せて……」


 ワサビの怪我の様子を確認する。やはりかなり深い。応急処置を行ってすぐにでもフクジュに見せに行かなければならないだろう。ユミは急いで応急処置に取り掛かった。

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