5章-7.突入(1) 2022.1.13
1月13日。18時30分。外は激しい雷雨だ。分厚い雲を一瞬照らす閃光、そして遅れて響く轟音。激しく地面を打ち付ける豪雨で辺りは真っ白だ。
ユミとアヤメとアイルは、本日のターゲットとなる呪詛師の拠点である高層ビル付近のカフェにいる。時間までここで待機することになった。時間になり周囲一体全体が停電となる18時42分になったら、一気に高層ビルの1階の正面出入口から堂々と3人で突撃する。全ての注意を引きつけるのがユミ達の役目だ。
ザンゾーからの最初のオーダーは、脳筋トリオで暴れてくれ。これだけだった。異変に気がついて集まってきた人間を一掃したら次のフェーズらしい。それまでは大暴れするのが仕事である。非常に分かりやすくて助かる。
「まさか、弟子達と共闘できる日が来るなんて。私はびっくりだよ」
「確かにね。3人揃うのは凄いね。アヤメさんと共闘してた頃が懐かしいや」
アヤメは感慨深そうだ。教え子2人を連れて戦うのだ。思うところがあるのだろうなと感じる。
「アイルさんはアヤメさんと沢山共闘していたんですか?」
「うん。そうだね。見習いの間は沢山一緒に戦ったね。ワイヤーとの共闘は結構難しいよね。勝手なことするとすぐ怒られて、アヤメさんに殺されそうになるし。ぬるい攻撃なんてしたらワイヤーで拘束されて強制的に見学させられるし。大変だったなぁ」
「え……」
「あれ? ユミちゃんは、そんな事無かった?」
随分と様子が異なるようだ。
「ユミちゃんはアイルと違って素直でいい子なの。勝手な事もしないし、安直な行動もしない。優秀なの! ほんと、アイルは手が掛かったなぁ。大変だったんだからね!」
「えー。まぁでも、手のかかる子程可愛いって言うしさ」
「はぁ……」
アヤメはかなり苦労したのだろうなと察する。深いため息からも十分に苦労が伝わる。
「あ。私ちょっとトイレ行ってくる」
アヤメはそう言って、カフェの奥へ行ってしまった。ユミはアイルと2人取り残される。
「アイルさんって、昔は結構尖っていたんですか?」
「んー。そうだね。自分が強いと思い込んでた所はあるかもね。暗殺や誘拐が得意で、成功率も高かったから直ぐにSクラスになってたかな。界隈では有名人である自覚もあったから、自意識過剰で生意気で他人を見下していたと思う」
「何か全然今の様子からは想像できないです」
「それは良かった。シュンレイさんとアヤメさんに叩き直されて色々と気付かされたよ。昔の考え方のままだったら、今は生きていなかったかもね。どこかでミスして死んでるんじゃないかな」
アイルは昔を懐かしむように話す。アヤメやシュンレイによって変われた事を、良かった事として受け止めているようだ。
「昔から有名人だったなら、通り名とかあるんですか?」
「うん。あるよ。シャドウって呼ばれてたよ。アヤメさんにアイルって名前を貰うまで、ずっとシャドウで生きてきたかな」
「え? アヤメさんに名前を……?」
「そうだよ。藍色の藍に瑠璃色の瑠って漢字をあてて、藍瑠って名付けてもらった。ほら、オレの瞳って水色でしょ? そこからイメージしてつけたんだって。この見た目のままの黒じゃなくて、水色の方だよ? 本当アヤメさんの発想には驚かされるよね。アイルって言う名前は俺自身凄く気に入ったから、以降この名前で生きてる。それに、今は警察所属だから殺し屋の名前であるシャドウは全く使ってないかな」
「なんか、色々衝撃です……」
「あー。衝撃ついでにもうひとつ暴露してあげるよ。シュンレイさんの名前もアヤメさんが付けたんだよー」
「え? えええええええ!?」
「わぁお。良いリアクションありがとう」
色々と理解が追いつかない。シュンレイという名前はアヤメが考えたらしい。どんな経緯で考えて名付けたのだろうか。非常に気になるところだ。
「そんなに驚いて、何の話してるの?」
アヤメが帰ってきた。ユミはびっくりしすぎて何も言い出せない。
「オレの名前とシュンレイさんの名前は、アヤメさんが考えて名付けたんだよーって話をユミちゃんにしたら、驚いちゃったみたいだね」
「もぅ、何バラしてるの……」
「アヤメさんに名付けてもらえるなんて羨ましいです……」
「ユミちゃんは既に素敵な名前があるじゃん! アイル達は通り名しかなかったから付けたんだよ」
「うぅ。それでも羨ましいです……」
「あははははっ! もう。そんなに羨ましいの? 私はユミちゃんの名前好きなんだけどなぁ」
「うっ……。好きって言われるとそのままでいい気もしてきました……」
ユミはアヤメに優しく頭を撫でられる。でもやはり、羨ましい気持ちがなかなか収まらない。
「他の皆はもう配置についてるのかなー?」
アヤメは窓の外、目的の拠点の方に視線を向けて問いかける。目視できる訳では無いが、既に潜入し動いている皆の事を案じているようだ。
「そうだね。隠密ができる人達はもうビルの中じゃない? フクジュさんは罠の設置終わらせてそうだし」
「連絡手段はスマホのグループチャットだよね。音が鳴らないようにしておかないとね」
「アヤメさんは隠れる必要ないし、音鳴ってていいんじゃない?」
「あ。そっか。確かに。むしろ鳴った方が見落とさなくていっか」
状況を共有するために、本日はスマートフォンのグループチャットで連絡を取り合う事になっている。ラックを発見した時や、担当フロアの制圧が完了した報告などはこれで共有する。隠密組は音に敏感なので、こうした連絡手段になったようだ。
また、イレギュラー発生時の行動指示については、ザンゾーから個別でチャットが飛んでくる手筈だ。スマートフォンの充電も十分であるし、準備は万全だ。
「さてと。そろそろだね。この雷雨の中行くのはちょっと嫌だけど」
時刻は、18時39分。間もなく暗転する。3人はカフェを出て、拠点の高層ビルへと向かった。
傘も意味をなさないほど吹き荒れる豪雨の中、拠点のメインエントランスのオートドアの前にたどり着く。庇こそあるが、横殴りの雨のせいで足元はびしょ濡れだ。この天気のせいだろう、周囲に人間の気配は無い。
ついに拠点制圧が始まる。
ユミはチェーンソーを用意し構える。そして、息を大きく吐き出し気合いを入れた。