5章-5.聖夜(2) 2021.12.24
ユミ達はデパートにつき、目的の食品が売られている地下階へ向かう。デパートの地下にはたくさんの食べ物が売られていた。
まずはアヤメがリクエストしたチキンとケーキを見ることにする。クリスマス仕様のデパートではすぐ目に付くところに定番の料理が並ぶ。どれもキラキラして見える。美味しそうだ。ケーキ屋の方はどの店舗も長蛇の列になっていた。どのお店で買うか悩ましい。子供達がいるので、子供向けの味付けのケーキでも良いかもしれない。
「アヤメさん。選んでくださイ」
「私?」
「えぇ。ユミさんはアヤメさんのためにパーティーをすると言っているんですかラ。アヤメさんが好きなものを選んでくださイ」
「えっとね。そしたらさっきのお店のケーキがいいな! イチゴがたくさん乗った赤いホールケーキ」
「分かりましタ。私はそれを並んデ買ってきますのデ、ユミさんはアヤメさんと他の食べ物をお願いしまス」
「了解です!」
シュンレイはカサネを抱っこして、ケーキの列に並んだようだ。確かにこれは手分けした方が良いだろう。
「まずはチキンですね!」
「うん!」
ユミとアヤメはチキンを選びに行く。こちらも何店舗かあり、どれもおいしそうだ。
「これは迷うね……。人数分だから12本? アイルは来るか分からないけど」
「余れば誰かしら食べると思いますので、15本くらい買いましょう!」
「確かに! うーんそうだなぁ。あのお店のチキンにしよっ! 他の食べ物もおいしそうだったし」
「了解です!」
アヤメが選んだ店の列に並ぶ。チキンと一緒に売られている総菜にも目を通す。どれもおいしそうだ。間違いなく美味しいに違いない。
ユミ達はそれぞれ手分けをして、おいしそうな食べ物を沢山買いこんだ。目的のチキンとケーキ以外にもご馳走をたくさん用意できた。みんな喜んでくれると良いなと思う。
barに戻る頃にはすっかり日は暮れていた。18時に開始する予定で、現在は17時半だ。会場はbarで行う。barのテーブルの位置などを調整し、立食形式で皆で囲んで食べられるようテーブルを中央にいくつか寄せて配置する。座ってゆっくり食べる事もできるよう、周囲のテーブル席はそのままにした。
中央のテーブルには飲み物も複数用意した。大人たちはお酒も飲むらしい。素直に羨ましいと思う。テーブルの上には買ってきたご馳走の他に、シュンレイがリゾットやサラダ等追加で作り並べた。取り皿や箸、コップなどの準備もでき、いよいよ始められる状態になる。
「わー! すごい! おいしそう。早く食べたいよ!!!」
アヤメは既に喜んでくれているようだ。部屋に飾りつけもないのでクリスマス感はないが、それなりにクリスマスを祝えてよかったなと思う。18時に近づくと、フクジュが最初にやってきた。続いて六色家の子供達と続々と集まる。
「こんばんはー。一緒に仕事してたから彼も連れて来ちゃったんだけど平気?」
シエスタがそう言いながらbarへ入ってきた。シエスタの後ろにいたのはフードを被った少年だった。どこかで見たことがあるような気がする。
「問題ありませン」
「よかった」
一体どこで見たのか。ユミは記憶を探す。するとフードを被った少年はまっすぐにユミの所へ歩いてきた。
「おい。お前。生きてたんだな。やるじゃん」
「え?」
「もしかして俺の事忘れたとか~?」
「……」
絶対自分はこの少年を知っているはずだ。ユミは必死で記憶の中を探す。少年の方はどうやらユミの事をしっかりと覚えているらしい。自分が忘れているようだ。という事は、思い出せないとかなり失礼になるのではないだろうか。
一体いつの事だっただろう。きっとかなり前だ。記憶が曖昧という事は、精神が正常ではない時だと思われる。暫く記憶を遡っていると、ユミはハッとした。そうだ。思い出した。この少年は……。
「あ!! 思い出した! 私に馬乗りになって拷問しようとして最終的に殺そうとしてきた少年だ!!!」
「おい。物騒な事大声で言うなよ……」
「あ。ごめん」
ユミがシュンレイの店に連れてこられた日、シエスタと一緒にユミを取り押さえた少年だ。ユミにとって少年は初めて目にした強敵だった。あの時感じた恐怖は今も覚えている。懐かしさを感じる。
「久しぶりだね!」
「お姉さん、元気すぎるでしょ。あの時とは全然雰囲気違うじゃん」
「そうかな? よくわからないけれど」
少年は呆れたように笑っている。
「いいんじゃね? 今の方がずっと良いと思うし。今日はご馳走サンキュ~」
「うん。楽しんでってね!」
少年はシエスタの方へ戻っていった。シエスタとは親しいのだろうか。関係性は分からないが一緒に仕事をするのだから、相性は良いのだろうなと思う。
