5章-4.共鳴(3) 2021.12.10
「モミジさんはどんな感じでしたカ?」
ユミが答え終わると、シュンレイは次にモミジにも尋ねていた。
シュンレイに直接尋ねられたモミジは不安そうにユミを見る。どのように答えればいいのか分からずに、戸惑っているようだ。今まで不眠症によって調子が悪く、モミジはあまり話さない子だったというのだから、会話自体慣れていないのかもしれない。
気楽に話せるユミならまだしも、シュンレイから硬そうな話題で回答を求められたのだ、委縮してしまうのも分かる気がする。
「モミジちゃん、大丈夫。思った事を言えば良いんだよ」
モミジは頷く。ユミはモミジが安心できるように、優しく頭を撫でた。たとえ上手く思っている事を言葉にできなくても、シュンレイならある程度読み取ってくれるだろう。
「えっとね。ユミちゃんの気持ちがねぶわぁーってくるの。楽しくて楽しくて止まらないって気持ち。だからモミジも一緒に遊びたくて……」
モミジの言葉を受けてシュンレイは考えているようだった。しばらくするとシュンレイは口を開く。
「仕組みは全く分かりませんネ。2人とも感覚なのでしょウ。外野にはどうやっても分からない。そういうものと考えられまス。理論や理屈で説明できるものでもなさそうでス。強いて言うなら、モミジさんがユミさんを共感能力でトレースしタ。更にそのモミジさんをユミさんの高い感受性で認識しタ。双方の能力が噛み合っタという可能性でしょうカ」
「成程な。暫くは様子見だぁね」
「えぇ」
結局明確な答えは無いようだ。
「モミジさん。鼻歌はどのようにして歌えるようになったんですカ?」
モミジは首を傾げている。
「えっと……。ユミちゃんの真似っ子……。ユミちゃんの歌がすごく好きだから一緒に歌いたいって思ったの。ユミちゃんが歌ってくれた歌は覚えてるよ! すごく好き!」
モミジは笑顔で答えている。そんなに歌を気に入ってくれていたとは驚きだ。喜んで貰えるなら、また一緒に歌いながら料理したり、お昼寝したり、お散歩したいものだ。
「真似っ子以外にも別の歌を歌っていタみたいですガ、そちらはどのよう二?」
「うーん……。思いついたから」
「歌を思いつくところまデ、トレースしたカ……」
シュンレイは再び考えているようだった。ザンゾーも真剣な顔で考えている。
もしかすると、凄い事が起きているのかもしれない。
「番長、それがもし事実ならとんでもないねぇぞ? 化けるよなぁ……? ただ、ユミ以外もトレースできるのか……?」
「肝心なのはそこでス。何故ユミさんなのカ」
「鼻歌はユミの特殊能力で他人が真似できるものじゃぁねぇ。声自体の幻術効果までは流石にトレース出来ねぇだろうが、メロディだけでも脅威だ。共感能力で個人の特殊能力を何でもコピー出来るとしたら……。姉貴はまさか気がついててモミジをここに送ったのか……?」
何やらまた難しそうな話だ。
もっと分かるように話して欲しい。
また置いてけぼりにされてしまった。
「ユミ、わりぃ。怒るな。あー。だからだな、なんて言えばいいんだぁ? モミジは、六色家で共感と呼ばれている特殊な能力を持っている。その能力については謎が多く文献も残っていない。六色家では度々そうした人間が生まれるんだが、大抵の場合、他人と同調し過ぎて精神を壊しちまう。それ故に、能力というよりは呪いのような扱いだ」
モミジが不眠に苦しんでいたというのは、特殊な共感力故だったのだろう。他人に同調するとはどんな状態なのだろうか。良いものも悪いものも取り込んでしまうのだろうか。今まで沢山苦しんできたのかもしれない。
「今回の話だと、その共感能力が上手い具合に働いたようだぁね。モミジがユミに懐いているからかもしれねぇが、モミジがユミに強く共感した。その結果上手く連携が出来たと。それだけじゃぁなく、ユミの鼻歌の能力すら完璧とはいかないまでもある程度自分の力にすることが出来ている。これは脅威だ。もし、他人の特殊能力を何でも自分の力に出来るとしたら……。分かるだろぉ?」
それはとんでもないことだと思う。
「ただまぁ、誰にでも共感できるわけでは無さそうだぁね。事実六色家で1番よく懐いていた姉貴には共鳴できていない。その条件なり仕組みが分かればいいと俺らは考えている。そんなところだぁよ。でもまぁ、モミジが元気でいてくれれば、俺ぁ別に能力の事が解明できなくても良いとも思っている」
ユミも、モミジが元気でいてくれる事の方が大事だなと思う。このまま不眠の症状も完全に克服できると良いのだが。ご機嫌なモミジを見ながらそんな事を考えていると、控え目にカチャっと音がして、barの扉が静かに開く。
「こんにちは……」
