5章-6.作戦(1) 2021.12.28
「ねぇ。ユミちゃん。そのネックレスはどうしたのかな?」
「ふぇっ!?」
向かいの席でパンケーキを食べるアヤメはニヤニヤしながらユミに問いかける。
「ここ最近ずっと付けてるよねー。ちゃんと師匠に報告しなきゃ」
「えっと……。その……」
アヤメは楽しそうだ。ユミの胸元にはクリスマスイブにザンゾーから貰った黄緑色の宝石が付いたネックレスが輝いている。
「あれー? 赤くなっちゃった。ユミちゃんは可愛いなぁ」
「うぅ……」
絶対アヤメは分かっていて聞いているのだ。分かっているのに、ちゃんとユミの口から報告させようとしているという事だ。ユミはホットコーヒーを飲み少し気持ちを落ち着かせる。
「えっと……。貰い物で……」
「ふぅーん。誰に貰ったのかな?」
「えっと……。その……。ザンゾーに……」
「いつ貰ったのかな?」
「クリスマスイブ……です……」
アヤメはユミの回答を聞くとニッコリ笑った。また顔が熱い。真っ赤になっていそうだ。恥ずかしい。
午後一で済ませた仕事終わりに、ユミはアヤメとパンケーキを食べに来ている。その席でユミはアヤメから尋問を受けている。
「凄く似合ってるよ。その宝石、多分ペリドットだよね。ユミちゃん誕生日いつ?」
「5月4日です」
アヤメはそれを聞いて、スマートフォンで何か操作している。そしてしばらくすると、アヤメはふふっと笑った。
「やっぱり誕生日石だ。愛されてるなぁ」
「へ?」
「大事にするんだぞー」
ユミは頷いた。
「アヤメさん。私もずっと前から気になってたんですが、アヤメさんもずっとネックレスしてますよね? でもいつも飾りの部分が服の中で見えないから、どんなネックレスなのかなって」
「あー。これね」
アヤメはネックレスの飾りの部分を服の中から取り出した。するとそこに付いていたのは指輪だった。
「私の武器ってワイヤーだから指輪出来ないでしょ? でも身に付けておきたくてネックレスにしてるの」
ユミは指輪を見せてもらう。シルバーとゴールドが混ざった色合いのシンプルなデザインの指輪だ。これは結婚指輪だろうか。指輪の内側に何か書いてある。
「内側の文字は秘密だよー!」
アヤメに隠されてしまった。
「結婚指輪?」
「うん。そんな感じのものだよ。大事な物なんだぁ」
アヤメはへにゃっと笑う。幸せそうなその笑みからも、本当に大事なんだろうなと思う。出会った頃からずっとアヤメは付け続けているのをユミは知っている。ユミの知る限り毎日付けていたと思う。単純に気に入ったアクセサリーなのかと思っていたが、まさか結婚指輪だったとは思わなかった。アヤメの秘密をひとつ知ることが出来て嬉しくなる。
「内側に書いてあったものは何で秘密なんですか?」
「えっとね。ちょっと恥ずかしいからかな。ユミちゃんにはそのうち教えてあげるね。ちょっとノロケ話になっちゃうかもだけど」
照れながらそう言うアヤメはとても可愛い。何か思い出しているのかもしれない。アヤメのノロケ話は是非とも聞きたいなと思う。
「今日はこの後戻ったら作戦会議だよね」
「はい。大規模な仕事だと聞きました。16時に応接室に集合とだけ聞いています」
「何だろうね。全然検討がつかないや」
時刻は15時になりそうだ。もう少ししたらここを出れば作戦会議には間に合うだろう。
ユミはふと窓の外の街を見下ろす。世の中は年末に向けて忙しなく動いているように思う。もうすぐ2021年が終わる。だからといって何かがある訳ではないのだが、何となく寂しい気持ちになる。
「もう2021年が終わるねー。何か色々あったなぁ。濃い1年だったかも」
「そうですね。本当に色々ありました。辛い事もあったけど、楽しく過ごせる事もあって盛りだくさんでした」
思い出すと濃い記憶ばかりだ。とんでもない1年だったと我ながら思う。自分にとっては本当に大変な1年だった。けれど今、楽しかったことも思い出す事が出来、こうやって穏やかに思い出として振り返る事が出来るのは、やはりアヤメ達のおかげだと思うのだ。本当に感謝している。
「アヤメさんのノロケ話、聞きたいなぁ……」
「えー。私はユミちゃんの浮いた話が聞きたいんだけれどなぁ」
「私は何もありません!」
「うっそだぁ。何かあるでしょ?」
「何も無いですぅ!」
「デートは?」
「むぅ……」
「あははははっ! 分かった分かったって。暖かく見守るから。だから、進展があったらちゃんと教えてね」
「はい……。アヤメさんがノロケ話してくれたらちゃんと話します……」
「交換条件かぁ。ユミちゃんやるねぇ。いいよ。今度恋バナしよっ! お泊まり会でもしてさ!」
「はい!」
自分の話をするのはちょっと恥ずかしいが、アヤメの話を聞けるのはすごく楽しみだ。どんな話が聞けるだろうか。全く想像できない分興味が湧く。
「さて。そろそろ行こっか! 会議に遅れないようにね」
ユミとアヤメは店を出て、barへと向かった。
***
barに付くと、応接室の扉が開いていた。barカウンターにはシュンレイがいる。
「何を飲みますカ?」
「リンゴジュース!」
「アイスティーお願いします」
「分かりましタ。中で待っていて下さイ」
応接室に入ると既にメンバーが集まっているようだった。ソファーの1人掛けが2つ並んだ方にはザンゾーが座っている。その隣は空いているがシュンレイの席だろう。そしてその向かいの3人掛けの方には、フクジュとアイルが座っていた。その椅子の後ろにはbarの椅子が追加されており、ワサビとモミジが座っている。ユミはワサビとモミジの隣の追加された椅子に座った。アヤメは3人掛けの方の椅子に座る。座席の様子からもこれで全員のようだ。
少ししてシュンレイがアイスティーとリンゴジュースを手に応接室にやってきた。ユミとアヤメがそれを受け取ると、応接室の扉はバタンと閉められた。そしてシュンレイはソファーに座った。
「集まって頂キありがとうございまス。店依頼でス」
シュンレイはそう言ってローテーブルに資料を広げた。その資料は以前ザンゾーの部屋で見せてもらったものだった。あの時ザンゾーはこの作戦のための事前調査資料を作成していたという事だろう。だからユミにも見せてくれたのだと理解した。
「年明け、1月13日。呪詛師達の拠点を報復の対象として制圧しまス。規模が非常に大きい為、こちらに集まって頂いタ皆さん全員で行いまス。今回、報復ではありますガ、警察と連携をしまスので、まずは警察の話かラ皆さんで聞きましょウ」
シュンレイはスマートフォンを取り出し電話をかける。
「こんにちは。えぇ。よろしくお願いしまス」
シュンレイは静かにスマートフォンをテーブルに置き、スピーカーモードにしたのだった。