「ユミさん。アイルは19時頃になるそうなので、始めましょう。乾杯の挨拶をお願いしまス」
「え? え? 私が?」
「えぇ。アナタが発案者なんですかラ。当然でしょウ?」
シュンレイにグラスを渡される。これは恐らくリンゴジュースだ。
ふと顔を上げると皆がユミを見ていた。ものすごく注目されている。これは緊張してしまう。何か間違えたらどうしようかと不安になってしまう。だが、皆が待っている。自分が挨拶をしなければ皆パーティーを始められないのだ。ユミは覚悟を決める。
「えっと……。皆さん、今日は来てくださってありがとうございます。楽しんでいってください。メリークリスマス!」
ユミはそう言ってグラスを上げた。これでよかっただろうか。緊張してよくわらかない。
しかし、次の瞬間。
「「「メリークリスマス!!」」」
皆が一斉に答えてくれた。周りを見回せば皆笑顔でグラスを鳴らしている。どうやらこれでよかったみたいだ。ユミはほっとして胸をなでおろした。
「ユミちゃん、メリークリスマス!」
アヤメが直ぐに近寄ってきて、ユミのグラスに持っていたグラスをカンッと当てる。
「ユミちゃん。ありがと! クリスマスを祝うなんて初めてだよ。こんなに楽しいの初めて。本当にありがとう!」
アヤメはへにゃっと笑う。この笑顔が見れるだけで報われる。突発だったが提案して準備して良かったと思える。
「ユミちゃーん!」
呼ばれた方に視線をやると、トコトコとモミジが走ってきた。
「ユミちゃんメリークリスマス!」
「うん。メリークリスマス!」
モミジはニコニコしながらグラスを当てる。
「お。この子がモミジちゃんかな? ユミちゃんと連携したっていう子だよね?」
「はい。そうです。一緒に協力してシュンレイさんと手合わせをしました」
「それは逸材だね。初めまして、モミジちゃん。私はアヤメ。よろしくね」
「うん! よろしくです!」
モミジはにっこり笑う。シュンレイに対してはあれほど怯えていたのに対し、アヤメには全く警戒していないようだ。
「可愛い……」
アヤメがそんなモミジを見て溶けている。
「ユミちゃんと一緒に戦っているところ、私も見たかったなぁ。絶対可愛いもん。シュンレイずるい!」
モミジはユミにピッタリとくっ付いている。どうやら人見知りらしい。知らない人もいるので、警戒しているようだ。見知った女性が近くにいる方が安心するのだろうと思う。ユミはモミジの頭を優しく撫でた。
「こんばんは。本日は招待頂きありがとうございます」
続いてフクジュがやってきた。
「フクジュさん。こんばんは。ケーキちゃんとありますからね! 是非食べていってください」
「はい。楽しみにしております。何ケーキですか?」
「3種類ありますが、おすすめはアヤメさんチョイスのイチゴがたくさん乗った赤いケーキです。詳細はお楽しみですね!」
「それは期待してしまいますね」
「フクジュさんはお酒ですか?」
「はい。シュンレイさんにビールを注がれてしまいました。お酒は久しぶりです」
フクジュは苦笑しながら、グラスに注がれたビールに視線を落としている。
「シュンレイはお酒好きだからね。飲める大人捕まえたいんだと思う……」
「成程……。アヤメさん情報ありがとうございます。そういう事であれば、シュンレイさんにもお酒を持って注ぎに行かないといけませんね。早速行ってきます」
フクジュはそう言ってテーブルに置かれたビール瓶を持ち、シュンレイの方へ向かって行った。
フクジュが向かった先を視線で追うと、そこにはシュンレイが椅子に座ってのんびりしていた。カサネを膝に乗せながら静かにこの場の雰囲気を楽しんでいるようだった。シュンレイの雰囲気も柔らかい。楽しんでくれているのかなと感じて、ユミは少し嬉しくなった。
隣に立つアヤメもモミジの頭を撫でてニコニコしているし、撫でられたモミジも嬉しそうだ。それに、周囲を見回せば、皆談笑していて楽し気だ。そんな様子を見ると、改めてここが裏社会の人間だけが集まる空間だなんて、全く思えなかった。というより、皆自分と同じ人間なのだと、そう感じる。
確かに、死が身近にある殺伐とした社会に生きてはいても、別世界の人なんかじゃないのだ。ユミは彼等の様子を見て少しずつ考えを改めていく。実際の様子を見て、イメージを書き換えていく。遠く得体の知れなかった存在は、今では自分と同じ身近な存在なのだ。そこに自分もしっかり属し受け入れてもらえているという事を実感する。
自分自身は相当に変わってしまった。一般人だったころとは、考え方も生き方も当たり前と感じる事も、何もかもが違う。けれどそんな自分にも居場所があって良かったと、ユミは改めて感じたのだった。