5章-5.聖夜(6) 2021.12.24
しばらくするとシュンレイが戻ってきた。ザンゾーの分の取り置きと、少しテーブルの片付けをしてきたようだ。
「さて。飲みましょウ」
シュンレイはそう言って、フクジュとアイルのグラスにビールを注ぎ自分のグラスにも注いだ。
「私も飲む!」
「アヤメさんはダメでス」
「何で!? もう少しくらい……」
「……。分かりましタ。これで終わりにしてくださイ」
シュンレイはアヤメのグラスにもビールを注ぐ。アヤメにはあまりお酒を勧めないようだ。注ぐ量も、グラスの半分までで止めてしまった。
「アヤメさんは弱いんですかラ」
「たまには酔ってもいいじゃん!」
「アナタが酔っ払うと大変でス。他の方がいない時にしなさイ」
「ケチ!」
アヤメは頬を膨らませて駄々をこねているが、シュンレイは一切折れない。アヤメには激甘のシュンレイが突っぱねるくらいなのだから、本当に酔っぱらったアヤメは大変なのかもしれない。
果たして、アヤメが酔っ払うと一体どうなってしまうというのだろうか……?
「アヤメさんは、酔っ払うとキス魔になるからね」
「成程」
「しかも記憶も飛ばす」
アイルがこっそり教えてくれた。それはシュンレイが止めるはずだと納得する。
キス魔のアヤメも少し見てみたいところではあるが、確かに大勢いる前では危険だろう。将来アヤメと2人で飲んだ時にでも見られれば……とユミは考えたが、それはそれで危ないかもしれないと思い直す。これはシュンレイだけの特権なのだろうなと思い、その願望はそっと胸に仕舞った。
***
しばらくテーブル席で楽しく談笑していると、六色家の子供たちがやってきた。
「そろそろ僕達はお暇しますね。今日はありがとうございました。とても楽しかったです。ご馳走も美味しかったです」
ワサビはそう言ってぺこりと頭を下げる。それに合わせてほかの子供たちもぺこりと頭を下げた。
「うん。今日は来てくれてありがと」
「気をつけて帰りなさイ」
スマートフォンの時計を確認すれば、時刻は21時だ。確かにそろそろお開きの時間だろう。子供たちは笑顔で手を振って帰って行った。楽しんでもらえたようで良かったなと胸をなでおろす。
「シュンレイさん。僕達も帰るね。ユミちゃん、今日はありがと」
子供達に続いて、シエスタとフードの少年も挨拶にやって来た。
「えぇ。アナタ達も気をつけて帰りなさイ」
「今日は来てくれてありがとうございました!」
ユミは笑顔で2人を見送った。
「そろそろ私もカサネを連れてかないとかなー。カサネ寝ちゃったし。無理させちゃったかなー?」
カサネはアヤメの腕の中でスヤスヤと寝ている。
「よし、私もお暇するね! シュンレイ達はまだまだ飲むんでしょ? ユミちゃんもザンゾー待たないとだもんね。じゃぁ、お先に! お疲れ様!」
アヤメは立ち上がり、カサネを抱っこして行ってしまった。残ったのは酒飲み達とユミだけだ。
人数が一気に減ってちょっと寂しくなる。着実にパーティーの終わりが近づいている。とても楽しかっただけに名残惜しさを感じる。
と、そこへbarのドアの外にひとつの気配が現れる。
「ザンゾーが、来たようでス」
ガチャっと音がして、barの扉が開きザンゾーが入ってきた。
「わりぃ。遅れたわ」
「ザンゾーお疲れ様!」
ユミは笑顔で声を掛ける。仕事があっただろうに、ザンゾーは駆け付けてくれたのだ。嬉しくなる。
ザンゾーは少し疲れた様子で、ユミ達が座るテーブル席までやって来た。
「ここに座りなさイ」
シュンレイはアヤメが座っていたユミの正面の席をザンゾーに勧める。
「食べ物を取り置いていまス。ケーキもありますガ、食べますカ?」
「マジか、ありがてぇ。頼むわ」
「分かりましタ。ユミさんもケーキもう一個食べませんカ? フクジュさんもいかがですカ? 余らせても仕方ないのデ」
「食べます!」
「私も是非頂きたいです」
シュンレイはケーキや食べ物を用意してテーブルへ出してくれた。お酒が飲めないユミのためにホットコーヒーも淹れて出してくれた。
「あれ、お前もしかして警察のアイルか?」
「うん。そうだよ。六色家の黒の当主のザンゾーさん」
「かははっ! とんでもねぇメンツだな」
「本当にこれだけ人を集めたユミちゃんが凄いねぇ」
「違いねぇ」
「まさかSS+ランクプレイヤー様に会えるなんて思わなかったよ。この店本当にヤバいって……」
皆、知名度のある人達なのだろう。会った事が無くても存在を知っている様なレベルの人達という事なのだ。ユミは何だか自分は場違いな気がして少し緊張してしまう。
「アイルはこの店とどんな関係なんだぁ?」