ワサビがゆっくりとbarへ入ってきた。
「モミジ。心配したんだよ」
「ごめんなさい……」
モミジはワサビの元まで駆け寄っていき謝罪する。
「あ。ワサビ。近日中にモミジに仕事をさせるから、付いて行ってやってくれ」
「はい。分かりました。付き添いだけでいいですか?」
「あぁ。付き添うだけでいい。頼む。それで番長、モミジのランクはどこからだ?」
「初めてなラ、そうですネ。Cランクの仕事デ様子をみましょウ」
「あいよ」
「モミジがいきなりCですか……」
ワサビの表情が曇る。何か問題でもあるのだろうか。モミジの動きを見た限りBランクでも怪我無くこなせそうだとは思うのだが。
「あー。そうか。他のチビ達にはランク言わねぇ方がいいな。モミジ、ランクの話は皆には絶対するなよ。約束だ」
モミジはしっかりと頷いた。
「ユミもチビ達の前でランクの話はしないでもらえると助かる。ワサビはAランクだから良いが、ユズハとチグサはDランク、アサギがCランクだ。流石に気にするだろう。モミジ以外は独り立ちこそしているが、ランクの仕事は今まであまりしていなかったからな。今後はすぐに上がるだろうから気にする必要も無いんだが、そうは言ってもな……」
「成程……。分かった」
これがセンシティブな話題というやつなのかもしれない。確かに子供たち5人の中で最年少で初めて任務をするというモミジがCランクからスタートしたと知れば、面白くはないだろう。
「ユミちゃんはランクいくつなのー?」
「んー? Bランクだよー!」
「おー! すごーい!」
モミジは、笑顔でパチパチと手を叩く。そんな風に褒められると少し照れてしまう。
「ユミはさっさと独り立ちしろや」
「いいの。マイペースにやるの。ザンゾーには関係ないじゃん!」
せっかく褒められて良い気分なのに、ザンゾーは水を差すような事を言う。ユミは頬を膨らませてプイッとそっぽを向いた。
「あのなぁ? 見習いプレイヤーのままでSSランクの仕事ぶん回す奴、他にいねぇぞ。界隈の感覚がバグるから適正ランクで仕事してくれ。番長もそう思うよなぁ?」
「私はノーコメントでお願いしまス。アヤメさんに怒られたくありませン」
「おぃおぃ……」
耳が痛い話ではあるのだが、ザンゾーがはっきりとこう言うのだ。きっと卒業はそろそろしないといけない物なのかもしれないと感じる。
卒業してもアヤメと共闘する機会はあるだろうが今のような頻度でとはいかないだろう。そう思うと途端に悲しくなる。仕事前に一緒にスイーツを食べたりお買い物したり遊びに行けなくなってしまう。仕事の後のご飯もなくなってしまう。そんなの悲しすぎる。
「アヤメさんと一緒じゃないと寂しい……。やだぁ……」
「やだじゃぁねぇだろ。一生親離れできねぇぞ」
「この場合、親離れより子離れの方が深刻でス」
「舞姫ぇ……」
六色家の子供達はモミジ以外独り立ちしているのだから、歳上のユミがいつまでも見習いというのは無理があるのかもしれない。そうは言ってもやはりこのままがいいと思ってしまう。まだ甘えていたいのだ。
「店としては問題ありませン。高ランクプレイヤーが不足していませんかラ。無理にユミさんをSSランクに上げる必要もありませン」
「成程な。こんな余裕のある店、初めて見たわ……。さすが番長だぁね。怖い怖い」
店の評判とか、そういう話なのだろうか。所属する高ランクプレイヤーの数が多いほど良いとか、少ないと問題があるとか、そういった感じだろうなと思われる。話の様子から、ユミのランクが上がることでシュンレイの店に何か貢献出来ることがあるのかもしれない。
素人考えではあるが、優秀なプレイヤーを沢山所持している店というのは、それだけで力があると言えそうだ。店単位で組織的な物とも考えられるため、喧嘩を売られにくくなるとかそういったメリットもありそうだなと感じた。
「ワサビ、悪いが他のチビたちのランク上げの面倒も頼めるか? 目標としては、アサギとモミジはAランク、ユズハとチグサはCランクでいい」
「分かりました」
「ワサビ自身はSランクまで上げろ」
「……」
「どうした?」
「いえ。僕にSはまだ無理かと……」
ザンゾーは何か考えているようだった。
「番長。下の運動場借りるわ」
「えぇ。どうゾ」
ザンゾーは立ち上がるとワサビの方へ歩いていく。
「ワサビ行くぞ。そのマインド叩き直してやらぁ。モミジは帰ってろ」
「え……」
「俺が直で稽古をつけてやる。有難く思え」
ワサビはザンゾーに胸ぐらを捕まれそのまま引き摺られて行ってしまった。
ワサビは大丈夫だろうか。非常に心配だ。とはいえ、ユミに何か出来る訳では無い。無事に帰ってくる事をただ祈った。