5章-7.突入(3) 2022.1.13
ユミは周囲を警戒しながら階段を降りて行く。
地下はフクジュが担当している。最下階である地下3階の出入口からフクジュは毒を使って攻めているので、ユミは1階側から攻めていくことになる。チェーンソーの音を使い、残った人間をおびき出す。
地下へ逃げられても、1階エントランスに逃げられても問題がない。好き勝手に場を掻き回せばいいらしい。何ともやりやすい作戦だ。
地下1階に辿り着くと、研究所のようだった。暗転しているため、鮮明にわかる訳では無いが、ユミの目であれば暗所でもそれなりに把握ができる。非常灯のみでも十分だった。フロアの構成としては、細い廊下に面して、細かい個室の扉がある。それぞれが研究のための部屋らしい。間仕切り壁が透明強化ガラスなので、中の様子が把握出来る。
個室内にはそれぞれ人間の気配がある。息を殺して隠れているようだ。1番人間が多い部屋で見せしめればいいだろうか。要は、パニック状態にして地下か1階に人間を移動させ、このフロアの生き残りがいなくなればいいのだ。頭を空っぽにして暴れてしまおう。
「あははっ! あははははっ!」
ユミは高らかに笑いながら人間の気配が多数ある部屋の扉を開けた。そしてチェーンソーを盛大に唸らせる。そして勢いよく飛びかかって行った。
その瞬間部屋中で悲鳴が上がる。立ちすくむ人間、出入口から慌てて逃げる人間、泣きながら後退りする人間。ここにいるのは皆研究員だろう。戦えない人間だ。要は一方的に狩られる側の人間だ。それは怖いだろうなと察する。スプラッター映画さながらだろう。
「く、来るな!」
1人の追い詰められた男が、銃口を向けてユミに威嚇する。
どうせ引き金なんて引けないくせに。
手も足も震えているじゃないか。
可哀想に。
ユミは容赦なく男の首をチェーンソーで一気に刎ねた。その光景を目の当たりにしたからだろうか、周りの人間の気配が一斉に動くのを感じる。パニックになりながらも逃げ惑っているのだろう。多くは1階へ向かったようだ。ユミは残っている人間を虱潰しに殺していく。銃を持った人間もたまにいるようだが、撃つことすら叶わずに死んでいく。
その調子で各部屋を制圧しながらゆっくりと廊下を何周かすると、完全に人の気配が無くなった。このフロアに生きた人間はいなくなったようだ。辺りを見回すと廊下も室内も死体で溢れていた。
まだ電気は復旧しないので30分も経っていない。ユミはスマートフォンのグループチャットに、地下1階制圧完了の文字を打ち込み送信した。チャットのログを見ると、アイルは既に2階、3階のフロアを制圧し終わっているようだ。
フクジュは地下3階を数分前に終えているようなので、地下2階に行けば合流できそうだ。上層階の居住フロアを担当しているワサビとモミジも順調そうである。
ユミは階段室に向かい地下2階を目指す。事前の指示では南側の階段から降りろとの事だった。北側の階段は毒で封鎖していると聞いている。
ユミは南側の階段から地下2階に降り、扉を開けた。すると、目の前に死体が5体転がっており、途端に甘い香りがする。フクジュが派手にやっているようだ。
フロアの構成は地下1階とほとんど同じだった。細い廊下に複数の部屋が並んでおり、廊下はぐるりと1周できる配置だ。
廊下に充満する甘い香りは、ユミのために敢えて毒に付けられた物だ。通常の人間の嗅覚では感じ取ることが出来ないほどの微量の香りではあるが、これによって、ユミだけは毒の有無が把握できる。
廊下には高濃度の毒が撒かれているということは、部屋の中に隠れた人間を廊下へ炙り出すだけでも良さそうだなと理解する。耐性のない人間が廊下に出れば、足元に転がる死体のように泡を吹いて死ぬのだろう。この死体は恐らく地下1階から地下2階へ逃げた人間なのだろうと察する。
この毒はユミとフクジュには効かない特殊な毒だ。ユミのように耐性を持った人間がいるかもしれないが、虱潰しに殺していけばいいため、さほど問題では無いだろう。
特に化け物化した人間はユミと同様に毒が効かない可能性が高い。それらは別途処理が必要だ。まずは毒で処理対象を間引きしてしまうのが効率が良い。
周りの気配に集中してみると、このフロアにはかなり人間が集まっているようだ。確かでは無いが、化け物化した高ランクプレイヤーもいるように思う。息を潜めているようで正確な位置は分からない。戦闘を開始すれば恐らく姿を現すだろう。
少し様子を見ながら歩いた所で、スマートフォンのバイブレーションが鳴ったため、ユミは取り出して見てみる。すると、グループチャットにフクジュから書き込みがあった。
『ユミさん。好きに暴れてください』
このフロアでも、ユミは好きに暴れて良いらしい。ユミは了解と返事を打つと、スマートフォンをポケットにしまった。
「よーし! がんばるぞー!」
ユミは気合いを入れる。そして、チェーンソーを派手に唸らせる。これだけ響かせればフクジュにも位置を知らせる事ができるだろう。
ユミは手当たり次第に各部屋に侵入し、部屋内を掻き回した。廊下へ逃げ惑う人間は案の定、数歩出た先でバタバタと倒れてしまった。毒ガスの類なのだろうと推測できる。取り逃しの心配もせず暴れられるなど、何て楽なのだろうか。フクジュとの共闘は凶悪かもしれないと感じた。
ユミは順番に各部屋を制圧して行き、最後の部屋から出た所で、隠密していたフクジュに会った。
「ユミさん。お疲れ様です」
「お疲れ様……です……」
フクジュの足元には、化け物化したプレイヤーの死体が5体も転がっていた。フクジュの手には血液が滴る小刀が握られている。
「化け物化すると強いですね。さすがにAランクやSランクとは思えませんでした」
フクジュの服には少し返り血が着いている。とは言え息を切らすことも無く、サクッと処理してしまったのだろうと思われる。
「ユミさんに暴れていただけたので、プレイヤーの処理がとても簡単に出来ました。感謝しております」
「いえいえ。むしろ、私に得意なことだけをさせてくれたフクジュさんの戦略があってこそだと思います!」
フクジュはスマートフォンでグループチャットに報告を打ち込んだ。また、ユミと合流した旨の報告もしたようだ。
「これで地下は完全に制圧出来ましたね。エントランスホールに戻り、電力の復旧を待ってエレベーターを使って上階へ向かいましょう」
ユミはフクジュと共に階段を登って1階のエントランスホールに向かった。