「んー、一応この店所属のプレイヤーだよ。警察にレンタルされてる扱い。あとは、アヤメさんの1番目の弟子だから、ユミちゃんの兄弟子になるかな」
「なんだそりゃ。意味わかんねぇな! でもまぁ、処理としては頭が良いな。手配にも上がることなく実質警察に乗り換えだろぉ? というか、何でまた警察にいったんだぁ? 確か天才少女のとこだよなぁ?」
「うん。そうだよ。その天才少女にオレが執着したんだ」
「……」
ザンゾーは頭を抱え、声を殺して笑っていた。アイルも自嘲気味に笑っている。
「ザンゾー。これを見なさイ」
シュンレイは唐突にザンゾーの目の前にスマートフォンの画面を出す。ザンゾーはその出されたスマートフォンの画面を食い入るように見始めた。
「なぁ番長。これいくらだ?」
「5でいかがでしょウ」
「分かった。全部買いで。給料から天引きで頼む」
「分かりましタ」
「あ、あのもしかして……」
「えぇ。たった今ユミさんの写真をザンゾーに売り付けましタ」
「……。5って……、いくらですか?」
「秘密でス」
「……」
本当に売りつけるなんて。しかもザンゾーも買うなんて信じられない。冗談だと思っていたが、本気だったようだ。
「むぅ……。信じらんない……」
ユミはケーキを口に運び、糖分を摂取して胸のモヤモヤを沈める。さすがに悪ノリが過ぎると思うのだが、本人たちが楽しそうなので、どうでも良くなってしまった。
「そろそろこちらを開けましょウ」
シュンレイはテーブルの上に一升瓶と新しいグラスを置く。どうやら日本酒のようだ。今から一升を開けるつもりだろうか。
「お。いいじゃぁねぇか!」
「シュンレイさん、まだ飲むのー? オレそんな強くないから死ぬんだけど」
「その日本酒はとても高い物ではないでしょうか。ご馳走になります」
シュンレイは皆のグラスに並々と日本酒を注ぐ。
「おつぎ致します」
シュンレイのグラスへはフクジュが注いでいた。そして4人は何度目かの乾杯をして日本酒を飲み始めた。これはもう止まらないのだろうなと察する。日本酒はかなり強いお酒だと聞いているが、皆どんどん飲み進めている。そんなにごくごくと飲めるような物だっただろうか。ちびちび飲むものだと聞いた事が有るので、イメージと大分異なる。
「この日本酒は美味しいですね。水のように飲めてしまいます。大変危険な飲み物です」
フクジュが嬉しそうに言う。
「えぇ。どんどん水のように飲みなさイ」
「頂きます」
シュンレイが楽しそうにフクジュに日本酒を注いでいる。
「フクジュさん、飲むねぇ。凄いや」
「そんなとんでもない。既に少し酔っております。ほろ酔いでしょうか」
「いやいや、日本酒の前にこれだけビール空けたら普通立てないから」
「つべこべ言わずにアイルも飲みなさイ」
「はーい」
今度はアイルの空いたグラスに日本酒が注がれる。これが容赦がないとアヤメが言っていたやつかと思う。シュンレイはついでのように無言でザンゾーのグラスにも注ぎ、自分のグラスにも注いでいた。
「番長、俺も別に酒は強くはねぇぞ? 程々にしてくれや」
「いえ、ザクロさんからかなり飲むと聞きましタ。嘘は良くありませン。飲みなさイ」
「げっ。姉貴なんて事を……。酒奪った恨みかぁ?」
「観念しなさイ」
これが世の中で言うパワハラなのかもしれない。気の毒な気もするが、ユミには助けようがない。明日皆が生還している事を祈るのみだ。
ユミはそんな彼らの様子を見ながら2個目のケーキを食べ終え、コーヒーも飲み終わった。ザンゾーにも会えたのでもう思い残すことは無い。改めて今日は楽しかったなと思う。そろそろ自分も寝る時間だ。家に帰ろう。
「私もそろそろお暇しますね」
ユミはそう言って立ち上がる。やはり名残惜しい。だが、ここから先は酒飲みたちの時間だろうと思う。飲めない自分がいても気を使わせてしまうかもしれない。
「えぇ。ユミさんおやすみなさイ。今日はお疲れ様でしタ。楽しい企画をありがとうございまス」
「ユミさん、ありがとうございます。感謝しております」
「ユミちゃんありがとー。呼んでくれてありがとね。おやすみ」
ユミは皆に笑顔で手を振る。今日は本当に楽しかった。皆の笑顔が見られて、本当に良かったなと思う。
「んじゃ、俺ぁユミ送ってくるわ」
「えぇ。お願いしまス」
「え? すぐそこだし大丈夫だよ」
「いえ、ユミさん。この時間のこの辺りは危ないですかラ。送ってもらいなさイ」
「えっと……。分かりました」
ザンゾーが送ってくれると言う。ほんの少しの距離なので不要とは思うが、シュンレイが言うので素直にお願いする事にした。