5章-6.作戦(3) 2021.12.28
警察のシラウメからの怒涛の説明が終わり、ユミはようやくほっとしてアイスティーを一口飲んだ。何となく警察との連携する部分は理解できた。開始のタイミングを合わせればいいのだろう。攻め込む場所は完全に警察とは別なので、戦闘面でのすり合わせは不要のようだ。
つまり、これから行われるのはその戦闘面についての作戦会議なのだと理解する。
「全体の動きは今警察から説明があった通りでス。我々はこれから拠点制圧のための詳細な作戦会議を行いまス。ザンゾーさん。作戦の詳細をお願いしまス」
「は? 俺? 聞いてねぇぞ」
「えぇ。今言いましタ。さっさと作戦立てて下さイ」
「滅茶苦茶だな……。わぁかったよ。5分時間くれ。考えるわ」
「分かりましタ」
ザンゾーはそう言って資料を見ながら考え始めた。左手の親指の爪を噛んでいる。真剣に考えているようだ。
「番長、メンバーはここにいる全員か?」
「えぇ。私含め8人でス」
「番長はラックを止められるか?」
「えぇ。止める事は可能でス。殺そうと思うと難しいでしょウ」
「分かった。次、アイル。暗所はどこまで見える? 完全に闇でも見えるか?」
「うん。見えるよー」
「了解。次、フクジュ。ユミとフクジュ以外の人間だけを殺すことが出来る毒は作成可能か?」
「はい。可能です。念の為ユミさんに事前に協力いただければ、確実なものが作成できると思います」
「了解」
「あと、舞姫のワイヤーの範囲。どこまでいける?」
「そろそろアヤメって呼んでくれない? 舞姫って呼ばれるの嫌なんだけど?」
アヤメはそう言ってムスッとする。ザンゾーは一瞬キョトンとしていたが、呆れたように笑う。
「アヤメのワイヤーの可能範囲を教えてくれ」
「平面範囲は無限。とはいえ、広げれば広げるほど密度と精度が落ちるけれどね。建物内なら最高精度でワイヤーを張れるよ。高さ方向は天井があればどこまででもって感じ。何も引っ掛けるところがない場所だと、そうだなぁ。そこから3m程度までしか飛ばせないかな」
「流石だな。建物内なら最強だぁね」
ザンゾーは再び考え始めた。今の情報を含めて即席で作戦を考えてしまうというのだろうか。 暫くザンゾーは静かに考えた後、ふぅーっと息を吐いた。
「作戦を伝える」
こうしてザンゾーの作戦の説明が開始された。
***
「んーーー! 疲れたー」
アヤメは大きく伸びをした。作戦会議は無事に終わり、barのテーブル席で休憩している。
「だーれが、脳筋トリオだぁぁぁ!!」
「あはは。何も言い返せないです」
「だからこそムカつくーー!!!」
アヤメが暴れている。先程の作戦会議でザンゾーに言われたのだ。アヤメ、アイル、ユミの3人をまとめて脳筋トリオと。アヤメは弄られてご立腹のようだ。
「他の人が頭いいだけじゃん!」
「確かに。皆さん頭良くて羨ましいです」
「うぅ。味方はユミちゃんだけだよー!! もっと知的なキャラが良かったよー」
「いえいえ。アヤメさんは今のままがいいです。とても可愛くて親しみやすくて、私は大好きです」
「え? おバカキャラって事?」
「えっと……。えへへ」
「ユミちゃーん!」
感情表現が豊かでいつも明るいアヤメは、ユミにとって太陽みたいな存在だ。どうか難しい事など考えず、いつまでもそのまま笑顔でいて欲しい。
「それにしても凄い作戦だったねー。即席で思いつくもんなのかなぁ。頭いい人たちの頭の中って本当にどうなってんだろうね。パカって頭開けて見てみたいよ」
「ですね。脳みそのシワが凄いあったりして」
「いや、お前らの脳みそがツルッツルなんだろぉ」
突然ザンゾーが会話に入ってきた。どうやらザンゾーとシュンレイの居残り会議も終わったようだ。
「失礼な!」
アヤメがまたザンゾーに怒っている。これは失礼なことを平然と言うザンゾーが悪いだろう。
「脳筋は脳筋で作戦としては必要なんだぁよ。頭でっかちで考えすぎるやつは咄嗟の時に安定して使えねぇ。動物的な勘の鋭さとか、反射的な対応はお前らみたいな人間の方が信頼出来る。難しい事は、考えるのが得意なやつに任せておけばいい。そういうもんだぁよ」
「むむむ……」
「特にユミは考えるな。思うまま動け。それでいい。それを軸にして俺らが勝手に動くからぁよ。間違っても交渉なんかするなよ。持ちかけられても、分かんないっつって躱せ。分かったか?」
「うん。分かった」
ユミは頷いた。適材適所みたいな感じだろうか。確かにユミが頑張って3日かけて悩むより、頭のいい人間が5分考えた方が良いだろうと思ってしまう。実に悲しい現実だ。
「ていうか、ラックって何者なの?」
アヤメがザンゾーに問いかける。ユミも気になっていた部分だ。
「番長クラスのバケモンだぁよ。見たらすぐ逃げろよ? 絶対に戦うな。ラックの射程内に入ったら最後、逃げられなくなる。射程に入る前に逃げる事が大事だ。まぁ、あそこに居たメンツなら、逃げに徹すれば逃げられるだろうから、そこまで心配してねぇが……。相手はラック……、幸運を武器にしているから正直何が起きるか分からねぇ」
「その幸運って、どういう事?」
「そのままだぁよ。本当に偶然としか思えないような幸運を掴み続ける人間。種も仕掛けもねぇ。単純に神様に愛されてんだろうな」
「何それ……」
「だから逃げろ。相手の運までひっくるめて何とかできるのは番長だけだぁよ。あと、交渉についてだが、ラックは必ず約束は守る。それ故に迷わされる事になるだろう。だからこそ絶対に受けるな。持ちかけられても無視しろ。いいな?」
ザンゾーはそう言い残して、barから出ていってしまった。
「何だか鬼ごっこしながら仕事するみたいだね。神出鬼没のラックに見つからないようにミッションをクリアする的な」
「確かに。ホラーゲームみたいですね」
何かから逃げつつ仕事をするというのは初めてだ。少し怖いなと思う。絶対に勝てない相手が敵にいる、逃げるしかない、というのは単純に恐怖だ。ミスをすれば死が一気に近づくだろう。どうか皆無事でいて欲しい。ユミはそう心から願った。